#06




「お前、五奇人に媚び売って調子乗ってね?」
「広報とか言いながら体でも売ってんだろ」

あからさまな罵詈雑言を直接浴びるのは、ずいぶん久しぶりのことだった。
それこそ『チェス』と関わり始めて、右も左も分からなかったときに「役立たず」だとか「無能」だとか、散々言われたけれど。

「(目立ったら目立ったで、気に食わないんだろうな)」

朔間先輩たち五奇人は、個人の仕事が大盛況で学院内も彼らを称賛する記事や報せで溢れている。
勿論、そんな天才たちに対する反感もある。
彼らが仕事を取っているから自分に回ってこない、だとか、関係なしに個々人を罵倒するものだとか――ユニット制度やドリフェス制度、校内SNSなど続々と制度が新設されていくにつれて、彼らへのバッシングは加速していた。

五奇人の宣伝はさらに推し進めるように、と言われているものの、この渦中で大々的に仕事の成果を報じることは校内においてはとくに逆効果なんじゃないかとも思う。
だから最近は当たり障りのない文言で、活動範囲も抑えている。

他の生徒への仕事の紹介もできる限り増やしているし、不満を抱いてそうなひとにはそれとなく個人的に仕事を渡してみたりして、自分なりに鎮火作業を行っているつもりではあるけれど。それでもどこかで情報操作されているみたいに批判は湧いてくる。
当たり前だけど、すべてをきれいに収めるというのは難しそうだ。

怒りや妬みの矛先は当然、広報活動を行った私にも向く。
近頃は鬼龍が不良たちに睨みを効かせているようなので絡まれることはほとんどないにしても、女だという理由からなのか、本人たちへ直接言うのは怖いからなのかは知らないけど……今みたいにいちゃもんをつけられることは想定の範囲内であるべきだった。
一人でいるところなんて格好の餌食じゃないか。

「次移動教室なので、退いてもらえますか」
「つれねーなあ妻瀬ちゃん」
「俺らにも仕事取ってきてくれよ、体でさあ」
「ぎゃははは!」

怒るな、感情的になったら負けだ。
心を無にして私は返答する。だって、無視するなとか言われても面倒である。

「仕事なら、掲示板に貼ってますので」
「えー?あんなの地味すぎるって。もっと派手なのもってこいよ」
「……すみません。善処します」

ああ、またこれだ。
頑張ってきたものを頭ごなしに否定されるのは結構きつい。知らないひとであっても、心は抉られる。人の気持ちを考えて発言しましょうねって小学校で習わなかったんですか。

それにしても。一対三は不利だ。
力の差は歴然だし、声を上げたところでこの一帯が人のあまり通らない廊下であるのが私の運の無さというか、正直救援に期待できないのである。忘れ物を取りに行くのにショートカットなんてするんじゃなかった。
不良の端くれのような彼らには、先生に言いますよとかそんな言葉も脅しにならないだろう。

「なあ、妻瀬ちゃん、俺たち今日外部でライブやるんだけどさ。一緒に下見に行かない?」
「急になんですか。遠慮しますけど……」
「えー。俺たち“仕事”の依頼してるんだけど」
「それなら、提出書類見せてください」
「……生意気だな。先輩のお願い聞けないのかなー?後輩は先輩の言うこと聞くもんだろうが」
「!」

手首を掴まれて、いいから来いよと引き摺られていく。
……あ、ちょっとダメかもしれない。いや、でも流石に昇降口辺りまで行けば、誰か、見つけてくれるかな。

「おい」
「――あ、」

期待なんて、していなかったつもりでも。心の底では望んでいたのかもしれない。
それこそよく出来た物語のように。向かいの空き教室の扉は突然開いて、そのひとはヒーローが如く現れた。
漆黒の髪と真っ赤な瞳はヒーローというよりも悪役を連想させるけど。彼は不機嫌そうに頭を掻いて、私たちを見渡す。

寝起きなのか少し寝癖がついているが、それすらもカッコよさの一部になってしまっているところが憎い。と、こんな状況ながらに思う。

「げ。朔間零……」
「……何してんだよ」
「お、俺たちのライブの下見に行くんだよ。こいつ『広報』だし付き合ってもらおうと思ってさ?邪魔すんなって」
「……鹿矢。本当か?」
「ちが、います、」
「あっ、てめぇ!」

ツギハギみたいな言葉を受け取った朔間先輩は、私の手首を握っていた三年生の腕を掴んでぎろりとひと睨みする。
それに怯んだ彼らは、ぱっと私の手首を離して、そそくさと走り去っていく。
不良連中はわりと朔間先輩のことを慕っていると思っていたが、全員が全員でもないらしい。

「……おーい、大丈夫か?」
「あー……」
「わ、おい、」

ぺたり。恐怖が過ぎ去ったおかげで気が抜けて、私はその場に座り込んでしまう。
溢れた声はみっともなさすぎて自嘲すら出来ない。本当に、みっともない。

「……ありがとうございます、先輩。あー、怖かった」
「いいけどさ。こんなことよくある……わけねえか」
「漫画の世界じゃないんだし、あったらイヤですよー。……っていうか、見ました?あの三年生たち、先輩に睨まれたら小動物みたいに逃げちゃって……あはは、さすが魔王さまの魔眼、最強ですね」
「ん……、そうだな。最強だな〜?」

視線を合わせるようにしゃがみ込んで、朔間先輩はよしよしと私の頭を撫でる。
会うたびに撫でられるなあ、なんて贅沢なことを思いながら、少しだけ泣きそうになるのを我慢して身を委ねて、目を伏せる。
……カッコいいなあ。ずるいなあ。

「……授業、行かないと」
「一限くらいサボっちまえよ」
「うう。そうですね……」
「おぉ、切り替え早いな」
「サボっていいって言ったの先輩でしょ」
「まあな。……抱きしめてやろうか?」
「なんでですか。スキャンダルだめ絶対……」

多分私が弱っているから、頼っていいという意味で言ったんだろう。他意はないと思う。けど、普通の女子高生なら、誤解しちゃいますよと注釈を入れておく。
ううん。朔間先輩に抱きしめられようもんなら、男女問わずロマンスが生まれちゃいますよ。

「……あー。その手があるか」
「……はい?」

無言を数拍ののち、名案が浮かんだ、みたいな顔をして朔間先輩は私をじっと見つめる。
ちょっと今の表情よかった、とか思ってしまった自分を殴りたい。

「鹿矢。いいか?これから流れる自分の噂は全部否定も肯定もするなよ」
「噂?いや、違うものは否定したいですけど」

噂といえば、一年生のときに一緒にいることの多かった瀬名とか月永の彼女だと言われていたことを思い出す。
主に瀬名が、気が狂ったみたいに否定して暴れ回ったせいか、七十五日も経たずして消えた儚い命の噂だったけれど。

朔間先輩は理解の及んでいない私をみて、まるで正しいことを言い聞かせるみたいに――いや、これは違う。なにか面白いものをするぞという表情で微笑んでいる。

「処世術だよ。……勝手に思い込ませておけば多少の抑止力にはなるしな。うん。常にこんな風には助けてやれね〜し」
「な、何を言ってるんですか……?」
「いいからこの俺様ちゃんに任せとけ。……しばらくまた留守にすることになるだろうからさ。置き土産ってことで」
「え、え?」
「あはは。おもしれ〜顔。まあたっぷり堪能しろよ、鹿矢ちゃん?」

――そんな先輩の怪しげな発言から、数日。
当の本人は言葉通りにまた海外へと発っていった。

やっぱり忙しいひとだなあ、それに比べたら私なんかまだまだだなあ、なんて悠長に登校していた時のことである。なんとなく視線を集めている気はしていて、周りが浮き立っているようにも思えて。
どうも背中に貼り紙を貼られているとか、制服を裏表に着てきたとかそういうのではないっぽいし──また悪口だか批判だかかな、なんて思っていたけど。

「聞いた?妻瀬ってあの朔間零の女らしいよ」

聞き間違いにしてはちょっとおかしな、とんでもない噂が、耳に入ってきたのだった。




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