#08 詞の無い歌
「あれ〜……先客?」
「っうわ、凛月くん」
真夜中の来訪者に驚いたらしい彼女は、椅子から落ちてすっ転んでしまった。
何してるの、と埃を払って立ち上がるのを手伝ってやる。
『Knights』のふたりはもう帰路に着いたのだろう。待ち人がいる時間でもないだろうから、立ち入り禁止の音楽室にひとりきりで詰めていたようだ。
「あはは、ありがとう。……ええと。作曲、を?しててね。ぜんっぜん下手くそなんだけどさ」
彼女は譜面台に置いていた楽譜をばっと纏めて、録音していたらしいレコーダーを停止させて近くの椅子に項垂れた。
結構な時間試行錯誤していたらしい。机には没になったのだろう楽譜が散らばっている。
「基礎は学んだし、教えてもらったんだけど。やっぱり難しくて」
「へぇ」
「あっ、見ないで!恥ずかしいから!」
「いいじゃん。減るもんじゃないでしょ〜」
彼女の手からそれを抜きとってやると、まあ書き慣れていないんだろうなという音符のパレード。
試行錯誤したにしてもしょせん三流という感じで、流行りからはズレているけど王道な曲調っぽい。
けれど自信満々に突き進んでいくような、どちらかというと彼女からは連想できない曲だったので、少し意外に思った。
まじまじと五線譜を眺める俺に、「あああ……」なんて声をあげて、彼女は恥ずかしそうに机に伏せる。
その反応が面白かったので、すぐには返してあげずに向かいの席に座って、つんつんとつついてやる。
「なにー……」
「なんにも。あんた、曲とか作るんだねぇ」
「……一曲作ってみたいな〜とかいう、軽めのあこがれっていうか。近くにすごい人がいたから、チャレンジ精神が刺激されたというか……」
「ふぅん。意外とアグレッシブなんだ」
「調子に乗ってるだけだよ。才能があるわけでもないもん。あー、もう終わり終わり!」
どうやら、本格的に店じまいをするらしい。
散らばっていた楽譜やらを集めて、彼女はてきぱきと片付けていく。
「それ、……失敗作だしさ。どうせ詞もつける予定なかったから、見終わったら適当に捨てておいてよ」
「……捨てるの?」
「……うん。ほんと、誰に聞かせるつもりでもなかったし、最初から自己満足だったし……まあ、一応音源は取ってあるから。それでいいかなーって」
こんなの武器になるわけでもないしね、と笑う姿は心なしか悲しそうに見えた気もするけど。
本当は捨ててほしくないんじゃないか、なんて邪推したところで、付き合いが長いわけでもない俺に真意は分からない。
「……明日の【チェックメイト】、よろしくね。それじゃあ、ばいばい」
彼女は月明かりに照らされた廊下へ足音とともに消えていく。
そんな、なんてことない、春の夜の話。
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