#4.5



夢ノ咲学院アイドル科における、唯一の女の子。

『広報』とは名ばかりの、都合の良いアイドル活動の奴隷のようなものだと理解した奴は、どのくらい居るのだろうか。
学院のあれそれには関わろうと思っていなかったけれど、イレギュラーが視界の隅にあれば気になってしまうのは当然で、女の子ならば尚更だ。

彼女に与えられた教材は、アイドルの卵たちと同じものだった。
なれもしないソレの基礎を授業で教えられて、披露する場もない課題曲を覚えさせられて、可哀想だなと思っていた。
『広報』なんて枠組みを作ったくせに、カリキュラムの整備すらされていないなんて酷い話だ。
救うつもりなんかで話しかけたんじゃ無い。
いつもの、女の子をナンパするみたいに彼女に声をかけた。
それでも堅物な彼女は首を縦に振らないで、“まじめ”に在った。救われようのない沼の中で、必死に泳ぎ続けていた。

しばらくして彼女は『チェス』に拾われて、徐々に活躍の場を広げたようだった。
他人事ながら、よかったな、と少しだけ安心したのを覚えている。
けれど、時間が経つごとに――むしろ彼女を取り巻く環境は劣悪になっていったのだ。

「広報の女、結構良い仕事もってくるらしいよ」
「そうそう。報酬もまあまあいいやつばっかでさ。当たり外れはあるけどよ」
「あー、分かる。やっぱ楽なのは早い者勝ちだよな〜。もっと取ってきてくんねーかなあ」

努力の結果、皮肉にも利用価値の出来た彼女は、『チェス』の連中は知らないかもしれないけど――『流星隊』やソロで活動している生徒たちからも虫のように集られて、甘い汁を啜られていた。
ライブハウスに入り浸っていた不良連中も曲がりなりにも『アイドル』であり、お得情報として彼女の取ってきた仕事を時折口にしていたので、彼女がどれだけ頑張っているかとかは必然的に耳に入ってくる。
“まじめ”ではあれ、馬鹿ではないだろうから、彼女は自分の状況をそれなりに分かっているのだろうに。

偶然、なんとなく登校したときに彼女を見た。
たしか、同じクラスの瀬名くん。それとオレンジ色の髪をした男の子。
楽しげに話す彼女をみて、彼らがおそらく『チェス』のメンバーだということは分かった。
けれど。

――悪意の渦のなかで、どうして腐らないで、そんな風に笑っていられるのか不思議で仕方ない。
そばに居るはずなのに、気づいてやらない連中の気がしれない。
……ほら、お前らがちゃんとしないから。
彼女を離さないでいるべきなのに、偉大なる魔王サマに見惚れてしまってるよ。

まるで恋する少女みたいに。
届かない星をみているように。

「……鹿矢ちゃんって、朔間さんのこと好きでしょ」
「……?ごめん、聞こえない」
「ううん。なんでもないよ、近くだけど音すごいし、声聞こえづらいね、」

当たり前だけど、俺の声は彼女に伝わる前に爆音にかき消されてしまう。
まぁ、いいんだけどね。人の恋路を応援するとかそういうつもりはなかったし。




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