#02
「うーん、どうしたものかな」
繁華街には、地下ライブハウスがある。
最近夢ノ咲学院の生徒が出入りしているのだというけれど、行くべきか否か。
不良が屯しているようなので近寄りたくはないのだが、今後の『バックギャモン』の活動も見越して視察にいくべきだろうか……みたいなことを思っていたのを察されたらしい。瀬名には相談する前に「行くな」と釘を刺されてしまった。
まあ、自ら危ない橋を渡るのはどうかしているし、そこまでする必要はないと思うのだけれど。
用事があったのでその付近を通ってしまって――朔間先輩と蓮巳が例のライブハウスへ入っていくのを見てしまったのだ。
え、なんだろう。なんて迷っていると、一年生らしき生徒も二人ほど入っていって――少し経って、同輩の鬼龍と羽風も続いていく。
正直、気にならないわけがない。
「……行くしかないでしょ」
そんな漫画みたいな状況、興味がわいてしまうのが人間の性だろう。
危なくなったら即逃げよう。
なので、許されよ。
ごくりと息をのんで、彼らの後を追うように階段を降りていく。
扉から漏れ出る音で、誰かが歌っているらしい、ということは分かった。恐る恐る中へ入ると――ぎゅうぎゅうと人でごった返していて、まるでアイドルのライブ会場のように熱狂したひとで溢れていた。
その光景に、唖然とする。
何がどうなったのか知らないけれど朔間先輩や蓮巳、同輩の守沢がステージで歌っていて――屯していたであろう不良たちは、はじめから“それ”を目的にしていたかのように歓喜の声を上げていたのだ。
ぽかんと呆気に取られていると、私の存在に気づいたらしい羽風が人混みをかき分けてやってきた。
「あれ〜?たしか妻瀬鹿矢ちゃん、だよね。こんなところに用事あるんだ〜?」
「は、羽風。こんにちは〜……」
悪意とかそういうのは一切感じないのだが、羽風からは入学早々さんざん声をかけられて、遊びに誘われたけど断り続けたので――その記憶が蘇ってくる。
根に持たれていたらどうしようと思ったが、どうやら彼は女の子ならば誰でもいいっぽいので安堵したのだけれど。
それに『チェス』と関わるようになってからはほとんど話していなかったから、顔と名前を覚えられていたことには、少し驚いた。
「薫くん、でいいよ。今日はツイてないなと思ったけど、そうでもなかったみたい。何か飲み物でも飲む?奢るよ〜?」
「いいの?じゃあお願いしようかな」
るんるん、と効果音が出そうなくらいの笑みで近寄ってきたので、とりあえず烏龍茶を所望しておくことにする。
ざわざわ、ぎゃあぎゃあと。無節操な声で溢れていて、秩序なんて一切ない。
――まさにカオス空間。
でも、なぜかスカッとするような、日常の憂いとか鬱憤が晴れるような清々しさがあって、地上のライブ会場より窮屈で暗がりなのに、これもこれで心地がいいなあとも思う。
朔間先輩が壇上を降りると、今度は灰色の髪が印象的な……ザ、ロックみたいな男の子がギターをかき鳴らし始める。そういえばポスターも何もなかったけど、今日はなんの公演なんだろうか。
ライブハウス内はしっちゃかめっちゃかではあるけど、どうやら朔間先輩が観客たちと交流しながら収集をつけているようだ。一度しか話したことはないけど、噂通りすごい先輩である。
そんな朔間先輩の目に留まったらしい羽風は、私のお願いしたドリンクを手に話しているようだ。遠目から見ると、迫力のある美形二人組である。
羽風も朔間先輩と面識があるのだろうか。まあ同じ学校だし、あるのかも。でも、べつに仲が良いという雰囲気ではないようにも思える。
「羽風」
「あ、鹿矢ちゃん。ごめんね〜、ちょっと話しこんじゃった」
「ううん、持ちっぱなしだと冷たいでしょ。奢ってもらったのにずっと持たせておくのも悪いし」
「全然平気だよ。人多いし、向こうに行こっか」
「あ……うん、」
朔間先輩と羽風の間には、ちょっと微妙な空気が醸し出されていたようだ。
挨拶をしないのもどうかと思ったので、私は一礼だけして羽風についていく。朔間先輩と一瞬目があったけど、あっという間に人に囲まれてしまったので今日はもう話せそうにない。
「もしかして、朔間さんと知り合いだった?」
「……知り合いなのかな?一回だけ生徒会室で会ったことあったから、挨拶しないのもなーって」
「あはは。鹿矢ちゃんってば律儀」
「まあ……なんか、インパクトも強かったし。あんなに人の相手してるんだもん、もう忘れられてるだろうけどね」
「俺は鹿矢ちゃんのこと覚えてたよ〜?」
「はは。羽風、さては女の子の顔とかは忘れないタイプのひとでしょ」
「うん、正解♪でも鹿矢ちゃんは特別だからね?」
自分の分も買ったらしい、烏龍茶を飲みながら羽風は笑みを浮かべて肩に手を回してくる。
ずいぶん手慣れてるけど、そのスキルはアイドルとして別の方向で光ってほしい。
「……羽風って、すごいアイドル向きだと思うんだけどなあ」
「……鹿矢ちゃんってなーんかズレてるよね。そういう視点で見るんじゃなくてさ、女の子ならこういうセリフとかシチュエーションにときめかない?」
「人によるんじゃない……?いや、私だってふつうに嬉しいよ」
「え〜、ほんと〜?」
「ほんとーです」
ときめくかときめかないか、で言えばときめくに一票である。
でも、自分が特別なんかじゃないことくらいこの一年で嫌というほど思い知らされたから。
広報準備室は、特殊なだけで特別ではない。
そして、あくまで立場が特殊というだけで、私という個人がそうなったわけじゃない。
好意や善意が向けられるのは私の立場が、便利だから。形式だけのアイドル活動もし易くなるからだ。『バックギャモン』に居られるのだって、多分そうだ。羽風はそういうつもりで言ったんじゃないのだろうけど。
鬱憤とか、行き場のない感情は出来るのなら忘れ去ってしまいたいと思う。
だから、音で満たされている地下のこの空間が心地良いと感じるのだろうか。
どこかへやるのではなく、ここで爆散させてくれるみたいな感覚。塵すらも残さずに消えるのならそれ以上はない。
「……羽風もまじめに活動すればいいのに」
「う〜ん、考えておくね。“まじめに”活動する気は正直ないけど、他でもない鹿矢ちゃんからのお誘いだし」
「あはは。血反吐吐いてでも案件用意しようかな」
「血反吐って。重いよ〜」
知らない歌。聞き慣れないロック。
現実逃避にも似たそれをずっと聞いていたいな、なんてまるでファンみたいなことを思いながら、私は羽風とステージを眺めていた。
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