#07



朔間先輩の女とかいう、業の深すぎる噂を背負うなんて荷が重すぎる。
先輩の置き土産ってこれのことだろうか。
否定も肯定もするな、なんて高難易度なことを。

「ちっっがうんですけど…………」
「聞きましたよ〜鹿矢っ!ああっ、我らが魔王と恋人関係にあっただなんてっ!」
「日々樹くん……………………………」

五奇人がひとり、日々樹渉は長いポニーテールを揺らして、その存在だけで廊下を煌びやかに彩っている。
……朝から眩しいものを見た心地だ。

彼とは――というか五奇人の面々とは朔間先輩に繋いでもらい、何度か話したり仕事に同行させてもらったりしているのだが、まあ基本的にみんな掴みどころはない。
浮世離れした天才たち。けど、ほぼ同じ年月を生きてきた子どもである。

日々樹くんはアイドル活動よりも演者として舞台に立つことがほとんどで、その宣伝活動をさせてもらっていたりするのだけど――どうやら今回の“噂”を広める一端を担っていたようなので、ぎろりと睨む。

「おっと怖い怖い。メデューサの如き迫力ですねぇ」
「日々樹くんから聞いたって人もいたんですけど」
「零直々のお願いでしたからねぇ?そういう“噂”を蒔いてほしいと」
「もう……ほんと……朔間……」

先輩が抜けてますよ〜、という日々樹の声を背に私はずかずかと教室へ向かう。
堪能しろよーとか言ってた彼の顔がぼやぼやと蘇る。こんな状況堪能できない気しかしない。事前共有くらいしてください、報告連絡相談は大事です。


昨日までとは打って変わって、好奇の視線が突き刺さる。入学時以来の注目に変な汗が出てきてしまいそうだ。
アイドルってこんな感じなの?……いやこれ、校外に漏れたら私殺されない?ううん、校内でも殺されるかも。なんたってスーパースター朔間零の女だとかいうやばい噂なのだ。

彼をリスペクトしている大神くんに噛みつかれる日もそう遠く無いかもしれない。
その数秒後、「妻瀬先輩テメェ!」と声が聞こえて死を覚悟したので慌てて教室に飛び込んだ。

「妻瀬、おはよ」
「……瀬名あ。おはよう……」
「ちょっ、何、朝から気持ち悪い声出さないでよ」

好奇の目に晒されるよりは、瀬名の罵りにあったほうが精神的に良い。だいぶましだ。

机に項垂れながら大きく溜息を吐いていると、瀬名はあからさまにダメージを負っている私を気にしてくれているようで、ミネラルウォーターをくれた。

「ありがとう……」
「……いいけど。どうして朝から死んでるの。何かあった?」
「うーん……いや、なんにも……」

まあ、『Knights』はいまだに苦しい状況である。
彼ら以外もサポートをすることは伝えているけれど、余計な心配をかけさせるのはよくなかったかな、とちょっとだけ後悔した。
言い淀んでいる私に瀬名はもしかして、と目を細める。

「……あんたが『朔間零の女』だとかいう変な噂気にしてるの?あんなの相手にするほうがバカでしょ」

一蹴である。
そういえばこの男、噂とかあんまり信じないというか、どうでもいいタイプの人間だった。自分に降りかかった厄災は閻魔みたいな顔で取り除いていたけど。

「シャキッとしなよねぇ?いちいち反応しないの」
「……うん。ありがとー」

瀬名は、この話は終わりと言わんばかりにとんとんと教科書を整える。そして話題は次のドリフェス対策へ。あっという間に日常の風景が戻ってくる。
持つべきは良い友人であると、心の底から思った。



***



「……随分零と仲が良いようだね、妻瀬は」

例の噂から少し経って、放課後の手芸部部室。
斎宮から依頼されていたライブ広告の校了済みデザイン案を受け渡しにいくと、どうやら彼も噂を耳にしたらしい。
俗世の噂に興味関心の無い人間だと思っていたし、“仲が良い”と評されたのは初めてだったので、拍子抜けである。

「えっ、そうかな」
「そうだとも。まあ、今回のは一番手っ取り早い方法なのだろうね」
「……うん?つまり?」
「……まったく、その頭は飾りかね?」

斎宮はそれこそ五奇人の中でも、ザ気難しい天才タイプだと思う。
けど、物分かりの悪い私にもきちんと説明してくれるあたり優しいひとなのだ。

「今、学院は決して治安が良いとは言えない。一人とはいえ女生徒を抱えているというのに、教師達は対応しきれず不良どもが闊歩している。……理由は様々なのだろうけれど、零なりに妻瀬という友人を守ってやるつもりなのだろうね」

――なるほど。
もしかするとそうかも知れない、とは頭の片隅で思っていたけれど。
理由をきちんと考えまではしていなかった。これは勘でしかないが、なんの理由もなしにこんなことをするひとではない。
三年生に絡まれて朔間先輩に助けてもらったあの時、自分という抑止力があれば下手に手を出すことができないと思ったのだろうか。

アイドルにスキャンダルはご法度だが、所詮は学生間の噂である。
週刊誌に決定的な写真を撮られた訳でもなし、一緒にいるとしてもそれは同じ学校であるからだとか……そもそも朔間先輩は海外を飛び回っているからそのリスクは低いし、あったとしても仕事上だとかで一応理由がつく。
そもそも、“そんな突飛な噂を信じきる人は、信用しなくていい”し、“違うと説明して納得してくれる人だけを信用すればいい”のだ。

実際――好奇の目では見られるものの、変に絡まれることは格段に減った気がする。
恐るべし、朔間零パワー。

黙って一人で納得していると、斎宮もそれを察したのか息を吐き書類にサインをする。
というか、斎宮は端から信じていなかったと言うことだ。それもそうか。私みたいなのが朔間先輩と恋人とか天と地がひっくり返ってもないってことか。

「このデザイン案だが、B案で進めて構わないのだよ。A案も捨て難いがね……次回に持ち越そう」
「はーい。じゃあ検品出来たらまた持ってくるね」
「頼んだのだよ。ああ……それと、零から君に伝言なのだよ」
「伝言?」
「……『fine』には気を付けろ、と」

アイドルでもない妻瀬には過ぎた忠告にも思うがね、と斎宮は眉を顰める。

『fine』とは、生徒会長である天祥院が所属するユニットだ。
近ごろ新たな制度やらが乱立しているせいで、ユニットもライブも沢山あって情報を追い切れないけれど。
彼らが脅威になり得るとして。
斎宮が言った通り、私という友――というより後輩だろうか――を守ろうとして朔間先輩がそんな噂を流したとするのなら、内容はともかくなんだかくすぐったい。

「……何をにやけているのだね」
「にやけてなど、ないですー」
「ほう?そういうのは鏡を見てから言いたまえ。零も罪作りな男だね」
「にやけてなどないですが!」

恐れ多すぎるけど、まあ、嬉しくなくもないんだけど。
けれど少女漫画のヒロインになった気分で浮き足立つことは命取りだと釘を刺されているようなので、自重しなければ。

でも、一概に気をつけると言っても、一体なにに気をつければいいのだろう。



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