#07
「(……綺麗な景色)」
夢見心地とは、こういうことを言うのだろう。
ステージに立った『Trickstar』は想像以上の、目まぐるしい進化を遂げていた。
個々のパフォーマンスの練度は勿論、観客と一体になって楽しむ姿はとてもきらきらとしていて、一等星のように眩しく輝いている。
軽快な音楽で、満面の笑みで歌い踊るアイドルに、元気をもらえないわけがないだろう。希望を、夢を感じないわけがない。
長く夢ノ咲学院から失われていたそれを、突然降ってきた星たちを掴むように手を振ってサイリウムを降って――ああ、多分、“私たち”はずっとこんな景色を見たかったんだ。
教室で観覧している夢ノ咲学院のアイドルたちも、こんなステージに立ちたいと刺激を受けることだろう。
“革命児”だなんて仰々しい名を騙ったけれど、彼らは同じ門を叩いた夢ノ咲学院の生徒なのだ。
隣の机で授業を受けている同輩や、たったの一歳ほどしか違わない子どもなのだから。自分も、と賛同する者や、奮起する者たちも出てくるに違いない。
最大の支援者である朔間さんも舞台袖で頬を緩めて彼らを眺めていることだろう。
やや早計ではあるものの、このステージにおける勝敗は決まったようなものだった。
***
『Trickstar』の面々が結果発表に登壇する“リーダー”として指名したのは、彼らを影ながら支え続けたあんずちゃんだった。
アイドルだけが立つことを許されるステージへ仲間に引き上げられて、『Trickstar』のリーダーとして、“そこ”に立つ。
一瞬、心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥ったのは気の所為にして――少しだけ目を逸らして――結果発表を静かに待つ。
「(……因果だなあ)」
『紅月』、『UNDEAD』、『2wink』のリーダーも勢揃いしたところで、放送委員長である仁兎が司会としてその場を取り仕切る。
……蓮巳と朔間さんはもちろんだけれど違う衣装を纏って、ステージに立っている。
こんなかたちで再び隣り合う姿を見るだなんて、去年の春には想像もしていなかった。
あの小さなステージで。魂の叫びにも似た慟哭をうたって、脳に刻み込まれた重い音を思い出す。
思えば、あれは死人を名乗った“彼ら”の挽歌だったのかもしれない。
自分の所属する『Ra*bits』の宣伝もしながら、仁兎は『S1』のフィナーレを盛り立てていく。
各リーダーらと会話を交わす姿は昨年からは想像もできないくらい生き生きとしている。
仁兎は『Valkyrie』を離れて『Ra*bits』で一年生とともに活動しているらしい。
雰囲気も一変したし、斎宮や影片くんのことが気がかりではあるけれど、彼なりに新しい道を進み始めたのだろう。
講堂の観客はその発表の瞬間を固唾を飲んで見守っている。
観客の浮き足立っている心をそのまま天に召すがごとく、光は、彼女に向けて注がれた。
『Trickstar』は『紅月』よりも多く得票数を得て――見事、『S1』で優勝を果たしたのだ。
あんずちゃんがスポットライトで照らされて、ようやく事を理解した講堂じゅうが、歓喜に包まれる。
ついに、やったのだ。
やってのけてしまったのだ。
“ついに”というには本当に短い時間だったけれど、でも、それはとても長かったように思えたから。
朔間さんもひなたくんも、呆然としているあんずちゃんに声をかけて、ようやく現実と認識できたのだろう――抱き合って、ともに勝利を分かち合っている。
「(……おめでとう。本当に)」
やがて『Trickstar』の面々もステージへ迎え入れられて、勝利を体いっぱいで喜んで、ありがとう、と各々が観客へ感謝の言葉を述べる。
ただ一人、蓮巳は敗者としてステージを去っていく。
彼は最後の最後まで堂々と、決して負け惜しみのひとつも見せずに、舞台を降りていく。
そして、勝者のみに許されたアンコールが始まる。
彼らは青春の讃歌の如くそれをうたって、きらきらと煌めいて、ステージを駆け回る。
『Ra*bits』も『UNDEAD』も『2wink』も、あんずちゃんも楽しそうに歌って、踊って、観客も一体になってお祭り騒ぎのようだ。
ひとしきりシャッターに収めたところで、私は拍手をして――それこそ、他の観客のものに混ざってしまうだろうけれど。目立たないように、講堂をあとにする。
“革命”が為されて、夢見心地の空間は、どうにもむず痒くて、立っている場所がわからなくなってしまったから。
「(……、帰ろう)」
報告は、明日以降で良いだろう。
要旨のみをまとめて、後で蓮巳にデータを送れば済む話だ。
きっと、これから学院は変わっていく。
それこそ、御伽噺と言うよりは悪を排斥した勇者奇譚のようで――ハッピーエンドとは少しだけ違うような気もするけれど。
***
「もう。嘘でしょ、ほんと、」
『S1』から一夜明けて――ほぼ丸一日外部講習を終えて、へとへとになりながら学院に戻ると。昨日の『Trickstar』の勝利を噛み締める間もなく、学院最強のユニット『fine』の親玉である天祥院英智が退院し復帰したのだというニュースが飛びこんできた。
神さまも、酷なことをする。いや、退院自体は喜ばしいことだとは思うけど。
そのうえ『B2』――成績にも残らない野良試合で、復帰戦を行うのだという。
対戦相手は昨日『S1』で『Trickstar』に与した『UNDEAD』。……つまるところ公開処刑を意味する。
どうも大神くんが挑発に乗るような形で引き受けてしまったらしい。彼も彼で燻っていたから、気持ちは分からなくもないけれど。
でも。昨日とは状況がまるで違う。
羽風は不在で、舞台は日差しの指す昼間のステージ。この時間の朔間さんのコンディションはお世辞にも良いとは言えないし、なにより相手は天祥院が復帰し完全体となった『fine』だ。
というか、大神くんと乙狩くんは朔間さんの手を煩わせたくなかったのか――たった二人で勝負に臨んでいるようだし。
「朔間さん!」
もう誰かが伝えているかもしれないけれど、彼らの意図を汲んで伝えずにいることこそ蛮行だろう。
勢いよく軽音部部室の扉を開けばすでにユニット衣装を纏った朔間さんがいた。その姿に少しだけホッとする。
「……鹿矢。連絡をありがとう」
「そんなこと……、当たり前、です」
一応、走りながら連絡をしておいたのだけれど――どうやら見てくれたようだ。
ただ、見るからにコンディションの悪い様子なので、正直引き止めたい気持ちすらある。誰だって親しい人を死地へ赴かせるのはイヤだろう。
それでも、朔間さんが大神くんと乙狩くんを見捨てるはずがない。
「……くくく、敬語に戻っておるぞ。この春から同級生として心機一転、ではなかったのかのう。まあ、昨年も同級生ではあったのじゃが」
「ご、ごめんなさいね、癖、だから」
「愛らしいのう。……鹿矢。場所は」
「【龍王戦】と同じ、屋外ステージ、」
「……うむ」
息切れ寸前の私の頭をぽんと撫でて、朔間さんは颯爽と廊下を駆けていく。
覇気こそなかったものの、怒気混じりの声色には正直ぞくっとした。私も息を整えたら、はやくステージへ向かわなければ。
処刑台だとしても、仮にも『fine』復帰試合なのであるし、見届ける必要があるだろう。
革命は為されたはずだった。
けれどすべてを元に戻す抑止力のような――絶対的な“ちから”に飲み込まれてしまうような予感がする。
私はもうすでに『Trickstar』に杭が打ち込まれていることを、彼らが満身創痍の血だらけの状態であることを知らなかった。
だから、この時はまだ『UNDEAD』だけの心配をしていたのだけれど。
御伽噺はめでたし、めでたし、で幕を閉じるが、勇者奇譚はそうではない。
苦難の末倒すべき敵を討ち果たした後に――圧倒的なラスボスが登場して、勇者たちの心を折るのがセオリーなのだから。
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