#08




「やあ。久しぶりだね、妻瀬さん」
「……久しぶり。退院、おめでとう」
「ありがとう」

昼休みの、生徒会室。
『三年A組、妻瀬鹿矢。至急、生徒会室まで来るように』だなんて、生徒指導の先生のように呼び出した声はたしかに蓮巳だったはずなのだが。
相対しているのは、紛れもなく生徒会長――長くその席を空けていた天祥院英智である。
『B2』で遠目には見ていたけど、華美な椅子に座する姿はまさに『皇帝』の名に相応しく、逆らえないような圧は昨年度の比じゃない。

あの日――『B2』における、『UNDEAD』の公開処刑は止めることこそできなかったものの、朔間さんの介入により瀕死だけは避けることができた。
やはり『UNDEAD』にとっては、苦い試合にはなってしまったのだけれど。
彼らが退散したあと、新たなメンバーを加え旗を揚げた『fine』は、天祥院を中心にして最強の名に相応しいパフォーマンスをまざまざと見せつけたうえで――【DDD】の開催を宣言した。

【DDD】――夢ノ咲学院での頂点を決める、負ければ終わりのノックアウトステージ。
年末に開催される【SS】の出場権は学院への最大出資者である天祥院の所属する『fine』が持っていたが、それを返還して、優勝したユニットに与えるのだという。

「呼び出しに応じてくれて感謝するよ。ともあれ、僕も暇ではないから端的に話そう。――先日のドリフェスの件、君も関わっていたみたいだね」

尋問のようにつらつら言葉を並べられて、じっと視線を合わせられる。……天祥院は、少し苦手だ。
私は息を呑んで、せめてもの強がりで、笑う。

「……関わらないって結構難しいんだよ」
「ふふ。確かに君の立場上そうだろうね。でも、これ以上は時間の無駄だから、君は君の仕事に勤しむことをお勧めするよ」
「なにそれ。忠告?」
「そう受け取ってもらって構わない。……まだ結論を出し渋っている子もいるようだけど、時間の問題だからね。どうあれ、『Trickstar』は解散する。だから君も、これ以上の手出しは無用だよ」

幼な子をいなすように、分かりやすく、彼は言葉を紡いでいく。

絶対的な未来予知。ううん、きっとこれは“宣告”に近いそれだ。
神さまに似た権限を持つ、裁きの神官のように彼は星座を解体していく。
ひとから星となった彼らを地上へ戻そうとしている。

「無理には止めないけどね。……君の大切なものを今度こそ守りたいのなら、どう行動するべきなのかは明白だけれど」

今度こそ、だなんて酷いことを言うもんだ。




***




「妻瀬」

生徒会室から教室へ戻った途端、ため息を吐く間もなく、瀬名はずんずんとこちらへ向かってきて紙切れを差し出す。
紙切れ――ではなく。彼が手にしている加入申請書には“遊木真”と書かれている。
かろうじてその書類を「正」とする判子は押されていないが、状況を把握するのにはじゅうぶんだった。

「え、遊木くんが『Knights』に……?」
「そう。うちで保護することにしたから」

正直、先ほどの天祥院の言葉も頭から飛び出す勢いである。
だって──『Trickstar』の遊木くんを、保護とはいえ『Knights』に入れるとかいう、めちゃくちゃに突飛なことを言いだしたのだから。
無所属ならともかく、彼は正式にユニットを組んでいる。瀬名だってそれを知っているはずだ。

「……ほ、本気?」
「本気。……聞いたよ。あんた、やっぱりあいつらに肩入れしてたんだって?」

天祥院あたりの入れ知恵か、噂で聞いたのか。『Trickstar』のサポートをしていたことを、瀬名には秘密にしていた。たしかに嘘をついた。それをたぶん、怒っている。
無言を肯定ととらえた瀬名は、いちど舌打ちをして冷たい視線を向ける。

「妻瀬は、『Trickstar』側につくんだ?」
「つくっていうか。『Trickstar』で頑張ってたじゃない、遊木くん。それを無理矢理移籍させるのはどうなの」
「……あぁ、つまり。『Knights』の敵に回るってこと?あいつらの肩を持つならそうなるよねぇ」

苛立ちを隠さずに瀬名は私をひと睨みして腕を組む。
誤解を生んでしまうのはイヤなので、私はふるふると首を振って声を上げる。

「な、なんでそうなるの!違うよ。敵になんてならない!でも、」
「俺たちじゃどうにも出来ないでしょ。だから『Knights』だって、……天祥院の条件を呑むしかない。妻瀬も他人事じゃないはずだよ。一度痛い目にあってるんだから、自分の立場も考えなよねぇ」

なるほど、彼は『Knights』のリーダー代理として、天祥院と何か交渉してきたのだろう――たとえば『Trickstar』を潰すための共同戦線を張る、といったところか。

遊木くんや『Knights』のことを考慮した末に出した答えに、迷いはないようだ。
瀬名は誰かに媚びへつらうような人ではないし、彼は彼なりに大切なものを守ろうとしているのだろう。
私のことも、心配してこれ以上関わらないようにと忠告してくれていることくらい、分かる。

『Trickstar』は、天祥院の手によって瓦解状態にある。
遊木くん以外の面々も、他のユニットへ移籍をするらしい。本当に名前のごとく、瞬きの間に消えてしまった星だったのかもしれない。

「……とにかく。【DDD】での『Knights』の方針は、“これ”で行くから。なるくんやくまくんにも伝えておいて」

異論は決して許さない勢いで、瀬名は私に一方的に託してどこかへ行ってしまう。
……正直、追いかける気力もない。
私が何を言っても瀬名は考えを変えないだろう。

利害関係でつるんでいるとはいえ、なるくんや凛月がこの案を受け入れるのだろうか。仮にも騎士を名乗るユニットである。
リーダー代理である瀬名の意見に強く出ることはないのだろうけれど、今からもう微妙な反応をされるのがなんとなく想像できてしまう。

「どうしよう……」

どれだけ考えても、答えは出ない。
何が正しくて何が正しくないのか。結局ハッピーエンドを迎えるにはどうすればいいのとか。
いち生徒には考えても考えても及ばない領域に、きっとまた天祥院の思惑があって、私たちはその駒にしか過ぎなくて、ひたすら翻弄されている気がしないでもない。
これじゃあ、去年の二の舞だ。

『S1』の時は朔間さんから『Trickstar』のサポートをするよう依頼があって動いていたが、彼らの姿を見ているうちに情が生まれてしまったのは確かだ。
先日だって、『Trickstar』の勝利が痛快に思えたくらいには。
――けれど、それが静観を決め込んでいた『Knights』を敵に回すことに繋がるなんて、考えてもみなかったのだ。
次に彼らの肩を持てば、私は裏切り者になってしまう。

『Trickstar』は、勝つべきだ。
――“革命”を為したのは、『Trickstar』で、『Knights』ではない。
いずれ『fine』を倒し本当の意味で“革命”を起こすのならば、それは彼らの役目なのだろう。
勝ってほしい、変えてほしい、という思いは嘘じゃない。なら、本当は彼らを応援すべきなのだ。変えたいと思うのなら、そうするべきなのだ。

【DDD】は、一度負けたら終わりのトーナメント形式で争われるドリフェスだ。
瓦解状態にあるとはいえ『Trickstar』やあんずちゃんは諦めないし、瀬名の掲げた作戦で行くのならば『Knights』は必ずその壁として立ちはだかる。
当然、討ち果たされる敵として。

でも『Knights』に、負けて欲しくはない。
舞台の上で、勝敗は決まってしまう。必ずどちらかは敗北する。引き分けもない。延長戦を経て、勝者が決まるしくみになっている。
多くの生徒たちが胸に秘めている希望を汲みとれば――天秤にかけるほどのことでもないのだけれど。

「(それって、私がイヤだった考え方そのものだ)」

状況が全く違うことは分かっている。
それでも、『Knights』の味方をしたいという気持ちを捨てることはできない。絶対に捨てたくない。
私は誤っていると糾弾できる騎士でもなければ、正しく導いてあげられる女神さまでもないのだから。




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