#04




「……朔間先輩、蓮巳と喧嘩でもしたんですか?」
「……なんだよ鹿矢、居たなら声かけてくれればよかっただろ〜?」
「真剣な話みたいだったし入れませんよ。聞き耳も立ててないです」
「あはは、相変わらず“まじめ”だな」

真夜中の道を歩きながら空を見上げる。
春の星空は知らないけれど、夏とかと同じで、いっそう光る星はあるみたいだ。
空まで視線を上げる前に桜に見惚れてしまうから、そこまで有名ではないのだろうか。
なんだか勿体無い気がする。

朔間先輩をタクシーで空港まで送った日から一週間ほどして、彼はまたひょっこりと現れた。
夜中まで居残っていたところに後ろ姿を見つけて追いかけたのだけど、生徒会室で蓮巳と厳しめの口調で話していたから。言葉の通り聞き耳を立てることはしなかった。
そこは踏み込んではいけない領域だろうと思ったのだ。

ちょい、と私の頭についていた花びらをとって、朔間先輩は怪しげに笑う。

「……まあ、喧嘩ってのは少し違う。明日ライブすんだよ。来てもいいぜ?お前にとって面白いかどうかは分からね〜けど」
「蓮巳と?なら、この前のライブハウスですか?」
「正解。つうか鹿矢ちゃん、なんであの時居たんだよ。危ねえ場所には近寄るな〜って教わらなかったか?」
「それは、興味が勝っちゃって」
「……“まじめ”なのに変なところでストッパーが効かねえのは考えものだな」

わっしわし、と私の頭を撫でて朔間先輩はため息を吐く。
先輩には言わないでおくけど、なぜか、地下のライブハウスに行ったことが普通に瀬名にバレてしまったのでこっ酷く怒られたのだった。
二度目はないかもしれないと思うけど、ライブを観たいという欲求とでぐらぐらしてしまう。

「羽風いるかな。ひとりで行くのは怖いですね。やっぱり」
「羽風くん?居るんじゃねえの。あいつ元締めらしいし」
「そうなんですか?……あー、でも、考えてみればそこまで仲良くないですし、どうしよ」

彼が仲良いひとなのか?と問われてしまったら正直分からないのである。だって、まともに話したのは先日が初めてだ。
それに当日は女性客も少なからず来るだろうから、ナンパの邪魔になりかねないだろう。
後は、瀬名は……もっての外だし、月永はそもそも探すところから始まるから却下かな。中学時代の友人を誘うにしても、“そういう場”に慣れている子は居ない気がする。

ぐるぐると思考していると朔間先輩は可哀想なものを見るように目を細めてこちらを見ている。誘う友達すら居ないと思われたのかもしれない。

「……お前って結構自分から距離取るタイプだよな。説教垂れるわけじゃね〜けど、『広報』じゃなくても人脈は作っておけよ、鹿矢ちゃん?人の世に生きる以上、あって損はしね〜から」
「うう……それは、わかってます」
「あはは。瀬名くん、だっけ?仲良いやつと群れ続けるのも人間らしいけどな」
「なに言ってるんですか、朔間先輩も人間でしょ。先輩とも群れてるし今……」

真夜中の道を歩くことは本当はいけないことだけど、でも、楽しい。
こうしてライブに行く行かないみたいな話をすることも、ふつうじゃないのだろうけど――もう、明日カフェ行く?くらいの日常茶飯事。
私にとっては当たり前になりつつあって、嬉しいのだ。
青春をしているみたいで。

「やっぱり、明日行きます。危なくなったら逃げます」
「危なくなってからじゃ遅いだろ〜が。誘ったのは俺だけどな、せめて誰かつけてこい。先輩の命令は絶対〜♪」
「えー」
「ははっ、人類皆兄弟だろ。頑張れよ鹿矢」

夜闇の中で光る朔間先輩の目は綺麗だ。
世界の全部の赤を押し込めて、唯一輝かせることを赦されているみたい。




***



「鹿矢ちゃんから誘ってくれるなんてラッキーだな〜って思ってたんだけど……なんか、手伝わせちゃってごめんね?」
「ううん、大丈夫。こういうの初めてだしちょっと楽しいかも」

――先輩。言いつけは守りましたよ。

結局羽風に縋ることにした私は、ライブハウスで“仕切り”のようなものをしていた彼の手伝いを買って出た。端的に言えば受付である。
来場したひとたちに入場料を貰って名前と住所を書いてもらって、チケットを渡す。チケットはあっという間に完売してしまったので、最後の工程はすぐに無くなったが。

今日のライブは、有志のグループでライブ対決を行い、投票によって優勝者を決めるというものらしい。
蓮巳と朔間先輩はてっきり違うグループで争うのかと思っていたけれど、同じステージでパフォーマンスを行っている。たしかに喧嘩ではない、とは言っていたけれど。
優勝賞品は他のグループの支配権とやららしいので、それに関係するっぽい、みたいなことしか分からない。

ただ──本人というか、蓮巳にとっては是が非でも手にしたいものなのだろう。
普段生徒会室で見る姿よりも幾分ギラついて見える。衣装や曲調も相俟って、というのもあるのかもしれないが。

「いやあ、それにしても大盛況だね」
「朔間さんも出てるからね。あの人の力は絶大なんじゃない?」
「そっか。…………そう、だよね」

思えば、きちんと朔間先輩のステージを観るのは、初めてだった。
闇の底に君臨するみたいなアイドル。なんて形容すればいいのか分からない、世界を丸ごと堕としてしまいそうな魔王さま。

彼は集った観客たちを焚き付けるように、魂にも届くほどの慟哭を刻んでいく。
地下ライブハウスは今、悲鳴にも似た歓声で満ちている。
鬱屈とした世間への苛立ちも己の無力さも帳消しにしてくれるような、ある意味で夢のような空間だ。

その隣でギターをかき鳴らす大神くんは、巧みな指さばきで観客たちを沸かせている。
蓮巳も負けず劣らず――ロックの印象はなかったけれど――曇りの無いその美しい歌声を響かせている。
彼らのユニットは『デッドマンズ』というらしい。

遠目で見る彼らは人垣で半分も見えないけど、正直、どんなアイドルでも敵わないかもしれない、なんて思うほどの圧が伝わってくる。
身震いしてしまうくらいのそれは、隅っこに居る私でさえも感じ取れる。

先輩は、結構ちゃんと、アイドルなのだ。
海外を飛び回る『スーパースター』の名に恥じない、トップアイドルの朔間零。
知っていたはずなのに、その一端を目にして少しだけ寂しいと思ってしまったのは、側からみれば可笑しなことなのだろう。初めから分かっていただろう、と笑われて一蹴されてしまう程度の寂寥感なのだろう。
だって。昨晩隣にいたはずの先輩が居なくて、寂しい、なんておかしい。私はいつから彼のことをぜんぶ知った気になっていたんだろう。

「(……あーあ、恥ずかしい)」

よくよく考えれば、私は朔間先輩の沢山いる後輩のうちのひとりで、彼にとっての特別でもなんでもないのだ。
自分以外のひとといるところを、あまり目にしていなかったから調子に乗ってしまっていただけで。

一対一で話すことが多かったから。
優しく、してもらったから。
とんでもない勘違いをしてしまっていたことが、心底恥ずかしかった。
それを彼のステージを観て理解するなんて、失礼にも程がある。

ふと隣を見ると、羽風はなんとも言えない表情で私を見つめていた。

「……鹿矢ちゃんって、朔間さんのこと好きでしょ」
「……?ごめん、聞こえない」
「ううん。なんでもないよ、近くだけど音すごいし、声聞こえづらいね、」

何かを言っていた羽風の声は、爆音にかき消されてしまう。
かろうじて最後のほうだけは聞こえたので、うんうんと相槌を打っておいた。




***


終幕。
――軍配は、朔間先輩に上がったようだった。
蓮巳はまるで大敗を喫した、みたいな表情をしていたから、結構なものを賭けていたのかなあなんて思いもした。詳しくは知らないから、何とも言えないんだけど。
最後は先輩が『ユニット』を抜けて新しく仲間を集って、そこが優勝して大勝利。

ともかく、先輩と蓮巳の道は分たれてしまったようだった。
腐れ縁と言っていたし仲が悪いようにも見えなかったから意外に思いはしたものの、関わらなかった私がどう思うと、後の祭りだろう。

今日限りの音楽の残響はしばらくの間消えないで、耳の奥底から離れなかった。




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