#06 Labii reatum
戦って、戦って、戦いに明け暮れる日々。
立ち止まる間もなく、『Knights』はかつての仲間たちと刃を交えていく。
勝利のためのうたを武器にして。
「お疲れ様、ふたりとも」
「ありがと」
「……ん。ありがとな」
――月永の曲こそが『Knights』の武器だった。
武器を扱う瀬名は、月永は、華麗に敵を打ちのめしていく。
そのさまは、まさに快進撃。
まじめにやってきた彼らが、今さら必死になってユニットを組んで戦いの場に出てきた新参兵なんかに負ける道理はないのである。
私は『Knights』の宣伝活動に加えて庶務部分を請け負ったり――出来得る限りの後方支援をしている。勝利に、少しでも貢献できるように。
でも。彼らの剣が返り血に染まっていくことをただ見ていることしかできないのは苦行でしかなかった。
『Knights』は勝ち続けているはずだ。
なのに、追い詰められていくように未来のスケジュールが埋まっていく。
日常であったはずのものが非日常になって過ぎ去っていく。
「あとは片付けておくから。早く帰って、ゆっくり休んでね」
次第に曇っていく彼らの表情は耐え難くて、どうにか支えたくて。
せめて私はいつも通りでいるよう努めた。
***
「ふぁ……、ここで合ってる〜……?」
「凛月くん!あってるあってる!」
【チェックメイト】とかいう、仰々しい名前ではあるが――これもまたひとつのライブ名である。
とはいえ今日は今までのそれとは違い、分裂した中では最大規模である『チェス』の正統な後継を名乗る集団を相手取ることになっている。
実力では勝るが人数に差がありすぎるという理由で、瀬名と月永はそれぞれ知り合いに声をかけて助っ人をかき集めたのだった。
凛月くんは瀬名が声をかけたうちの最後の一人だ。
控室で衣装を着付けながら私は凛月くんにセットリストを説明する。
【チェックメイト】――今まで勝利を重ねてきたが、今日が山場になるだろう。
「……うん、大体は把握した。だるいけど……まぁ、あんたたちには恩もあるしねぇ」
「こちらこそ、来てくれてありがとうね。っと、」
事務仕事をほぼ引き受けているうちに私もいっぱいいっぱいになってしまっていたらしい。
衣装を着付ける手が三本くらいに見えて、視界が揺れる。
「……ちょっと、大丈夫なの?」
「だ、大丈夫。少し目眩がしただけだから」
「それは大丈夫じゃないでしょ……。とりあえずそこで休んでなよ。衣装くらい自分で着れるから」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
そばにあった椅子に腰をおろして、自分用にと持ってきていたエナジードリンクを一気に飲み干す。だくだく流れてくる汗を、タオルで拭く。
……大変なのは舞台に立つアイドルだというのに。私がこんな体たらくではいけないのに。
焦りが身体中を回って気持ちが悪い。
奮い立たせるように、ぐっと拳を握りしめる。
『Knights』は、休む間も無く戦い続けて精神的にも参ってきている。
瀬名は気に入らなかった奴らをばったばったと薙ぎ倒していくのが爽快みたいだったけど、当然のように疲弊していっているし、月永は乗り気ではないみたいだったから尚更だろう。
そもそも月永は、今日のステージに現れてすらいない。
彼が神出鬼没なのは今に始まったことではないけれど、近ごろはそれに拍車がかかっている気がする。
ぼうっとしていることも多かったし、心配だ。
……何かあったのだろうか。事件とか事故なんて、そんなこと、ないよね。
杞憂であることを願うしかできないのが歯痒い。
「準備できたよ」
「あ、じゃあステージ行こうか。みんな先に行ってるから合流しよう」
凛月くんの声に現実へと呼び戻されて、いけない、と切り替えて立ち上がる。
私は私にいまできることをして『Knights』を支えるのだ。
「……あんた、平気なの?ステージ脇とかで倒れられても面倒なんだけど」
「平気じゃないけど行かないと。倒れないようにはするよ。迷惑かけたくないし」
半ば意地で立っていることを凛月くんは気づいているのだろう。
貧弱な身体ではないので早々に倒れることはないと思うが、無理をしている自覚はあった。
身体は資本でしょ、なんて誰かさんから怒号が飛んできてしまいそうだけど、彼も私を気にかける余裕なんてない。
「ねぇ。……どうしてそんなに必死になるの。自分のことでもないのに。一生懸命に身を削っちゃってさぁ……、無理強いされてるわけでもないんでしょ」
アイドルでもないのに、と続けて、凛月くんは私をじっと見つめる。
気を抜けば呑まれてしまいそうな深い赤に私を憐れむ色がみえる。そっか、側からみれば意味がわからないよね。
どうして、とか――思えば、明確に理由を問われたのは初めてだ。
私は『広報』として見られていたから、そんな当たり前なことを聞かれたことがなかったのだ。
ううん、“私の理由なんか必要じゃなかった”。
夢ノ咲学院で“まともに”アイドルをしていると異色がられるけれど、私は活動をしたところで珍しがられることはない。
アイドル活動のサポートをする。宣伝をする。仕事をとってくる。全部当たり前のことで、必死でとってきた案件を掲示板に貼って、いい条件のものは早い者勝ちみたいに連絡が来て、せいぜい良く宣伝してくれやって言われて。もっと良い仕事ないのとか時々言われて、ごめんなさいって謝って――。
理由なんて求められない。私の人格は認められない。彼らの求める仕事がなければ、罵倒を浴びせられる。そんな毎日にはもう慣れてしまったけど。
笑顔にしたいとか、輝きたいとか、アイドルでありたい理由が純粋であって欲しいというのは強欲だ。身勝手にもほどがある。
お金が儲けが悪いわけじゃない、楽で、華々しい仕事を望むことは悪じゃない。
たとえ腹の底でなにかを抱えていたとしても。
ステージで煌めいて、誰かを心の底から笑顔にするような、幸福にするような――そんなアイドルに私は憧れたのだ。
「……アイドルが好きだから。夢ノ咲学院に入ったのは、そういう煌めきみたいなものを伝えたいと思ったからで、」
悪意ばかりに晒されたわけじゃない。
善意に救われて私はいま、此処にいる。
私は『Knights』の力になれている。
だからもう、じゅうぶんに報われた。
彼らがいるのなら大丈夫だ。それだけで生きていける。なんて大袈裟だけど、確信めいたものすらある。
自分に言い聞かせるように、――しっかりと前を向いて紡ぐ。
「そこで出会ったのが『Knights』の二人だったから。単純に好きで、大切なんだよ。だから力になりたい。大層な理由なんてないよ」
「……そっか」
凛月くんはただ疑問に思ったから聞いてきたのだろうけど、『広報』としてじゃなくて『私』を見てくれたことは、純粋に嬉しかった。
今思えば『広報』という存在であることをあまり分かっていなかったようで――私や瀬名、なるちゃんが凛月くんのことを『朔間先輩の弟』だと知らなかったのと同じで、それはまた別の話だけど。
「……名前。私、あんたじゃなくて妻瀬鹿矢っていうから。よろしくね凛月くん」
特別気にかけることではないけど私を知ろうとしてくれたから、なんとなく、凛月くんには自分の名前を呼んで欲しくて。
あんたじゃないんだよ、って言うみたいに振り返って笑ってやる。
凛月くんは少しだけ唇を緩めて、私の名前を呟いた。
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