#05



「……そういうわけで、この度朔間先輩たちのサポートをさせて頂くことになりまして」
「へぇ。お前、『チェス』だか『Knights』だかにかかりっきりだと思ってたけど?」
「今は、『Knights』です。……結構好き勝手させてもらってますけど、私、結局のところ学院付みたいなものなので」

初夏。
【デッドマンズライブ】からしばらく顔を合わせて居なかった朔間先輩との久しぶりのコンタクトは、学院近くの喫茶店だった。
海外から帰ってきているらしいという情報を追って来てみれば、優雅にド平日午後の喫茶タイムをきめていたので、やっぱりゴーイングマイウェイだなあと思う。いや、夢ノ咲学院の生徒の多くはそうかもしれないが。

『粛清』で多くの敵をつくってしまった『Knights』は、【チェックメイト】以降苦境に立たされている。
奮闘はしているものの、観客が校内限定となったドリフェスでは勝つことが難しくなってきてしまった。

――そんな折、学院ならぬ生徒会から、五奇人らの仕事をサポートするよう依頼があったのである。
なんでも彼らを学院の代表のように盛り立てるという意向らしい。
生徒会長の首は、いつの間にか朔間先輩から天祥院という学院きっての御曹司にすげ変わっていた。
【デッドマンズライブ】で、蓮巳と朔間先輩の袂は分たれてしまったようだったから、当然のことかもしれないけれど。

自分自身のためにも、勿論これからの『Knights』のためにも違う場で学ぶことも大事だろう。……本音を言えば、何でもいいから役に立つための力が欲しい。
今回の案件は好機とふんで、引き受けたのだった。

「つきましては、お仕事に同行させていただきたく」
「……生徒会の指示ってのが胡散臭いが、お前の本来の仕事みて〜なもんか。ま、堅苦しいのは無しにしようぜ?折角なら楽しめよ」
「楽しむ、ですか」
「……眉間に皺よってんぞー、女子高生」
「す、すみません」

どうにも、近頃表情が硬くなりがちで困る。
気を張りすぎているのだろうか。『Knights』の二人の前ではそういうのを見せないように、頑張っているつもりなのだけど。朔間先輩の前でもそういうの見せるのは違うなと思うし。
気合を入れ直すように頬をぱしんと叩くと、先輩はこら、と私の手を頬から離す。

「ったく。自分で自分を傷つける奴があるか」
「気合の入れ直しです〜……」
「見てて痛々しいからやめとけ。……ほら。行くぞ鹿矢」
「え?どこに」
「仕事。ついてくるんだろ?」

先輩は伝票を持ってすたすたと歩いていく。
私の分まで支払わせるわけにもいかないので、慌てて残ったジュースを飲み干して、あとを追いかけた。

――それから一時間ほどして。
あれよあれよという間にバイクに乗せられ連れてこられたのは、夢ノ咲学院から一時間ほどのライブハウス。
なにやら先輩の知り合いが経営者で、今日は急遽ライブの出演を依頼されたらしい。雰囲気はどことなく【デッドマンズライブ】を行った箱と似ている。

決して大きくは無い箱だったが、先輩の出演情報を聞きつけた客で満員御礼である。
紹介してもらった経営者だという女性はその盛況っぷりに大変喜んでいた。朔間先輩はやっぱり人気で、顔が広いと実感する。

――開始のアナウンスとともに照明が落ちて、ステージの中心にスポットライトが当たる。
悪魔に魅入られてしまったかのように、観客の視線はあっという間に奪われていく。
ステージはたちまち、朔間先輩の独壇場へ変貌する。

「……やっぱりすごい」

久しぶりというほどの時間が経っているわけではないけど、目にしてみると素直に、カッコいい。
ロックって、すごく良い。決して詳しくはないけれど、好きな部類に入る。それこそ彼の歌を生で聴くのは地下のライブハウス以来だ。

老若男女を虜にする彼の艶やかなパフォーマンスは、時間を忘れてしまうほどにその世界観に引き摺り込む。魔王という渾名も納得である。

ギラギラ光る照明と、地響きのように心臓まで伝わる爆音がなんとも心地良い。
悲鳴にも近い歓声が、それをさらに煽る朔間先輩の歌声が、会場のボルテージをどこまでも引き上げていく。
こんな感覚久しぶりだ。
ぞくぞく、する。



***



「お、来たか。どうだった?」
「カッコ良かったです!」

興奮冷めやらぬまま楽屋を訪れて率直に感想を伝えれば、朔間先輩は一瞬だけ驚いて、ふふんといつもの調子で得意げに笑った。
そういえば、面と向かって“カッコいい”とか言ったことは無かったかもしれない。

「ぜひまたご一緒させてください!」
「あはは。随分と熱烈だな〜?」
「……だって、すごかったから」

知らない人がもったいないです、と興奮気味に言えばわしゃわしゃと頭を撫でられる。
ああ、しばらく内部抗争に身を置いていたからこの感覚を忘れていた。

「また声かけてやるよ。つーか、少しはマシな顔になったじゃねえか」
「……そんなに変な顔してました?」
「おう。地獄の底を見てるみて〜な……、女子高生がするような顔じゃなかったから。……お前、自分で思ってるよりずっと重症だぞ。贔屓にしてる『Knights』も大変なんだろ?息抜きくらいしろよ」

朔間先輩は国内外を飛び回ってるくせに、学院で起きていることをよく知っている。
今の『Knights』の状況もなんとなく知っているのだろう。

「息抜きなんて、していいんでしょうか」
「少なくともお前がそんな顔してるのは、お友達も本意じゃね〜だろうよ」

俺も寝覚めが悪いし、と先輩は困ったように笑う。

「賢い鹿矢ちゃんなら分かってると思うけどさ。『Knights』だけの肩をもつってことは、『チェス』の残党すべてを……学院の半数くらいを敵に回すことと同義だ。しんどいのはこれからだぞ」
「……承知の上です」
「そうか。なら言うことはね〜けど……。生徒会の意向はともかく、鹿矢ちゃんは俺たちの仕事を通して自分の力をつけるつもりなんだろ?」
「はい。……でもそう言われてみるとひどいことしてますね、私。……ごめんなさい、」

いざ言葉にされると、我ながらつまらないことをしてるな、と思った。

たしかに力は欲しい。戦いの力になれる、どんなちっぽけなものでもいいから欲しい。
でも、それは先輩の脛を齧ってまですることなのだろうか。彼の優しさにつけ込むことは本当に間違っていないのだろうか。

「縋れる手段のひとつってことだろ。いちおう後輩育成も先輩の務めだしな〜?利用できるだけしようなんて策士じゃね〜ことくらい分かるし。それくらいには信頼してる……つーか、実績は耳にしてるよ。たぶん自分で思ってるよりも評価されてるぞ、鹿矢ちゃん」

今回の依頼も、もしかしたら坊主あたりが見るに見かねて声かけたんじゃね〜の。知らんけど。なんて、非情になりきれない私を慰めるみたいに朔間先輩はばんばんと背中を軽く叩く。

たしかに行き詰まっていた私にチャンスが与えられたのだ。
『チェス』を分解して、『Knights』を苦境に立たせた生徒会を良く思うことは出来ないけれど。
私に何らかの利用価値を見出しているのなら、それを逆手に取ってやればいいんだ。ちょっとだけ、感謝もして。

「あ〜……、うう……じゃあ、引き続きよろしくお願いします……」
「うん。あいつらにも話通しておくよ。気が向いたら相手してくれるんじゃね〜の?」
「めげずに頑張ります。ああ〜……緊張する」
「頑張れ頑張れ。俺と違って同い年と後輩だから、まあ平気だろ」
「あの〜初回は、初回だけは、一緒に行ってくれませんか……」
「はは。時間があって、気が向いたらな〜」

つう、と先輩の顔を汗が流れていく。
私のハンカチで拭ってやりたかったけど、さすがに不衛生だし良くないかなと思って、鞄に入れかけた手を止める。

【デッドマンズライブ】のときは遠くに思えて、今日だって近いなんて思うことはなかった。
でも、文句のつけようのないライブには、どれだけ心が沈んでいても胸が高鳴るのだ。
朔間先輩のように評価されている人たちの仕事を手伝えるなんてすごいことだ。考えるだけでどきどきする。

ほんと、どうしようもない。
私、思ってたよりもずっとアイドルが好きなんだ。



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