#05 Solve polluti




「あ」
「あ〜……?あんた、この前の」

くまくんこと凛月くんとの再会は、案外早く訪れた。
ふぁ、と小さく欠伸をする彼は今まで眠っていたらしい。夕日も沈むか沈まないかの時間、一休みするつもりでやってきたガーデンスペースの木陰に、先客として彼が居たのである。

「あの時はありがとねぇ。ところで、その手のジュースは俺への貢ぎ物?」
「いやいや、これは私のです」
「え〜残念……」

なんでそうなるのか、なんて思いながらも私は腰をおろしてぐーっと背伸びをする。
少しだけ肌寒いけれど、屋外にいるだけで爽快感があって気持ちいい。

「五分だけここ居てもいいかな?静かにしてるから」
「……まぁ、いいけど」
「ありがと」

ナワバリの主に許可を得たところで、私はカーディガンを枕にして芝生にごろっと転がって目を閉じる。

……なんだか知らないうちに、いろんなことが起き始めている。
つい先日、『バックギャモン』のリーダーが退学になった。そして後継に月永を指名して、ユニット名は『チェス』に戻った。そこまではまだ、あるかな、という感じなのだけど。

ユニット制度、ドリフェス制度とかいうのも始まって、学院でも屈指の人数が所属していた『チェス』は次々に分裂していった。
理由はそれぞれにあるのだろうけど、簡単に言えば『チェス』に所属しているデメリットが、メリットより上回ったことによるものだった。

盤上すべてが『チェス』だったとするのなら、いまやその駒が『ユニット』となるように、彼らは小集団に分かれてしまった。
そして近頃は毎日のようにライブ対決――ドリフェス制度によって作られたアイドル同士の戦いである――をして、かつての身内同士で戦いあっている。
側から見れば、内部抗争のようなものだ。

私は流れるように瀬名と月永についていったので、『チェス』の後継を名乗る集団にやや疎まれているようだった。
『チェス』への仕事を幾らか繋いでいたので、そのツテを失うのは嫌だったのだろう。

「(蓮巳が生徒会を作ったのって、『チェス』を分解したかったから……?)」

学院最大規模のユニットだった『チェス』は、母数が多い分やる気がなかったり不真面目な生徒が多く在籍していた。蓮巳はたぶん、学院からそういうものを取り除きたかったのかなとも思うから。
『チェス』にとって不利な制度が施行されれば、直接交渉することもなく、戦うこともなくそれを分解できる。
絆のようなもので結ばれていたわけでもない、ただ在籍しているだけで甘い蜜を吸えた『チェス』はあっという間に自滅した。

そういうのに疲れたから、休憩しにきたのだけれど――やっぱり考えてしまう。良くないなあ。
ごく、ごく、と隣で何かを飲む音がする。
凛月くんだろう、私にせびらないでも飲み物持ってたんじゃないか。

「ぷはー、美味しい♪」
「……ん?」

瞼を開けば、凛月くんが私の手元にあったはずのドリンクを美味しそうに飲んでいる姿が視界に飛び込んでくる。
可愛いね、さすがアイドル。
可愛いけどね、なんでよ。

「凛月くん!それ私のなんですけど!」
「え〜……?寝てたじゃん。飲まなさそうだったから、いいかなぁって」
「後で飲むつもりだったの〜……はぁ、もういいけど」
「ごめんごめん。……なんかあんた疲れてそうだし、そのうちちゃんと返すよ」
「疲れてるの分かるなら労ってよ……、まあ期待しないで待ってるね……」

ああ、もう五分経っているくらいだ。
戻らないと、いつまでもこうしてだらんとしていたくなってしまう。

──口ではああ言ったけど本当に労られるべきは私じゃなくて瀬名や月永だ。
曲を作って、セットリストを組んで、練習して、ライブをするのは彼らで、消費するパワーはとんでもないのだから。
せめて私が出来ることをして、労いたい。

重い腰を起こして服についてしまった雑草たちを払う。
凛月くんはまだここに留まるようで、ぼうっと遠くを眺めている。

陽が落ちきる前の暖色に染まった空に、薄く月が見えて綺麗だ。
景色すら気に留める余裕もないくらいに必死だったのだと思うと、なんだか笑えてしまう。

「凛月くん、夜はちゃんとあったかいところ行きなよ。風邪引くよ」
「ま〜くんに迎えにきてもらうから平気。……あんたも、疲れてるならちゃんと寝なよ。ほんとクマ酷いから」
「……うん。ありがと」

化粧をするのは外部に行くときだけにしていたけど、校内でもした方がいいかもしれないなあ、なんて思った。



***



小規模集団に分かれた『チェス』は、後継を名乗る彼らを除いて『チェス』ではなくなってしまった。
なので、他の名前で新しくユニット登録しなければならない。

「『Knights』?」
「そう。『Knights』」

瀬名と月永は『Knights』というユニット名で登録したらしい。

『チェス』から派生したひとたちのユニット名は元のユニットに因んだもの……たとえば“駒”から名前をとるみたいな風潮があって――『knight』はもう取られていたから複数形にしたみたいだ。二人だし、しっくりくる。
そりゃあ『Queen』なんかは伝説のロックバンドみたいで強そうだし、『King』も威厳があっていいけど。

「カッコいいねぇ、『Knights』。騎士か〜、女の子にはとくにウケ良さそうだね」
「そうか〜?おれは『チェス』がよかったんだけどな〜……」
「ぐちぐち言ってても仕方ないでしょ。もう登録しちゃったんだし、俺たちは『Knights』なの」

拗ねている月永にぴらぴらと申請書を見せつけるようにして、クールダウンを終えた瀬名は座り込む。
久しぶりのレッスン室での練習に熱が入ってしまったようだ。
瀬名たちの目当てのレッスン室を借りられていたりするのが癪だったので、奮発して自分用という名目で借りたのだけど、その甲斐もあったなあと思う。

「ていうか、申請書とか必要になったんだ」
「うん。印鑑とかも必要みたいでさぁ……?やってらんないよもう。最近はただでさえ忙しいってのに」
「提出だったら、私やっとくよ。生徒会室行く用事もあるし」
「本当?じゃあお願いしようかな」
「了解、任された」

申請書を受け取って――『Knights』と書かれたそれをじっくり眺める。
経緯こそ喜ばしいものではないが、彼らのユニットが生まれたのである。
『チェス』に拘っていた月永には少し悪いけれど、嬉しかった。言えば、出生届みたいなものだ。胸が躍らないわけがない。

「……こうしてみると、鹿矢っておれたちのマネージャーみたいだな〜?」
「えーそうかなー?照れるな〜。就任しちゃおうかな〜」
「わはは!鹿矢がマネージャーなら百人力だな〜!『Knights』も安泰安泰♪」

そんなことを言われると舞い上がってしまう。
マネージャーに転向しちゃおうかな、なんて思うくらいには。
瀬名はきゃいきゃいと盛り上がる私たちを嗜めるように口を開いた。

「まったく、妻瀬は『広報』でしょ……。っていうか、あんたこんな遅くまで残って平気なわけ?この前も遅くまで居残ってたみたいだし?」

とっくのむかしにシンデレラの魔法が解ける時間は過ぎていた。私はシンデレラではないので問題ないけど、気にかけてくれるらしい。

「……いちおう大丈夫だけど。えっ、なんで残ってたこと知ってるの」
「レッスン終わって、別れた後だったかな。れおくんが教室に忘れ物したって言うからいちど戻ったんだよねぇ。妻瀬は生徒会室に行くとかなんとか言ってた日だよ」
「そうそう!そしたら鹿矢がしれ〜っとレッスン室に入っていくの見つけちゃったんだよな。まあ、やることあるんだなって思ったから、おれたちはすぐ帰ったけど……やっぱり遅くまでいたんだな〜?」

二人のレッスンに付き合ったあとに籠って作業をして、朔間先輩を見つけた夜のことだ。
いや、ていうかカマかけられたな。
完全犯罪を紐解かれている心地である。

「あんたは仮にも女の子なんだよ。分かってる?……深夜の学校もだけど、繁華街にひとりで行くなって言っても聞かないし、痛い目に遭ってからじゃ遅いんだからねぇ?」
「わ、わかってます……」
「繁華街といえば、地下ライブハウスだっけ。この間レイのライブに行った帰りとかなんとかで、会ったよな〜」
「つき、なが……!」

それは言わない約束では。
暴かれていく私の愚行に、瀬名はひくりと顔を引き攣らせる。般若ってたぶん、こんなやつだ。目の前の瀬名みたいなやつ。

「ふぅん……。二度目は無いの、分かって行ったね?妻瀬」
「ごめんなさい!」
「そういえばセナには秘密って言ってたんだったな、ごめん!」
「秘密は秘密にしてて!お願いだから!」

まあ、基本的に私が悪いのだけど。
しばらく終わらなさそうな瀬名の怒号を聞きながら、私はおとなしく素数を数え始めた。






BACK
HOME