#10



「妻瀬さんっ、喉が渇いたね。飲み物を買ってきてくれる?」
「このお店、明日の夕方から予約しておいてね」
「今から買い物に行くから、荷物持ちをお願いするね!大丈夫大丈夫、女の子でも持てるくらいしか買わないからね!」

遭遇する度、パシられているのですが――。
毎度対応する私も私だが、長年の雑用精神が考えるよりも先に行動しているあたりもう末期だ。

五奇人に、今をときめく『fine』――というか巴日和に、『Knights』に、夢ノ咲とんでもフルコースな状況はそれこそ漫画の登場人物や映画の主人公じみている。
正直、泥沼に足を踏み入れてしまった気しかしなくて、内心げっそりなんだけど。
まあ引き受けてしまった以上は仕方ない。でもどこかで見切りはつけようと思う。青葉には申し訳ないけど。

「目にクマが出来ているね?お化粧で隠してるみたいだけど……だめだめ、わるい日和っ!もっと健康的な生活を心がけることだねっ!このぼくみたいに!」

街中を闊歩すること約二時間。
買った荷物を持たされつつ、ファンの子達と交流しつつでたどり着いた喫茶店で、じいっと顔を見られたと思ったら彼は私の擬態を見破ったようだった。

「……わかっちゃうものなの?」
「薄っすらとね。分かる人には分かるレベルだね?」

巴はびっと私を指差して、鋭い視線を向けて。

「ぼくの隣にいるこの瞬間は、きみはぼくの雑用だね。連れが見窄らしい姿だとぼくの品格が疑われてしまうからね?見ていられなくなるくらいなら、用済みにしてしまえばいいけれど」

――しれっと怖いことを言う。
貴族のように振る舞っているとはいえ、今は中世とかではないから“処刑”やらを指すわけではないだろうが。

「まぁ、男ばかりのアイドル科で唯一の女の子だしね。むさ苦しさよりは華があったほうがいいね!きみは聞き分けもいいし、ファンの子たちとも仲良くやってくれるし?」
「……あはは。一応『広報』だから、情報収集も兼ねてね」
「うんうん。仕事熱心なのは良いことだね!きみのよく分からない肩書きは鬱陶しいけど……信憑性のカケラもないから、この際気にしないでおくね」

……『朔間零の女』という噂は、やっぱり頭の切れる人物には違和感があるようだ。
そもそもの出どころが日々樹くんということもあるから、一般生徒たちは信用しきっているが。

巴がティーカップを口にしてほう、と息をつくさまは絵になる。
良いところのお坊ちゃんだから、長年の教育の賜物なんだろう。お手本のように姿勢が良くて手際も美しい。
光に反射してきらきら光ってみえる薄黄色の髪の毛もそれを助長させているように思う。
欧州映画のワンシーンを観ているようだ。

「ぼくが情けをかけるわけでもないけどね……噂を聞く限り、そのちいさな身に抱えるには結構な量を背負っているよね。特殊な立場にはもう慣れているって顔だけど」
「……一年半も経てば慣れたかなぁ。だから巴の雑用もどうにか務まってると思うし」

わりと大丈夫だよ、と笑ってみせる。
我ながらキャパオーバー気味にも感じているし、ちょっと異常だなとも思うが、でも、こう言うほかないのだ。

遠回しにだけど気を遣ってくれている彼は、自己中心的だけど優しいひとなのかもしれない。
そんな私をみて、巴は表情を歪めてため息をついた。

「はぁ。きみのその薄ら笑いは信用できないね。……もう今日はいいね。荷物も送ってくれたみたいだし、早く帰って寝ること!」
「ええ……学校に戻るつもりだったんだけどー」
「はいはい、口答えは許可してないね。……そうだ、今日は気分が良いし送ってあげるね!お家は近い?ああ、そういえばつむぎくんから貰ったデータにあったね!」
「お、おお……」

私が口を挟む間もなく、巴は一方的にプランを作っていく。……いやいや、青葉よ。個人情報漏洩なんですが。
お会計を済ませた彼は私の手を引いてお店を出て、街を抜けて住宅街を抜けて――軽やかな足取りで歩いていく。

自己中を通り越して、なんていうか、巴は世界の軸を自分に無理やり合わせてしまうのだ。
不快とかそういうのを感じないくらいに楽しげに、燦々と。陽は沈みかけているというのに、お昼間の太陽のように煌々と。

「……なんだか夏みたい」
「?今は秋だね!ほら、もう紅葉してきてるね!ぼくに見つめられて、ひと足先に色付いてしまったのかもね?」
「はは、あながち間違ってないかもね」

大きな声で話して、自信満々ににこにこと笑って。
腹の底で何を考えているかなんて分からないけど――今までそばにいたことのないタイプだったから、なんだか新鮮だ。

そよそよと風に揺れて、紅葉しかけていた葉がひらりと落ちていく。
私はそれを拾って、夕陽に照らしてみせた。

「何してるの?」
「……んー。紅葉する前に落ちちゃったから、こうすれば紅葉したように見えるかなーって」
「……案外感傷的なんだね、妻瀬さんって」
「案外ってなにー」
「あまりそういうの、気にしなさそうだから」

巴の言っていることは概ね正しい。
風景や――空や花や木々に目をやるのは中学生くらいまでは当たり前だったのに、高校生になってからはめっきり見なくなっていた。
そういえば夏の空とか、きちんと楽しむ前に過ぎてしまっていたし――風景に心を躍らせたのは、凛月くんと月夜を楽しんだときくらいだろうか。

「日本の四季は美しいからね。紅葉もいいけど、もう少ししたら秋桜なんかも綺麗だろうね」
「うわー、秋桜!いいねぇ」

雑用だったこともすっかり忘れたみたいに、まるで友人みたいに、私たちはまだ半分くらいが緑色で不揃いな紅葉樹を眺めながら帰路に着く。

おかしなこと。
『fine』である彼は、私にとってそんなにいい印象ではなかったはずなのに。

……ああ、結局私は彼のことを『fine』という枠組みから外して考えていなかったということだ。
『fine』である前に、アイドルである前に、彼は巴日和である。
誰もがひとりの人間であるという当たり前にあるべき認識が、どうしてか抜けてしまっていた。
だから隣で笑うことも、歩くことも、おかしなことでもなんでもないんだ。



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