#03

へーいタクシー、タクシー、すいません。
あ、この住所までお願いします。
ちょっとここで待たせてください。もうすぐ来ますので、本当、もうすぐ……。

「来ないじゃん……!」

朔間先輩が、電撃帰国したらしい。
そんな知らせを受けたのは昼のことで、所用で蓮巳の家へ向かうとの続報が入る。
夕方にはまた海外へ発つらしく、「帰りのタクシーを出してほしい」とのことだったので手配した、のはいいものの、蓮巳の実家――寺から出てくる気配が一向にないのである。
聞いていた飛行機に乗るのギリギリじゃないですか、朔間先輩。

料金が跳ね上がっていくメーターを横目に、私は断って外に出る。
建物が聳え立っているかのような長い石段を見上げて、迎えにいくとかそういう思考はシャットアウトした。

あの“地下のライブ”から少しして分かったことだけど、結局私は、朔間先輩に忘れられてはいなかった。
学校で会えば声をかけてくれるし、名前も覚えられていた。アイドル科では女子が珍しいのもあるのだろう、てきとうに話せる茶飲み仲間くらいにはなった気がする。気がするだけかもしれないけど。

朔間先輩は基本的に愛想が良いし、博識でアドバイスは的確だし、何より大物であるのに近寄りやすい雰囲気を醸し出している。
だから顔が広いし誰からも好かれる、っていうのも納得できるものだ。

「あ、朔間先輩!」

石段を降りてくる黒い影をみつけて、手を振る。
私に気づいた朔間先輩は片手をひらひらと振って降りてきた。

「お〜、鹿矢。久しぶり。ちゃんと迎えに来てくれたいい子にはご褒美をやらね〜とな?」
「とりあえず乗ってください、海外行きの飛行機のチケット代とか馬鹿にならないですから!ご褒美は後でください」
「ご褒美は欲しいのかよ、ちゃかりしてるな〜」
「貰えるものは貰いたいので!」

へらへら笑っている朔間先輩をタクシーに押し込んで、空港までお願いしますと伝えてようやく息をつく。
朔間先輩は「さすが広報」なんて感心していたけど、あんまり広報関係なくない?
渋滞があれば迂回して欲しい、みたいに言っておいてよかった。平日とはいえ夕方の首都圏は混むというのがお決まりだから。

「混んでるかと思ったけど平気そうだな。これなら間に合うか。坊主のとこ、長居しちまったなと思ってたけど」
「何話してたんですかもう、ぎりぎりですよ。置いて行こうかと思いました」
「お前が行くわけじゃね〜だろ……。アラビアの方で恩師に預けられた子が居てよ、乙狩アドニスくんっていう一年なんだけどさ。そいつを預けてきたんだよ」
「乙狩くん、かあ。一年生まではさすがにまだ把握できてないなあ……」

アイドル科の人数を全員覚えるというのは少しばかり難しい。一年経って、ようやく同輩先輩をなんとなく把握できたくらいである。まともに学校へ来ない人なんかは名前しか覚えていないけど。
引き抜きや不祥事を起こして退学、とかも普通の高校に比べたら日常茶飯事だし、特殊づくめだから結構あやふやになってしまうことも多い。新入生などもってのほかなので、今度蓮巳に頼んで生徒一覧を貰おうか。

海外を飛び回っている朔間先輩に比べれば、情報量はちっぽけなものなのだろう。異なる言語を扱って色んな人と交流して――考えれば考えるほど異次元なことをやってのけている人なのだ。
隣にいるけど少し遠く感じてしまう。
ひとつしか変わらない、同じ高校生なのに。

「……そういえばご褒美はなにもらえるんですか?」
「ん〜……、今すぐやれるものはねぇけど……なにがいい?欲しいもんなんでも言ってみろよ」
「なんでもですか」
「おう。なんなら、俺様ちゃんが可愛い鹿矢ちゃんのために一肌脱いでやってもいいぜ?」

茶目っ気まじりにだが、朔間先輩が「なんでも」なんて言うと本当になんだって叶えてくれるのかもしれないと錯覚する。
ぐう、とお腹が鳴る。そういえば今日はお昼を食べていなかった。ケーキとか、シュークリームとか……甘いものが食べたい気分だ。

「あー、エクレア食べたいです……」
「……エクレアって。ははっ、小学生のおやつかよ?そんなもんいくらでも奢ってやるのに、くくっ、」
「……えっ、笑うところでした?め、めちゃくちゃ美味しいやつでお願いしますよ。朔間先輩ならそんじょそこらのエクレア買ってきませんよね?!」
「はいはい、分かった分かった……はー、笑った。エクレアな?次帰国した時に美味いやつ買ってきてやるよ」
「お願いします……」

もっとこう、広報手伝ってください!とか、一日デートしてください!みたいなほうがよかったのだろうか。
隣で愉快そうに笑う朔間先輩はたぶん“そっち”を予想していたのだろう。

「(……まあ、いっか)」

すごい人なのは確かなのだけど、こうして隣で笑っているのは私の『先輩』だ。同級生でもあるからこの表現は違うのかもしれないが、勝手に遠くの存在にすることは失礼に値すると思う。

もうじき、空港に着く。
空を飛べばまた『スーパースター』になって、たくさん仕事をして、たくさん愛されるのだろう。
そんな私の『先輩』に「いってらっしゃい」を伝えるのは『後輩』の務めである。

「……っし、ギリギリ間に合ったか。今日はありがとな」
「いえいえ。気をつけてくださいね」
「おう。鹿矢もな」
「はい。いってらっしゃい、先輩。エクレア楽しみにしてますので」
「わかってるよ。じゃあ、いってくる」

小さくなっていく背を見送って、休憩がてらカフェでも入ろうかと思案する。
空港に来ることはあまりないけど朔間先輩とか、同輩の三毛縞くんなんかは海外での仕事も多くあるようだから勝手知ったる場所なのだろう。なんだか大人みたいでカッコいい。

いつかは海外で仕事をすることもあるのかな、なんて夢を見ながら、私は帰路に着いた。




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