#03 Mira gestorum




「瀬名、ちょっと落ち着いて」
「落ち着いてられるかっ!妻瀬、あんたもだよ。いっつもこのアホを甘やかすから!」
「矛先が私にまで……」

春の日の某日、病院前にて。
容赦無く降り注がれる台詞にため息を吐く。
陽気のなかで局地的な雷雨に打たれている心地である。

月永は、乱闘騒ぎを起こしてしまったらしい。
情報が微塵もないし不確かなので確証はないのだが、その証拠に月永は骨を折ってしまっていた。
……発見された時は片腕で作曲をしていたのだという。驚きを通り越して言葉が出なかったことは、まだ記憶に新しい。

理由はともかく放っておくこともできなかったので瀬名とともに病院へ連れてきたものの、彼の怒りは収まることなくいまだに吠え続けている。
アイドルは人気商売!と説教を垂れているが、月永にはあまり刺さっていないようだった。至極真っ当な意見ではあるのだけれど。

「ガミガミうるさいな〜!おまえはおれのお母さんか!?」
「はぁ?あんたのお母さんがあんたをちゃんと躾けてないから、俺が迷惑こうむってるんでしょ!親の顔が見てみたいっ、あぁもう苛々する!」
「と、とりあえずはやく診てもらおうよー」

三人分の荷物を携えた私はやや後ろにいるせいか蚊帳の外で、瀬名と月永の会話に置いていかれ気味だ。
そのうえどうも月永は端末まで落としてしまったらしく、瀬名はさらに声を上げる。でも、当の本人はあんまり気にしていないっぽい。いやそれは気にして欲しい。

「……あっれ〜?騒がしいと思ったら!こんにちは♪」

病院はもう目と鼻の先なのにどうしたものかなあ、と思っていると、向こうから見慣れた顔がやってくる。
同輩の、青葉つむぎだ。

彼はおなじく同級生である、あまり学院でも姿を見ることのない──ええと、たしか。天祥院英智とかいう御曹司。彼の見舞いに行くよう担任に言われていたなあと記憶を辿る。
そして、どういう会話の流れか、青葉は病院に来た私たちを心配してかお守りをくれるらしい。
瀬名は断っていたけど、私は一応貰っておくことにする。ぜんぜん健康ではあるけれど。

「へぇ。妻瀬は神頼みとかそういうの、好きなんだ?」
「好きっていうか。ちょっと違うけど、占いでいいこと言われたりするとそれを信じちゃうみたいなやつ。中学のときも占いとかキャラクターもののお守りとか流行ってたしね。あんまり抵抗はないかも?」
「分かります。偏見ですけど、女の子ってそういうの好きですよね〜」
「ねー」

……青葉も変わり者だとは思うけど、夢ノ咲学院の生徒のなかでも比較的話しやすい部類の人間だ。
図書委員の仕事を一緒にする機会もあるし、雰囲気も柔らかくて誰とも上手くやれるひとなのだと思う。
だから、広く浅く――と言ったら失礼なのかもしれないけれど、顔が広いというのは単純に羨ましい。

「鹿矢〜……、おまえからもセナになんとか言ってくれよ〜」
「私もはやく治して欲しいから瀬名に一票〜」
「え〜!」
「ほら。妻瀬もこう言ってるんだから堪忍しなよ、れおくん?」

瀬名に首根っこをつかまれて連れてこられた月永はまだ病院に入るのを渋っているようだった。
たしかに薬臭さとか、苦手な人は多い印象があるけど。

「……まったくもう、ほんと子持ちになった気分」
「……うんうん。瀬名はいいパパだよね」
「わはは!言い得て妙だな〜!セナパパか?ん〜……それともセナママか?」
「響き的にセナママがいいかも?」
「じゃあセナママに決定〜!」
「ちょっとぉ!変な渾名付けないでよ!」

……思い返せば。確かに、その時どこからか視線を感じていた気はする。
でも。病院の窓の向こうの誰かが──私たちが戯れるようすを眺めていて何を思っていたのかなんて、知るすべはなかった。




***



「結構強引に置いてきちゃったけど大丈夫かな……」
「あいつももう子どもじゃないんだから、平気でしょ」

半ば病院に置き去りにするような形で月永を見送って、私たちは夢ノ咲学院へ戻るためタクシー乗り場へ向かう。
窓からだろうか、何やら月永っぽい声が聞こえるけれど――瀬名は耳を塞いでダッシュした。
月永、拗ねちゃうぞ、なんて思いながらも私は後を追って、隣に並ぶ。

「月永かわいそう〜」
「うるさい」

さっさと戻るよ、とため息をつきつつも端末で電話会社の問い合わせページを検索しているあたり、先ほど無くしたとかいう月永の端末の件を対応するのだろう。
口ではああ言っているけれど、優しいひとだ。

「レッスン室、予約時間過ぎちゃってるね」
「そうなんだよねぇ。はぁ、ほんと時間を無駄にした……」

止まっていたタクシーに乗り込んで、行き先を告げる。
そこまで遠くはないものの高校生でタクシーに乗る、というのはやっぱりまだ慣れない。大人の階段をの数段すっ飛ばしながら駆け上がっているような気がする。
その点、瀬名はモデル業界に身を置いていたからか肝が据わっているというか、とにかく見習う点は多い。

「戻ったら直行すれば良いよ。新曲の練習するんでしょ?」
「あれ、まだ歌詞はついてないみたいだけどねぇ?……いっそ妻瀬がつけてみれば?」
「えっ、それはさすがに恐れ多いよ!」
「あはは。妻瀬、作曲もままならないもんねぇ?」
「うー反論できないのがむかつく……」
「……まぁ。あんたにしかできないことだって、あるんだから。そっちを頑張ればいいんじゃない」

ライブの仕事が中心な夢ノ咲学院では、パフォーマンスの練度ももちろんのこと、宣伝も大切だ。無論広報活動の一環である。
もっと語彙力を高めないと、と意気込んで辞書を買い込んだりしているが、正直まだまだ手探りの段階である。文言やら、ポスターのデザインやら……独学や先輩同輩、教師陣へ教えを乞うて、及第点レベルには整えられるようになったとは、思うけれど。

センスが無いだのなんだの言いつつも、そばで見守ってくれたのは他でもない瀬名だ。だからそんな言葉をかけられては、ついにやけてしまう。

「……何ニヤニヤしてるの」
「なんでもないよー」

瀬名は、基本的に面倒見がいい。
月永はもちろん、ほとんど顔を見せないけれど、かつて彼の後輩だったという鳴上嵐というモデル出身の一年生も保護という名目でこの春『バックギャモン』に加入させていたし。
その彼が――校門の付近に居たような気がしたけれど。

会話をしているうちにあっという間に夢ノ咲に到着したので、精算を済ませて。
まばらに帰宅する生徒たちとすれ違いながら私は校門を潜る。

「じゃあ、いちおうレッスン室見てくるね」
「誰も居ないと思うけどねぇ……。鍵借りに行ったほうが早いかもよ?」
「居なかったら、そのまま鍵借りればいいでしょ。瀬名は着替えもあるだろうし直行で」
「はいはい、了解」

広々としたレッスン室で、ひとりで練習している姿はもう見慣れてしまった。でもやっぱりなんだか寂しいから、誰か来ているといいなあなんて思いながら、私はレッスン室へ足を進める。
帰りはゲーセンに寄ろう、とか。放課後に練習するやつの気が知れないだとか、そういう会話を遠耳にしながら。止まらずに歩いていく。

少しずつ、澱んでいく。

忘れがちではあるけれど。
私や瀬名がどれだけ頑張っても、月永がすばらしい曲をつくっても、腐敗しきってしまっている夢ノ咲学院ではただ澱んでいくだけなことくらい、気づいている。知っている。
気に入らないことなんて、ごまんとある。
それでも変えるほどの力なんて持っていないから、私はせめて、立ち止まらずに目の前の道を歩くしかないのだ。



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