#09





――【DDD】当日。
一般開放された校内はいつものドリフェスと比にならないくらいの人で溢れかえっている。
潮騒と喧騒が入り混じって聞こえて、お祭りが始まる前みたいだ。
学院の各所に設置されたステージには、すでにちらほらとアイドルたちの姿が見え始めている。


『Trickstar』には、明星くんだけが残ったのだという。

ただ──それは実際には違っていて。
瀬名は遊木くんに『Knights』への加入申請書にハンコを押すよう迫っているらしいが、日に日に悪くなる機嫌を見るにうまくことを運べてないようだった。
つまり書面上では彼もまだ『Trickstar』なのである。けれど、彼らが知るすべはない。もちろん、保護という名目で監禁されていることも。

あんずちゃんや明星くんは【DDD】出場のため、『流星隊』の面々と練習を重ねていたらしい。
パンフレットの献本で『Trickstar』のメンバー欄にあんずちゃんの名前を見つけたときは目を疑ったが――なるほど彼女はアイドル科に混ざり授業などを受けているためか、名簿に登録があったのだろう。
騙し騙しではあるが『Trickstar』は彼女がいたからこそルールを掻い潜り、【DDD】への出場を可能にしたのだ。

……時折会うことのあったあんずちゃんには安眠グッズなどを差し入れていたけれど、前回のように彼らのレッスン室へ行くことはせずに、寧ろ、積極的に避けていた。
サポートはあんずちゃんがしていたようだったし、そもそもその行為自体が──たとえ深い意味がなかったとしても『Knights』を裏切ってしまう気がして後ろめたかったのだ。

生徒会と共同戦線を張る『Knights』は、いまや『Trickstar』の敵なのである。

「……あーあ」

そして結局、逃げて来てしまった。
……何をしてるんだか。逃げる先なんて、他のユニットのステージ付近だったりどこでもあるだろうに。広報担当失格だ。


『Knights』と『Trickstar』の決戦前。
すなわち、【DDD】緒戦前。
朝一番に関係者の方々への挨拶をひと通り済ませて、開会宣言を聞いてから――あろうことか私は空き教室で、窓から入ってくる春の風に吹かれている。

本来であれば会場を回り、各場所のようすをSNSや学院のホームページにアップするなど細々と仕事があるのだが、かつてない規模の催しで――各委員のメンバーもユニットとして出場することもあり、今回ばかりは警備と同様に外部業者へ委託している業務が多くある。

なので、今日の仕事といえば、開閉演時の挨拶回りと、各ステージを順に回りそれらをシャッターに収め、業者から共有される情報を取りまとめて速報として流すことくらいだ。
業務スケジュールをなんとなく並べてみて、ああ、結局そこそこ忙しいのかと息を吐く。

【DDD】は勝ち残り戦ということもあって、次第にステージ数は減っていく。
ただ、初めはステージの数も少なくはないし何より人の多さが移動の難しさを物語っている。
固定カメラは設置しているものの臨場感のある姿を伝えられるのは結局人の手で撮ったものだろうから、全てのステージを回る予定だ。
だから、人混みがひどくなる前にさっさと緒戦のステージで待機するべきで、もうこんなところで油を売っている場合ではないのだけど。

『Knights』の味方をして『Trickstar』の敵となることを決めた今でも、少しだけ揺らいでしまっている自分が腹立たしくて仕方ない。

「……春なのに。寒いなあ」

太陽が昇って、地面を温めているはずなのに。
私のいる教室に陽の光は届かない。
風だけが吹き抜けて、身体を冷やしていく。
喧騒がやけに遠くに聞こえて、自分だけが取り残されているようだ。
その騒音に混ざって足音がひとつ。静かに誰かが近づく音が聞こえた。

「元気ないねぇ」
「凛月……」
「探したよ〜。ナッちゃんがそろそろステージに行こうって」

緩い笑みを浮かべて、足跡の正体である凛月は教室へ入ってくる。気だるげに私の隣に座ると、彼は小さく欠伸をした。
いつもこの時間は彼の活動時間ではないのだけれど、今日ばかりは【DDD】のために起きて『Knights』のユニット衣装に袖を通している。

「セッちゃんと喧嘩したでしょ」
「……意見のすれ違いというか。私が一方的に気にしてるだけなんだけどね」
「ふぅん。でもここ最近、話してないよねぇ。暴走してるからっていうのもあるんだろうけど……」

凛月の言う通り、瀬名は遊木くんにご執心だ。
話す間もなく彼に構っていたし、私も私で忙しかったから、機嫌を悪くさせてしまったあの日からまともに会話をしていない。
それに変に気にしてしまって、まぁ、若干避けてしまっている節はあるけれど。ぼうっとしているようでひとをよく見ている凛月にはお見通しらしい。

面倒なことになったねえ、としょぼくれている私の頭をやさしく撫でる。
その優しさに心がすっとすくわれたのも束の間。凛月は私が後で飲もうと置いていたジュースをぷしゅっと開封して――ぐびぐびと喉に流し込んでいく。

「ぷはー。やっぱり冷たい炭酸のジュースは美味しいね、みなぎるみなぎる。日中だしだるいけど〜……?」
「私のコーラ…………!」
「飲まずに置いておいたのが運の尽き♪」

美味しかった〜とペットボトルを置いて、凛月は机に突っ伏している私の髪をくるくると指に絡めて弄る。口の端についた泡が恨めしい。

「……セッちゃんのことは置いといて。俺としては鹿矢とここで寝ててもいいんだけどねぇ。万が一もあるし、緒戦でもさすがに分が悪いかなぁって?」
「……そうかなぁ」

『Knights』は一人一人のレベルが高いから――団結力が売りであるのに、メンバーを欠いている『Trickstar』への勝算くらいあるだろうに。結構な身内贔屓だと思うけど。
グズグズしている私を連れていっても得はないと思うのだが、凛月はそばを離れようとしない。
自分より腰が重いものを見たら、意地でも動かしたくなるのだろうか。

「……行く、行くよ。分かってる……」
「うん。行こう行こう、なんならずっと俺たちのステージに居てもいいから」
「嬉しいお誘いだけど、仕事あるから……。クーラーボックスは裏に置いていくから、終わったらきちんと水分補給してね」
「えー」
「えー、じゃないよ。日向で舞台に立つかもしれないし、無理しないでよ?」
「ふふ。鹿矢ってば過保護だねぇ」

いつもの調子で話していると少しだけ元気が戻ってきた気がする。
ありがとね、と小さく呟いた声すらも拾って、凛月はどういたしましてと私の頭をくしゃくしゃ撫でた。

窓の外からはどこかのユニットがすでにリハーサルを始めているような音も聞こえてくる。
いよいよ【DDD】が幕を開けるのだ。

「凛月ちゃん?鹿矢ちゃんのこと連れてくるって言って、なんで寝てるのよォ」

さていこう、と腰をあげたと同時に、私を連れていくため探しに行った凛月がいつまで経っても戻ってこなかったことに痺れを切らしたらしく――なるくんが教室に入ってきた。
凛月は支えにするように、私の腕を引いて立ち上がる。

「ぐえ」
「鹿矢、面白い声〜。安心してナッちゃん、今ちょうど行こうとしたところ」
「そう?ほんと、凛月ちゃんと鹿矢ちゃんは仲良しねェ」
「凛月先輩、鳴上先輩!妻瀬先輩は無事確保できたのですか?」

続くように廊下からひょっこりと顔を出したのは、『Knights』の新入り――朱桜司くんだ。
紳士的な言動や振る舞いが『Knights』の名にふさわしく、一年生にしては大人びている印象である。
先日、レッスンで彼のパフォーマンスを一通り見せてもらったが、荒削りではあるものの実力は一年生の中でもトップレベル。あの瀬名も認めるわけである。
……いや、その司くんに、珍獣扱いをされた気もするけど。

「司くん?私は珍獣か何かかな?」
「わっ、失礼しました。最近校内にいらっしゃらないことを理由に、瀬名先輩がそのように仰られていたので、つい」
「瀬名〜……あいつ……」
「ウフフ。じゃあ行きましょう?鹿矢ちゃんを侍らせているとアタシたち、まるでお姫さまをエスコートする騎士ねェ」
「あはは。私がお姫さまなのは恐れ多いなぁ」

というか、どこにクーラーボックスを肩にかけたお姫様がいるのだろうか。なんて思いながらも私は騎士たちとともに『Trickstar』の待つであろうステージへ向かう。

前を行く司くんが、なるくんが――隣で欠伸をしている凛月が。『Knights』のユニット衣装で闊歩する姿が視界いっぱいに広がっている。喧騒は、すぐそこに聞こえる。

ここにいれてよかったなあ、なんてしみじみ思ってしまうのはまだ早くて、感傷的になりすぎな気もするけど。
私はやっぱり『Knights』の味方でありたいのだと、心から思うのだ。




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