運命じゃない赤い糸



無理やり結びつけたみたいに不恰好なそれは、あいつと俺を繋ぐものだ。


ある日俺にだけ見えた赤い糸のようなもの。
妻瀬の指にももちろん糸は括り付けられていて、どこかへ伸びていた。

ふぅん、やっぱり誰でも運命の人なんてもんはいるんだねぇ。とか思いながら。自分にもほかのひとにももちろんそれは存在していて、あまりにもごちゃごちゃに張り巡らされているものだから、気持ち悪くなってしまって目を閉じる。
目を開けると、幻だったみたいにすっきり見えなくなった。
白昼夢から醒めた心地だったけど――血管のように張り巡らされたそれは脳裏にしっかりと焼き付けられていた。

「――、」
「どうしたの瀬名?次、移動教室だよ」

数日後、“赤い糸”はまた見えるようになった。
幸いほかのクラスメイトは教室をあとにしていたので、妻瀬だけが俺の視界に映っている。
つまり、俺と妻瀬だけの“糸”が見えているということだ。

「……あー、今準備するから」
「?うん」

教科書とノート、筆箱をまとめて席を立つ。
――ああ、なんだってそんなことになっているのか。予測もしたくないけど脳が勝手に考察していく。

“糸”があるんだったら、その先はあるはずだ。
自分の“糸”を辿れば必ず誰かがいるはずだ。
だって“運命の赤い糸”が存在するなら、そういうものだろう。

修復力みたいなものがあるなら、もし切れてしまったとしても誰かと結ばれ直すくらいあるだろう。現に、前回に見えたときはそういう“結び目”があるひとだっていた。
なのに。

「(……どうしてこいつの糸は、ぐちゃぐちゃにほつれて、結び直せないくらいぼろぼろになっちゃってるの)」

妻瀬の“糸”はどこかへ伸びていた面影だけを残して、ぐちゃぐちゃにほつれて切れてしまっていた。
本人が知る由もないのだが、見ていて気分は良くない。

けっこうこいつだって苦労してるんだから、せめてそういう、アイドルとは関係のないところで――幸せになる権利くらいないとあんまりだ。
そうじゃなくても。友達として、彼女の幸せくらい願ってやらなくもないのに。

すべてを“アイドル”に投げ打っているのだとしても、それはそれで誰かと繋がっているはずだろう。投げ打った先のアイドルに。若しくは、未来に出会うだろう運命のひとに。
それすらも“無い”だなんて。
運命すら無いなんて、救いのない話だ。

「瀬名ー。準備できたなら行こうよ」
「……はいはい、お待たせ」

教室を施錠して、廊下を歩いていく。
隣で眠たげにしている彼女の指にぶら下がっている不細工な“糸”を掴んでみる。っていうか掴めるんだ、これ。
俺には掴んでいる感覚があるが、妻瀬は気づいていないみたいだ。離すと、ふつうの糸のように落ちていく。

「……妻瀬。ハサミ持ってる?」
「いま?筆箱に入ってるとは思うけど」
「貸してくれる?」
「……うん?はい」

躊躇いなく、俺は自分の“糸”をばちんと途中で切り落とす。自分を誰かと繋いでいた“糸”ははらりと落ちていった。
もしかしたらと思ったけど、ハサミで切れてしまうものなのだ。案外あっけない。

「…………切れ味の確認?」
「違うから!」

まるでサイコパスを見るような目で見られてしまったので否定をしておく。
妻瀬からすれば何も無い空間でハサミを使ったようなものだ。用は済んだけど、このままだと誤解されかねないので借りておこう。

「授業終わったら返すから。ほら、急がないと遅れるよ」
「うわ、ほんとだ」

早足になる彼女の指から伸びる糸を、再び掴む。……こいつの運命なんて、知ったことではない。
ただの俺の幻覚で信じるに値するものではないかもしれないけど。

「俺だって、何処の馬の骨かも分からないやつとだなんて御免だしねぇ?」
「どうしたの?」
「なんでもない。行くよ」

外れないように、しっかりと何重も結んでおく。
不恰好に見えてもどうせ俺にしか見えないのだからいいだろう。それにまたどうせ見えなくなるだろうし。
未来を保証するものでもなんでもない。
でも、無いよりはずっとマシでしょ。


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