#11
あっという間に【金星杯】前日である。
『Valkyrie』の音源の確認も終わったし、備品諸々の準備も万全だ。一旦手芸部部室に置かせてもらっているが、この部屋の空気はあまりよろしくない。
斎宮は明日の【金星杯】に向けて最終調整を行なっているようで、私との確認を終えた後は無言で作業を続けている。
――負けたくない。負けられない。
そんな意思が、ひしひしと伝わってくる。
斎宮は夢ノ咲学院のトップを取り戻すつもりなのだ。彼らのやり方で、学院のルールに則って。
そんな空気とかとはまた違う、どんよりとした雰囲気を背負って青葉はやってきた。
彼もまた手芸部なので出入りの自由はあるべきだが、今日の用事は私に向けてのようだった。
「あの、妻瀬さん……日和くんがどこに居るか知りませんか?さっきから連絡がつかなくて」
「……え?今日は呼ばれてないから分からないかな」
巴とは少しの間しか関わっていないが、一方的に連絡を寄越すくせにレスポンスは比較的悪い。
流石自由人。ユニットメンバーに対してすらそのスタンスを変えないのはちょっとどうかと思うけど。
「明日来るように、言っておいてくれませんか。俺、今そちらに手を回せなくて」
図書委員や『fine』の雑務を器用にこなしてはいるけれど、彼だってアイドルなのだ。
ましてや自分が何人もいるわけじゃない。出来ないことはあって当然である。
青葉のお手伝い改め巴日和の雑用は継続している。
扱いに困っていた巴の世話を焼くひとができて助かるらしい青葉は「引き続きよろしくお願いします」なんて笑ったのだった。
「……見つけられる保証はないけど、心当たりはあるかな。それでもいいなら」
「はい!ありがとうございます。やっぱり妻瀬さんに日和くんを任せて正解でした」
ぱあ、っと表情を明るくされてしまうと、やらなきゃな、という使命感に駆られてしまう。
頼られるのは嬉しいけど、正直彼らを見限るタイミングを失ってしまった。付き合いが長くなればなるほど情も湧いてしまうのはわかっていたはずなのに。
「……」
終始無言を貫いていた斎宮だったが、話は耳に入っていたのだろう――私と青葉のほうを睨んでいる。
今の会話だと、『fine』に加担していると思われても仕方ない。
「……斎宮、」
「…………まったく。『広報』を自分たちの雑用のように使うさまはとても見ていられないね。君のことだ、その性格につけこまれて、面倒ごとを押し付けられたのだろう」
呆れや、憐れみすら含んだ視線が私を貫く。
「僕の機嫌がこれ以上悪くなる前に行きたまえ。明日の撮影は頼んだのだよ」
「……うん。ごめん、行くね。明日は頑張って」
「言われるまでもないのだよ」
それでも。自分も精一杯だろうに、当たり散らさず送り出してくれる斎宮は優しい。
***
昨日予約したメールを確認しながら、街を捜索する。
今の時間なら店を出た頃だろう。ひょっとしたらまだ居るかもしれない――なんて希望を持って。
この辺りにいなければ残念ながら青葉の力にはなれそうにないが。
探し歩くこと数十分、なんとか見つけた彼はどうやら駅までファンの子たちを送っていたらしい。とりあえずは一安心だ。
ひと息吐くように喫茶店へ入ろうとする彼を、申し訳ないけど呼び止める。
「巴!」
「あれっ妻瀬さん、どうしたの?今日はべつに呼んでないはずだね?」
「明日、ドリフェスでしょ。きちんと来てねって言おうと思って」
「……ずいぶん上から目線で物を言うんだね?」
今日はなんだか虫の居所が悪そうだ。
ちょっとやりにくいうえに、機嫌の悪い美人は迫力があって気圧されそうになる。
「確かに下だけど。……じゃあえっと、明日はきちんと出てくださいね」
「……はぁ。なんだか、きみが遣うと敬語のほうが癪だね。今後は敬語禁止!あと“巴”って呼び捨てもあんまり好きじゃないね。“日和くん”のほうがぼく好みだね!」
「ええー……」
巴日和という男は、このように注文が多い。
度々授業中に呼び出しては街に繰り出すし、ファンの子たちと遊ぶための店を予約させられるし、取り巻きがやっていただろうことを投げられ続けていて――たぶん、仕事を取られた取り巻き連中からはよく思われていない。
巴は巴で新しいおもちゃをみつけたみたいに私を使ったり構い倒すものだから、それに拍車がかかるのは必然である。
これ以上近しい雰囲気を出したら燃え上がってしまうのではないだろうか。
巴ですら認知していたくらいだ。『朔間零の女』という肩書きがなければ、今頃ボッコボコだっただろうし。
――ともあれ。
偏屈な人間はこの夢ノ咲学院で珍しくない。
自然と見下すような台詞にも、下手に出るのもある程度慣れてしまった。
なるべく不況を買わないようにしたいのだが、付き合いが長いわけでもなし、一筋縄ではいかない。
青葉から頼まれているし、無事に明日来てほしいものだがさてどうしたものか。
『Valkyrie』の勝利を考えるのなら、その意に沿ってやる義理もないのだけど。小汚い勝ち方へ誘うのは余計なお節介だ。
「……きみ、わざと言わなかったんだろうけど。どうせつむぎくんから頼まれてきたんでしょ」
「まあそれもあるけど。……私、巴のアイドルやってるところきちんと見たことないから。純粋に見てみたいと思って。良い評判もたくさん聞くし」
『fine』の資料は、ユニットが乱立しているとはいえなぜか少ない。
だから映像もほとんど無くて、巴がアイドル活動をしている姿もファンの人たちの言葉から連想するものだったり、隠し撮りでしか見たことがなかった。
だから生で見てみたい、というのは本音である。
悔しいけど見習うべき部分もあるかもしれないし。
“大衆に愛されるアイドル”になるコツを知りたい、というのもある。
「ああ、ぼくたちは目立った活動を控えていたからね?」
「ん?」
「こっちの話。……まあ、そんなに期待されたら仕方がないね。そもそも、そういう『契約』でもあるしね」
「えっ、本当?信じて大丈夫?」
「まったく、失礼な子だね!ぼくに二言は無いね!」
「やった。楽しみにしてるね」
私だけが理由ではないだろうけど、一押しになったのなら万々歳だ。
口ではああ言っているが、巴は不快というよりも嬉しそうに見える。そんな言葉、聞き飽きるほど耳にしているだろうに。
「……じゃあ、今からデートでもしようか?ファンの子も帰っちゃったし。きみがちょうどいいところにきたからね。近頃の働きに免じてこのままディナーに付き合ってあげなくもないね!」
「いやいや、デートって。スキャンダルになったらどうするの……」
突然なにを言い出すのかと思えば、デートだなんて。アイドルにあるまじき台詞である。
噂に翻弄されるのはもう『朔間零の女』でお腹いっぱいなんだけど。
「英智くんに揉み消させればいいね。それに、ぼくたちは一応仕事仲間だから問題ないはずだね」
「うーん、それは……たしかに……?」
「そうと決まれば早速案内するねっ!きみのセンスが問われるね?」
「分かった分かった。ちょっと待って、検索するから……」
揚々と街を歩き始めた巴の後ろを、私は慌てて追いかける。
巴は、ブレることのない太陽のように、沈んでいく夕陽にすら負けない美しさと強さを放っている。
アイドルなんて天職そのものだ。カメラの向こうの表情を私はまだ知らないけど、きっと魅力的なのだと思う。
まあ、やや無理やりに説き伏せられた気もするけど……悪気は、まったく無いのだろう。
ただ、そういう性格というだけで。
だからなんとなく、どれだけ振り回されてもこのひとを心の底からは嫌いになれないのだ。
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