#13




もしかすると、物語への介入を期待されていたのかもしれないけれど。
私はそうしなかったし、寧ろ拒んだのだ。
その分の謝罪はもう済ませてある。
『Knights』の味方であることを貫いた私に残された役割は、最後まで『広報』という情報を垂れ流す装置であること。
どんな結末であれ、責は果たそう。

駆けて、駆けて、私は観る。
煌めきを映して、報じる。

平和で天国のようなライブも、相反するような天使と悪魔の地獄のような戦いも、すべては一つの結末に収束するために紡がれていく。

『Trickstar』と『fine』が決勝戦で対峙することは、必然とも言えた。
朔間さんは元からそれが狙いで――『2wink』をはじめとする『fine』への刺客は彼の息のかかったユニットだったということを、最後の最後で知ったのだが。
『Trickstar』の準々決勝までの対戦相手に関しても、『Knights』以外には結構な差で勝利を収めていたから、おそらくはそう。
もちろん、それらは彼らの実力や努力の結果である。
結んだ縁も『Trickstar』の強みとなって、決勝戦までの軌跡を描いたのだろう。

一日のスケジュールは未だかつてないほど濃密で、身体も足ももうくたくた。休息時間があるとはいえ朝から晩までずっとライブ会場に居るようなものだ。
アイドルが好きなひとにとっては、天国そのものだろうけれど──この天国は条件付きで、終わりがやってくる。
【DDD】は終日ライブを観ることのできる学院をあげてのお祭りだけどトーナメント形式で争う対決でもあるから。

決勝戦。
最後のライブが、幕を開けようとしていた。



***



正直なところ。
学院の未来を賭けた大決戦を前にして、私の心はとくに昂ってもいなくて、むしろ凪いでいた。

『Knights』に勝った『Trickstar』を打ち負かして欲しい気持ちも、『fine』に勝って学院の新しい未来をつくって欲しい気持ちも本当だ。
後輩が頑張っているから後者であるべきなのだろうけれど。そこはずっと『Knights』の味方でいたのだから許してほしいな、なんて思ったりして。

スポーツ観戦と同じで、応援しているユニットが負けたら悔しいでしょ。
かつての『チェス』の残党たちが、自分たちを打ち負かして躍動する『Knights』を貶めようとした気持ちの断片はこういうものだったのだろう。……あんまりわかりたくなかったけれど。

「……私、どうかしてるのかも」

学院付のような立場でありながら、延々と『Knights』を贔屓にしていること。
『Knights』の味方であり続けること。
彼らを、一番だと思っていること。
朔間さんはそれを『呪い』だと言った。

『Trickstar』の味方をするようにと言ってくれたのもそれから離す意図があったのかもしれない。
まあ、そうでなくても彼らの革命についてはふつうに、夢ノ咲学院のいち生徒として希望を抱いて──彼が帰ってきたときに、昔よりはましだと笑ってくれるような場所になるのなら良いと思ったのだ。

でも、近づいたら、眩しすぎて目を瞑ってしまった。
自分にはできなかったことを、やり遂げようとするあんずちゃんに負い目を感じてしまった。
二年経ってもなにも出来ない私と、駆け抜けるように私を追い越していく彼女。
学院にとって、――未来の『Knights』にとって必要なのはどちらかなんて馬鹿でもわかる。『広報準備室』なんて遺物の顛末も当然だろう。

……だからあの時朔間さんが私を連れ去ってくれたことには、心底安堵したのだ。
『Knights』のステージが遠ざかっていくというのに。心の奥底では「たすかった」なんて思ってしまった自分が憎らしかった。

「神妙な顔をして。可愛い顔が台無しじゃよ」
「なんで居るの、ここ関係者席……」
「我輩も夢ノ咲学院の生徒じゃから。関係者と言えば関係者じゃろ」
「そ、そうだけど」

いつの間にか私の隣の席に居た朔間さんにはもう驚かないでおこう。
準決勝を終えた後ともあって――少しばかり“しっとり”している彼の顔をタオルで拭ってやる。

「今朝のお礼がまだじゃったからのう。まぁ連れ去った褒美で相殺でも構わんのじゃが」
「じゃあ、相殺で。助かったのはほんとだし」
「……ほほう。鹿矢が素直とは珍しい。我輩には強がってばかりで甘えようとしない鹿矢ちゃんが。くくく、大きくなったのう♪」
「煽ってます?ていうかそれ関係ないし」
「まったく鈍感な子じゃ。我輩、寂しがっておるのに〜?」

どのへんが……、と睨みを効かせば落ち着けと言わんばかりに撫でられる。朔間さん、私のこと小さな子どもかなにかと勘違いしてないか。

先程までマイクを握っていた手はほのかに熱を帯びている。
色々と揶揄うような言葉も入り混ざっているけれど、あの地獄のような戦いで疲弊しているだろうに私なんかを気遣って来てくれたのだ。

「……寂しがってるかどうかは知りませんけど。ありがとう。お礼を言うべきだったの、私のほうだから」

なにが、とは言わないけど。
朔間さんは頷いて、帽子を取る。

「……うむ。我輩からも礼を言おうぞ、鹿矢。『UNDEAD』は最終的に負けはしたがのう。いの一番に報じてくれたことで、我らへの注目もより集まる結果となった。安堵したファンもおるじゃろう。ありがとう」
「うん。ファンの子たちは喜んだだろうね。実際ネットでの反応もよかったし」
「そういえば薫くんも悔しがっておったのう?鹿矢が『広報』であることを忘れたわけでもないじゃろうに」
「最近あんずちゃんにお熱なんでしょ。私のことなんか忘れちゃうよ」

間も無く決勝の幕が上がるという知らせが入る。
朔間さんが隣に居てくれる時間は、もう終わりらしい。

「鹿矢。……我輩は『UNDEAD』のもとへ戻るが、ひとりで平気か」

──ふと、いつかの日を思い出す。
口調とか雰囲気とか結構変わってしまったけど、根っこのところが変わっていないのは朔間さんも同じ。
いつだって優しくて、面倒見の良いひと。私の尊敬する先輩であり友人だ。

私の“それ”は『呪い』なのかもしれないけど、変わらなくていいことも、変わらなければならないこともきっとある。
せめてこの学院を卒業するまでに、ゆっくり見つけられたらいいと、思う。タイムリミットはきっとそこなのだろう。

「平気。ちゃんと最後まで見届ける。今度こそ……眩しくても平気なように対策してるので」
「ほう?サングラスでも準備しておるのかえ」
「そうそう。どれだけ眩しくても平気でしょ」
「……今はその虚勢を尊重しておくかのう」

やれやれ、みたいな顔をして朔間さんは去っていく。
背中が遠のいてしまうのはいつでも寂しいけど、やるべきことはきちんと、誰かに頼らずにやらなければならないから。

眩しくて、目を閉じたくても。
――その光は、夢ノ咲学院のこれからを照らすものだ。しっかりと観ないと。伝えないと。

人で溢れている講堂は、興奮で埋め尽くされている。
ざわざわ、ざわざわ。
『Trickstar』と『fine』による決勝戦の開幕を、観客はみんな今か今かと待っている。
ざわざわ、きゃあきゃあ。
アイドルを待ち望む声。夢と希望を託す声。愛を叫ぶ声。

――チャイム音が学院中に響いて。
【DDD】最後の舞台が幕を開ける。




***



――さて。
駆け足にはなったけれど。
これで『Trickstar』と『女神さま』による革命の物語はお終い。
女神さまと奇跡みたいな星たちは、見事勝利を掴み取ったのだ。
為政者を打ち負かすことなく。彼らを肯定し、賞賛して――ともに笑いあって。観客へ感謝と笑顔を振りまいている。

おめでとう。
君たちは革命を成し遂げた。
おめでとう。
やっぱりあの子は女神さまだったね。
延長戦への切符の最後の一票は、紛れもなくあの子が居なければ無くて、『Trickstar』の勝利はなかった。
ううん。彼女がいなければ『Trickstar』は分断されたままで、革命なんて到底不可能だっただろう。

講堂の最前列位置にある、観客席。
たった一人の『広報』は手を叩いて賛辞を贈っている。
誰でもない誰かと同じように、その音に混ざって彼らの健闘を人知れず称えている。

一等星の掛け声で、この革命の登場人物たちが、エンドロールが流れていくようにステージへ呼ばれる。
正真正銘、この春の物語は――すでにフィナーレであるから。

彼女は観測者である。
そうあり続ける。
彼らを観測して、地上に煌めく星たちがあることを伝える機構こそが彼女に与えられた役割。
けれどその役割すら失っていくことを、この時の彼女は幸運なことにまだ知らないのである。


古びた機械はさようなら。
ボタンの効かない故障品は、もう補償期間も過ぎちゃっているからどうしようもないね。
ならばせめて、そのノウハウを遺して貰わなきゃ。

寄ってらっしゃい。見てらっしゃい。
此度の新人はいきが良くて、すばらしいよ!
経験も知識もまっさらだけど――新しい観点で、一生懸命に、ともに歩んでくれる『プロデューサー』!
燻っていたどんな『ユニット』も彼女の手にかかれば瞬く間に返り咲くだろう。
なんたって、革命の功労者。
彼女は『勝利の女神さま』!

かくして夢ノ咲学院は、新たな時代を迎える。
アイドルたちはプロデューサーとともにきらきらと煌めいて、その輝きを世界に届けていくだろう。

美しい青春の日々私の観る世界に、どうか幸あれ。



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