#12




『fine』はかつて、革命を為した。
少し尊いものの犠牲を払って、悪徳の都を「秩序」で塗り替えたのである。
称賛すべきことで――まさに正義が勝つ、という筋書きで彼らはこの学院の頂を獲った。

いってくるね、と“彼”は言った。
いってらっしゃい、と“わたし”は見送った。

笑顔の似合う太陽のひと。
“彼”はもう、『fine』にも夢ノ咲学院にも居ない。光はもう私に届かない。そうあることを“わたし”は選んだのだ。


――中央ステージにて。
どのステージよりも観客の声援は甲高く、活気に満ちていた。事実上の決勝戦だと言うのも無理はない。双方ともにかつて学院で“悪名を馳せた”三奇人を要しているうえに、パフォーマンスも抜け目がない。

正義を掲げ、戦隊ヒーローの如く派手に舞う『流星隊』。秩序を掲げ、美麗に、けれど強かに音を紡ぐ『fine』。
どちらに軍配が上がるのか分からないくらい、双方のパフォーマンスは盛り上がりを見せて――でも、時間は有限であるから。

『fine』は延長戦を制して『流星隊』を破り、次戦へと駒を進めたのだった。

「(……氷鷹くんは登壇しなかったか)」

彼は『Trickstar』から『fine』に移籍したと聞いていたけど、舞台上に姿はなかった。
隠し玉なのか、単に出たくないだけなのか……理由は分からない。毎度思うけど天祥院の考えていることや企みの予想は難解だ。

『Knights』は敗れてしまったが、ステージは決勝戦まで小休止を挟みながら続いていく。
意外だったのは、次なる『fine』の対抗馬――『2wink』が、えらく彼らの体力を削るような試合運びをしたことだ。
延長戦までもつれこませた『流星隊』がその“ながれ”を決めたのだろうか。
各所で打倒生徒会の狼煙が上がり始めていることは、明白だった。



***



「休憩、休憩っと……」

わいわい、きゃあきゃあと、学院じゅうが盛り上がっている。
そうなるよう天祥院が仕向けたのがこの【DDD】なのだろうけど。
今日、『fine』が優勝すればその地位は確固たるものになる。はたまた『Trickstar』が勝利するのであれば、本当の意味で革命が為されるのだろう。

空き教室の隅っこで贅沢にも机を二卓くっつけて、買っておいたプロテイン、栄養ゼリー、菓子パンたちを広げる。ひとりきりのランチタイムである。
仮眠を取りたいところだけど、一度寝てしまったら午後もたない気もするので悩ましい。
しっかり睡眠はとったが、いつも以上に動き回っているせいかうとうとしてしまう。

「やっぱりここに居た」
「……お。いらっしゃい、凛月」
「さっきも居たから、まさかとは思ったけど。いつから空き教室が鹿矢の根城になったの?……まぁいいや。おじゃましま〜す」

今日はよく凛月に見つけられる日だ。
逃げているわけでも隠れているわけでもないけど、ちょっとだけむず痒い。
入ってくるなりクーラーボックスの中から残っていたジュースを手にとった凛月は、私のお昼ご飯を横目に、うわぁと呆れたような声を溢す。

「健康に気を遣ってるのか遣ってないのか、わけわかんないラインナップだねぇ……」
「はじめはプロテインだけ買ってたんだよ。でも足りないかなと思って。ゼリーは簡単に済ます用、菓子パンはお昼用、みたいなかんじでカゴに入れてたらいつの間にかこんなラインナップよ」
「セッちゃんが見たら卒倒しそう」
「たしかに」

凛月曰く、瀬名の監禁事件はなるくんが衣更くんと話し合ってくれたようで示談が成立したらしい。本当に今日の功労者だ。
しかし生徒会の運営しているドリフェスである。恐らくは学院の目から逃れることはできず、瀬名は何かしらのペナルティを受けることになるだろう。
アイドル活動を一時的にできなくなったりとか――最悪退学になってしまうなんてこともあるかもしれない。
無駄足かもしれないが、【DDD】が終わったら蓮巳に交渉しにいくことにしよう。

「ともあれ今度なるくんを、ケーキなりなんなりで癒してあげないとね……」
「鹿矢お金持ちでしょ。奢ってあげなよ」
「お金持ちではないけど奢るか〜」
「いいこと聞いた、俺も行こうっと♪」
「オッケー。私と凛月で折半で」
「え〜」
「え〜じゃない」

どうやら凛月の体調はすっかり持ち直したらしい。
それに安堵して、菓子パンを頬張る。糖分の暴力のような塊を体内に取り入れていく。午後もしっかり動けますようにと雑に念じて。

「……お疲れ様だねぇ、鹿矢。この後もまだまだ走り回るんでしょ?」
「午前までじゃないけどね。午後はステージも減っていくし、比較的楽だよ。午後イチどこから行こうかなあ」
「どうせ兄者のとこでしょ〜……?勝ち残ってるらしいし、緒戦のとき拐かされてたし」

凛月は不貞腐れているのか声を低くして、ふいっとそっぽを向く。

「さ、最後のは理由にならんでしょ。好きで連れてかれたわけじゃないんだけど」
「抵抗する間もなく、だったよねぇ。ほんと。ステージ上とはいえ気を抜いてたよ」
「……私が居ても居なくても変わらなかったと思うけど。むしろ居たら、情に絆されてあんずちゃんに色々話してたかもよ?」
「え〜……でも話さないでしょ、鹿矢は」

そのくらいわかるよ、って信頼たっぷりの、それが当たり前みたいに言われると恥ずかしい。
自分を落ち着かせようと凛月をわしゃわしゃと撫でる。夜を纏ったような黒は、絡まることを知らないみたいにさらりと指の隙間から抜けていく。

凛月とは、出会って一年位が経つ。
……ああ、もう一年なんだ。とくべつ長い時間を一緒に過ごしたわけじゃない。瀬名だって、なるくんだって、そう。

私は『アイドル』ではない。
味方ではあれ『Knights』じゃない。
その線引きはちゃんとしっかりと。
『彼』がそうあれと願ったモノで居続けるのだ。


学生時代の一年は、大人の言う一年よりずっと長く感じる。
夢ノ咲学院に入ってからの二年間は自己研鑽と忍耐の日々で。やることが多くって、その割に報われなくて、結構どうしようもないこと続きだ。

でも──『Knights』とかも抜きで、目の前で笑っている彼のような、そんな尊いものを見るためだったと思うとべつに良いかなって。イヤな気持ちはどこかへ置いておこうって思えるのだ。
そりゃあもちろん『Knights』がなければ意味がないのだけど。

「……ところで、入り口でモジモジしてるセッちゃん、どうしよっか?このまま放置しておく?」
「あー……?」

ちら、と半開きになっている扉の向こうに影が見える。どうやら瀬名が居るらしい。
私は扉のほうへ歩いて、境界線の向こうにある腕を引く。

「そんなとこにいないで、こっちにおいでよ」
「ちょっとぉ、引っ張らないでよねぇ……?」
「まあまあ。我が城へようこそ〜」
「いつから妻瀬は一国一城の主になったの」

嫌がっている口ぶりなのに、彼は腕を引く手を払わない。
雰囲気からしてまだ気まずいと思っているらしい。――けれど、瀬名自ら此処へ足を運んでくれたのだ。
手に持っているお菓子は決して彼が口にするためのものではないと、すぐに分かった。
きっとこれも、私にとっての尊いものだ。

「おい〜っす、セッちゃん。鹿矢の城には珈琲とか紅茶は無いけど、プロテインならあるよ〜」
「……はぁ?プロテイン?」
「はいはい一名様ご案内〜。どうぞどうぞ〜」
「ちょっ……、あぁもう、色々言おうと思ってたのにさぁ。なんか気が抜けた……。って何これ?まさか妻瀬のお昼ご飯だなんて言わないよねぇ!?」
「……ねぇねぇ凛月、聞いた?」
「聞いた聞いた。ブレないねぇ」

予想通りの反応に私と凛月は顔を見合わせて笑う。
「気が抜けた」のなら万々歳。上等の結果だ。
私の正気を疑うように声を上げる瀬名はやっぱりまだ少しだけ元気がないけど、いつもの瀬名に戻っていける兆しが伺えたので良しとしておこう。
贖罪の言葉を並べられるより、ふだんの彼でいてくれることこそが私の望むものなのだから。

口いっぱいに広がるチョコレートの味は甘ったるくて、珈琲を用意しておけばよかったなあと思ったのだった。




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