#09



「……『fine』?」
「はい。是非お手伝いをしてもらいたくて」

この混沌とした学院に、真面目な人といったらあまり居ないのだろう。
私というリソースも決して卑下するものではなくなってきているのかもしれない。

――雑務の多い生徒会ではあるが、役員も勿論アイドルであるから。彼らの所属するユニットは存在する。
そのなかでも生徒会長である天祥院の所属するユニットを、『fine』という。

【チェックメイト】で『Knights』に加勢してくれた天祥院や青葉が生徒会の執務とあわせて雑用や裏方を担っているらしい、というのは時折訪れる生徒会室での様子からなんとなく知っていた。
天祥院は入院していることもあったのか、学院で見かけることは多くはなかったけど、青葉はいつも忙しなくしていたからその助力が欲しいのだろう。
――けれど、【チェックメイト】以降、彼らは『Knights』に反比例するように人気が出始めたようなのでなんとも言えない気持ちだ。

加えて朔間先輩の忠告が脳裏を過ぎる。
「気をつけろ」というのは、関わるなという意味だったのだろうから。
それに、今度のドリフェス――【金星杯】。
記憶が正しければ『Valkyrie』の対戦相手は『fine』である。

「ええと、私は五奇人の方々のサポートもしてるからね。敵対しているわけじゃないにしても、『Valkyrie』の今度の対戦相手だよね……?お断りするほかないんだけど」
「……やっぱり妻瀬さんには『fine』という言葉を出すのは逆効果でしたね。すみません、お手伝いと言ってもユニットの広報関係ではなくて」

仮にも広報準備室の人間の前でその台詞はどうなんだろう。

「簡単な、庶務をお願いしたいんです。名目上『fine』という名前を出しましたけど、俺のお手伝いをしてもらいたいというか」
「……『fine』とは関係ないってこと?」
「究極的には関係ありますけどね。末端の末端なのでほとんど関係ないですよ。イメージとしては、落ちている消しゴムを拾う、くらいの仕事で……書類仕事や雑務の補助をお願いしたくて。あはは、正直猫の手も借りたい状況なんですよ〜」
「うん……?」

嘘は言っていないのだと、思うけど。
――つまるところ青葉の雑用の雑用を頼まれるらしい。
雇用契約なんてものもなくて、ちょっとした小間使いと言うところだ。そのくせ報酬は出すのだという。太っ腹だ。

怪しいけど同じクラスのよしみだし、大変そうだし、それならまあいいかと引き受けたのが明朝のこと。
縛りがないのなら危険を感じたら逃げればいいだろうし。
詳細はまた追って連絡します〜、と言って別れた青葉にきちんと業務内容を聞いておくべきだったと後悔したのはそれから半日後のことだった。



***



「勿論知っていると思うけれど。ぼくは巴日和。隣のクラスの妻瀬さんだよね?」
「んぐ、」
「やる気の無い声だね?わざわざぼくが声をかけてあげているのに」
「いや、今私ご飯食べてるからね……」

どどん、という登場SEを携えて私の前にやってきたのは『fine』のメンバー、巴日和である。
同輩の中でも指折りの有名人なので、彼が天祥院のようなお金持ち側の人間ということは知っていたし、学校をサボりがちとはいえ存在は認知していたけれど――実際相対すると迫力がある。

昼下がりのガーデンテラスにぞろぞろと取り巻きを連れてやってきた巴は、向かいの席に座っておかまいなしに話を続ける。

「まあ、いいね。こっちは同じく『fine』の乱凪砂くん!」
「……よろしく、えっと……妻瀬さん」

しなやかな銀髪を揺らして微笑む彼――乱凪砂もまた『fine』の一員であり、巴と二枚看板を担う実力者である。
青葉がよく世話を焼いていると噂を聞く人物だ。

「あ、うん。二人ともよろしく……」

やや気圧されながらも挨拶をされて悪い気はしない、ので、フォークを置いて口を拭いて。
まるで私が今日転校してきたみたいだなあ、なんて思いながら返答する。
いやでもなんで今日突然。一応、一年と少しは同じ学舎に通っていたのだけれど。

「つむぎくんから聞いたけど、『fine』の雑務を手伝ってくれるんだってね?ぼくたちの力になれるのだから、光栄に思うといいね!」

――あ、それね。と納得する。
いや、でも今朝方オーケーした話題が回るの、早すぎないか?っていうか青葉のお手伝いなんじゃなかったの。ツッコミどころが多すぎて頭が回らない。

今の時点ですでに一日で処理し得る情報量を超えている。あとインパクトが強い。
超光属性という感じで眩しいというか――瀬名や斎宮とはまた違う、偉そうな“貴族風”な言葉遣いやその風貌も相まって、まさに天上の使いのようだ。

……いや、待って。雑務の雑務と聞いていたから『fine』のメンバーと関わることは想定外なんだけど。
落ちた消しゴムとはなんだったのか。
隣の席の消しゴムならまだしも、違うクラスのひとの消しゴムをわざわざ取りに行くなんて雑用というよりも奴隷だろう。
朔間先輩の忠告の件もあるし、やっぱりやめておいたほうがよかった気がする。後悔先に立たずとはまさにこのことだ。

「つまり、ぼくの世話も焼いてくれるってことだよね」
「ん、んん……?」

だって、嫌な予感しかしない。



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