「放課後にカフェで意味もなく駄弁る、みたいなの。いかにも青春ってかんじで好きなんですよね」

窓から差し込む光に晒されて溶けかけたクリームソーダは、グラスから溢れ出す寸前。
グリーンとホワイトが混ざり合って美しいけれど、早く口に運ばないとテーブルに落ちてしまいそう。

バイクで通り掛かった街角に見えた映画のポスターが、海辺を駆け回る学生たちの――謂わば青春モノの映画だったので、そういう話題になった。
ふ〜ん、と聞いてきたくせに興味があるんだかないんだかよく分からない反応をみせながら、先輩はアイスコーヒーを静かに嗜んでいる。
ひとつ年上とはいえ大人度の差は膨大だ。

「……つまり、鹿矢ちゃんは青春っぽいことがしたくて、俺をお茶に誘った、と」

自販機でてきとうに買った缶珈琲を平気な顔で飲み干せるようになれば少しは近づけるのだろうか。とか、思ってみたり。
今にもあふれ出てしまいそうなグラスにストローを刺して、勢いよく吸えば炭酸が喉をさあっと通っていく。この暴力的な爽快感がたまらない。

「『先輩』ってだけで誘ったわけではないですよ。あくまで、朔間先輩だからというか。私にとって先輩って朔間先輩だけだし、友達と違ってなんか楽しいし……」
「ふ〜ん?」

信じてなさそう、っていうか興味がなさそう。
べつにいいけど。短時間で二度も同じ反応をされると若干虚しくなる。というか、弁明っぽくなってしまったのはちょっと違った気もする。

「……青春っぽいことしたさに誘ったと思われるのはイヤなので。一応、言っておくに越したことはないかなって」
「ほんと“まじめ”だな〜……。生き辛くね〜の、それ」
「あんまり考えたことなかったですね。ソーダ成分おいし〜」
「ひと口」
「あっ」

宣言通りクリームソーダを一口分くらい喉に流し込んだ先輩は一応アイドルだろうに、間接キスだとかそういうのは気にしていなさそうだ。私はさすがに――『先輩』だし、気にするけど。
グラスに添えられた白い手は自分のものより一回りも二回りも大きくて、すらっと伸びる指がきれいだ。気恥ずかしいので言葉を差し替えて、口を開く。

「手、大きいですね」
「比べてみるか?」
「やだー負け戦。全競技で負ける」
「あはは。細さならおまえの勝ちじゃね〜の」
「朔間先輩細身だし若干危うい気がします」

空調が効いて涼やかな店内。
キーボードをたたく音。談笑する貴婦人たちの声。……控えめな音量で奏でられるクラシック。小洒落た喫茶店の中で、制服姿の私たちは少しだけ浮いている。


――細さで言えば、……月永は比較的華奢で。
それでも弓道を嗜んでいるから、案外腕周りはしっかりしているのだ。
かつ、ずば抜けて運動神経が良いものだから静止画に留めても躍動感のある画になって。それはもうとんでもなくカッコ良くって。

瀬名は細めではあるけど筋肉もきれいに付いているから、見た目よりも男のひとっぽいラインをしている。
しなやかながらも鋭いダンスであっという間に客席を虜にして、我が物顔で勝利を掻っ攫っていくから堪らない。

「(……いつから勝ててないんだっけ)」

大好きで、大切で。いっとう特別で綺麗で、眩しくて、――だから勝ってほしくて。負け続けの状況をどうにかしたくて。五奇人だ生徒会だってなんでもしがみつくみたいに必死になって縁を紡いで模索しているけれど。
……正直そんなの、ガラじゃない。
『Knights』以外とうまくやるとか、向いていないのに。

「……そういえば次の『Valkyrie』のライブ?撮影許可貰ったんだって?」
「……えっ、あ、はい。斎宮に交渉して」

ため息を吐きそうになる前に先輩の緩やかな声が耳に届く。
どこから聞きつけたのだろう、まぁ、顔の広い先輩のことだから情報源なんてそこらじゅうにあるのだろうけど。

「風の噂。長く『チェス』――『Knights』専属を貫いてた妻瀬鹿矢が、重い腰を上げた〜ってさ」
「あはは、なにそれウケる」
「奏汰とも最近仲良いんだろ。夏目がおまえらの『お茶会』に連行されたってボヤいてたし……渉にも連れ回されてるとか」
「……連れ回されてるというよりは、自主的について回ってます。刺激になりますし、学ぶことも多いので」
「へぇ」

なのにどうしてかこの先輩は、それを楽しんでしまえば良いだなんて無理を言ってのけた。
許されて、許されるはずのない時間を始めてしまった。

月永や瀬名以外とこうしてお茶をするのは浮足立ってしまって、落ち着かない。春先まで散々ふたり以外とは必要以上に接することを避けてきたから当たり前だ。
……なのに、穏やかで、落ち着いている。
深海くんや逆先くんとのお茶も、斎宮との交渉やサポート活動も、日々樹くんに引っ付いて回る演劇行脚も。……こうして朔間先輩と、話すことも。
他人事のようにすら思えてしまうくらいの非日常度数を孕む日々はずいぶんと居心地が良い。渇きつつある日常が潤っていくのはとっても気持ちいい。……単純に、楽しい。

「事前に声はかけておいてやったけど……俺様ちゃんが手回さなくたって上手くやってんじゃね〜か。さすが広報〜♪」
「……その節はありがとうございました。まぁ、上手くやれてるように見えてるなら御の字ですかね」
「あいつらが気に入った時点で『御の字』だろ。自信持てよ」

管を通っていく緑色の炭酸は、次第にアイスクリームと混ざり合って滑らかさを帯びていく。
――違うモノに成っていく。

足を組んで、偉そうに肘をついている先輩は目を細めて私を見つめている。

「俺も結構気に入ってるよ。おまえのこと」

……呑まれそうな赤。
おまえじゃないですが、妻瀬鹿矢ですが。
汎用性の高い、誰にでも当てはめることのできる台詞。だったらせめて自分だという証が欲しい、なんて烏滸がましいけれど。せめてもの当てつけで私はそういう言葉を贈ってみようか。

「……私も朔間先輩のこと気に入ってますよ。バイクに乗せてもらうのとか、お茶するのとか楽しいので」
「……そ〜かよ」

窓越しだから、蝉の鳴き声は控えめ。
春の名残の影さえも陽炎へ溶けていく。





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