嫉妬の花も何の其の



一人暮らしを始めて数ヶ月。友人をようやく招けるくらいに整備できた途端、彼は約束を取り付けないままに呼び鈴を鳴らした。
SNSでそんなようなことを呟いたからだろう。
キッシュを手土産にやってきた彼は、仕事帰りなのか大荷物を抱えている。とりあえずお風呂に入ってくると言うので荷物は端に置いておこうと持ち上げると、雑誌が入っているのが見えた。
CMなんかでもよく見る、ブライダル系の雑誌だ。

「……そういう仕事するんだ」

心臓を掴まれたような心地になって、目を逸らす。
未成年とはいえ彼も結婚できる年齢だし、そういう需要は勿論あるだろう。
もやもやしなくもないけどそんなことを言ったら、共演している女優さんやモデルの人、アナウンサーやメイクさん……みたいに際限なく妬くハメになる。
ファンの子と遊んでいた時期もあるし、もう気にしたら負けなのだと思う。

でも、多少気落ちはするもので。
クローゼットにしまっておいた彼の分の着替えを浴室のカゴに入れて、新品のソファに寝っ転がる。
至って普通な私の部屋では少しだけ浮いてしまう革製のソファは、巴が引越し祝いにくれたものだ。値段も張るのだろう、寝心地がめちゃくちゃに良い。

「……べつに、文句言うことなんてないしね」

仕事を頑張っている彼を労ってあげるのがあたりまえなんだろう。いや、労う気持ちがないわけではないのだけど。

しばらくするとお風呂を上がって髪を乾かしているらしいドライヤー音が聞こえてきた。
物件の下見に来たときの写真をみせたらお風呂が狭いのなんのって言っていた気がするけど、まあ巴の家に比べたら全部狭くなるよとも思う。今日はたっぷり庶民の家を堪能してもらおうじゃないか。
 
「きみの愛しい太陽が戻ったね!すっきりしたし、存分にぼくのことを構い倒すといいね!」
「はいはい。ソファへどうぞ〜」
「え〜?ソファよりも鹿矢がいいね」
「わっ」

もふ、と包まれるみたいに抱きつかれて、仕方ないなあと背中に腕を回す。
お風呂に入ったから当然だけど、巴から私の家のシャンプーの匂いがするのでどきっとする。同棲してるひとってこんなのが毎日続くのだろうか。心臓もつのかな。それとも、慣れちゃうのかな。

「鹿矢、ドキドキしてるね?」
「あたりまえでしょ……だめ?」
「ううん。可愛い。抱き潰しちゃいそうだね」
「やだ、殺さないで……」
「じゃあ殺されないように気をつけてね?」

優しく撫でられて、そのままソファへダイブする。
お風呂上がりのせいか温かくて、気を抜いたらうとうとしてしまいそうだ。

顔をあげると、ふわふわの髪の毛の間から綺麗な紫色が見える。至近距離にあるのがとても恥ずかしいというか、綺麗すぎて、心臓が破裂してしまうんじゃないか。でも、私のものなんだなあと思うとちょっと嬉しい。ちょっと、って何。って言われそうだけど。

「……なぁに。そんなにじっと見つめて」
「……んー。見惚れてた」
「ふふ。正直だね」

熱を帯びた声で目を細めて、巴は頬を撫でる。
私より一回り以上大きな手。すらりと伸びた指。私の隣にいることが奇跡のようなものなんだけど、溺れてしまいそうだ。

この手で、他の誰かに触れていることがやっぱり、悔しい。

「……ブライダルのやつ」
「うん?」
「仕事、するんでしょ?」
「よく知ってるね?今日話をもらったばかりなのに」
「……荷物に入ってるの見えちゃった。ごめん」
「ああ、なるほどね」

すぐに話がいくだろうから、話す気はなかったのかもしれないけど。
巴は頬から頭に手を移動させてぽんぽんと撫でてくれる。心中を察されてしまったのならそれはそれで複雑な気分だ。

「……相手、いるやつなの?」
「うん。まだ言えないけど、確か名の知れた女優さんらしいね」
「へぇ」

自分でも思ったより冷たい声が出たのでばっと口を塞ぐ。
今、出てはいけないものが、出てしまった。

「……ご、ごめん。いまの無しで」
「……もしかして嫉妬したの?今更?」
「まさか。だてにあなたの彼女やってないですよ」
「…………ほんと、鹿矢は嘘が下手くそだね!悪い日和っ!」
「いひゃい……」

むにむにと頬をつねられる。地味に痛い。
まったくの嘘では、ないと思うけど。隙間から見えてしまう本音は巴にバレているようだ。

「どうせバレるんだから、隠さないでほしいね。……嫌なら嫌って言って欲しいね」

そう言って寂しそうに表情を歪めるものだから、悪いことをしている心地になる。
でも言われたって困るでしょ、そんなの。仕事なんだし。

「仕事は仕事だから、変えられないね。でも嫌ならそれなりにフォローできるね?……ぼくは鹿矢の彼氏なんだから、そのくらいさせてほしいね」
「……めんどくさくない?」
「めんどくさいならそもそも付き合ったりしないね。っていうか、鹿矢はなまじぼくたちの仕事に理解があるからって嫉妬とかそういうのが無さすぎ!もっと愛されてるって実感が欲しいね!」

巴の返答に思わず言葉を失ってしまう。
つまり嫉妬してほしいということなのだろうか。……可愛いことを、いうひとだ。
私がウジウジしていたはずなのに、なぜか巴が頬を膨らませていて混乱する。

「あはは。なんか、巴がめんどくさい彼女みたいなこと言い始めちゃった……」
「ふふん。ぼくは彼氏だね!……でも、これでお互い様でしょ?」
「……もう、敵わないなあ」

めんどくさいもの同士、仕方がないね。



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