#04 Famuli tuorum




「さ、殺人……」
「違うから!」

案の定、予約していたレッスン室――ダンスルームには誰にも居らず。
鍵も借りてドリンクやタオルを用意して待っていると、瀬名と、なぜか鳴上くんが、服装や背丈からして同輩か後輩だろうか――ぐったりとした華奢な男の子を担いできた。
真っ黒な髪がさらさらと揺れている。

うるさい、という声が聞こえたので一応生きてはいるらしい。

「あら、起きたのね。あなた、凛月ちゃんだっけ……ほんとに保健室に運ばなくても大丈夫?」

鳴上くんは凛月くんというらしい男の子を、校門からここまで運んできたようだ。彼は彼で屋内に入ればよかったらしく、隅っこの方へ寝転がってしまった。
どうやら誰か迎えを寄越すようで、瀬名は端末を貸していたのだが、不慣れな彼の手元を見ていられなくなったのか番号をぽちぽち打っていく。
今日は瀬名の優しさを目にすることが多い日である。

ぱち、とそんな二人のやりとりを見ていた鳴上くんと目が合う。
瀬名から話を聞いたことはあったけど、彼も積極的に活動に参加するわけではないのでこうして顔を合わせるのは初めてだ。

「泉ちゃんのお友達の、妻瀬先輩……だったかしら」
「鳴上嵐くん、だよね。瀬名の後輩の」
「ええ、よろしくね。……っといけない、先輩なんだったわ」
「あはは。私は全然ため口とか気にしないから大丈夫だよ」
「そう?じゃあお言葉に甘えて。鹿矢ちゃん、って呼ばせてもらうわ。あたしのことも、気軽になるちゃんって呼んでね」
「おお。りょーかい、なるちゃん」

友達の友達、って正直初対面の時どうしたらいいのかわからないけど。彼も一年生とはいえ、瀬名と同じく業界に身を置いているからかコミュニケーションは得意らしい。
華々しく、和やかだが凛々しいその佇まいに見惚れながらも──悪い意味ではなくいい意味でそのペースに乗せられてしまう。口調も相まって、女友達が増えたみたいで嬉しい。
髪色と眼鏡に既視感を感じる気もするけど、誰だっけ。そんな思考を遮るように瀬名の声が響く。

「なるく〜ん、喋ってないで、準備運動から始めるよぉ?妻瀬、一応くまくんのこと見ててもらえる?」
「はーい。タオルしかないけど、枕になるかな」

新品を持ってきてよかった、と思いながら私は隅っこで寝そべる“くまくん”――凛月くんに近寄って、タオルで枕をつくる。
出来合いだけど、まあ無いよりはましだろう。

凛月くんは森をナワバリとする“くま”のように、気怠そうに欠伸をしている。

「頭、上げてね。これ、よかったら枕代わりにして」
「ん〜……ありがとう」
「ああ、あと……喉乾いたら好きなの飲んでいいよ。春でも脱水症状になることあるみたいだし。隣に置いておくね」
「……あんたも、さっきのひとに似て親切だねぇ」

先程まで端末を操作してくれていた、瀬名のことを言っているのだろう。
瀬名と似ているかは分からないけど、一緒にいる人に似るというのはあるように思える。
成長の過程の時間をともにするのだから……とくに思春期の友人なんかは、かなり影響されるのではないだろうか。

準備運動を終えたらしい瀬名となるちゃんは、タクシーでも言っていたけれど月永の新曲を練習するようだ。
歌詞はついていないので、ダンスの振り付けを叩き込むらしい。

「妻瀬、頭から流して」
「はーい」

あらかじめセットしておいた機材の再生ボタンを押す。
スピーカーから、明るく陽気な旋律が流れていく。
ぼうっとしていたら脳みそを持っていかれそうなくらい、幸せに包まれているようなメロディラインだ。さすが月永。歌詞がつくとしたのならどうなるのだろう。
……瀬名なら、私より良い詞を書きそうだ。何せ、月永の曲の一番のファンなのだから。

「♪〜♪〜♪」

そして、音に惹かれたらしい――寝転がっていた凛月くんはいつの間にか立っていて、瀬名となるちゃんに加わって踊り始める。

軽やかなステップを踏んで舞うさまはひらひらと降り注ぐ花びらのようで美しい。清雅で、儚さもありながら繊細な動きについ目を奪われてしまう。
彼もかなり実力のあるアイドルだということは、明白だった。

私は踊りは不得手だけど、身体がうずうずする、という凛月くんの言葉はわかるような気がする。
月永のつくる音楽は、やっぱり誰もの心を盗んでしまうくらいにすごいのだ。
うーんやっぱり、私が詞を紡ぐなんてとんでもないや。



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