#13



「――えっ、なにそれ」
「鹿矢、知らなかったの?」

【金星杯】当日、私は予定通り講堂に『Valkyrie』の備品を搬入して、“ライブが行われるらしい”装飾をされたステージに違和感を覚えた。加えて、リハーサルを行うだろう衣装を纏った一年生たちが入ってくる。
今日この講堂で行われるプログラムって、初めは日々樹くんの舞台だったよね。

……なんか、おかしい。
蓮巳あたりにでも確認しよう、と講堂を出た時である。
凛月くんと大神くんが居たので、意外な面子でつるむこともあるんだなあ、とは思ったのだけれど。
挨拶がてら声をかけると、なにやらこの後講堂で【金星杯】が行われるのだというものだから、言葉を失ってしまう。

曰く、一年生のソロアイドルのみが立つことの出来るステージなのだという。
――私、『fine』と『Valkyrie』のドリフェスを【金星杯】と勘違いしていた?

「……どうして今さらそんな」

いや。私はたしかに蓮巳に、【金星杯】のサポートの依頼をされた覚えがあるんだけど。
慌ただしそうにしていたのにわりときちんと――「【金星杯】のフォローを頼む。五奇人や『Knights』で手一杯だろうが、」って。
役員から書類ももらって内容を確認して――まぁ青葉に『fine』の広報は大丈夫ですって間接的に言われたし、基本的には『Valkyrie』のサポートをしていたのだが。
だから、ステージのための雑用をしていたし、それを無碍にされることはなかったけど。

血の気がさあっと引いていく。
――私、そういえば。斎宮や巴、青葉の前で【金星杯】なんて言葉、出していない。
明日はがんばってねとか、明日のドリフェスに来てね、とかしか、言っていない。

でも、渡された書類には確かに『Valkyrie』と『fine』のドリフェスが【金星杯】と記載がある。
あの後何度か生徒会を訪れることはあったが、修正版もとくに貰っていない。ドリフェスなんかの重要書類のチェックは蓮巳が行っているはずである。こんなに分かりやすすぎるミスを彼が看過するだろうか。

「……ハメられたんじゃねぇの?あんた」
「……なるほど?」

顔面蒼白だろう私をみて大神くんが声を溢す。
そっか。私、けっこう嫌われているんだった。
嫌われる要素しか、無いんだった。

――生徒会を応援したい彼らからすれば五奇人のサポートをしている私は邪魔者でしかないだろう。
最近はどこから湧いてきたのか、五奇人が原因でこの学院は腐ってしまった、みたいな噂も流れているようだし。
それを知ってか知らずか、蓮巳は私にたびたび仕事を依頼してくる。邪魔をして信頼を害わせようという魂胆かもしれない。

「あー、さいっあく……」

幸運なことに機材は持ち歩いているから、写真の一つや二つは撮れるだろうけど。いちばんに望まれているだろう――実績として残すことはそりゃあ、できるけど。
ステージに立つ彼らの役に立てなかった。
一年生なんて、いちばん割を食っているはずで、導くのは先輩の役割だろうに。

「鹿矢」
「大丈夫……、とりあえずチケット買わないとだよね。はぁ、本当嫌ないたずら」
「どうせつまんねぇ嫉妬とかだろ。あんた、朔間先輩の女なんだしよ」
「それだけじゃないとは思うよ。自分でも心当たりがありすぎて笑っちゃうくらい」
「……笑いごとじゃないでしょ」
「はは、たしかに笑いごとで済ませるには良くないけど。……買ってくるねー」

ともかく犯人探しはあとにしよう――私はチケットブースへ急ぐ。

客入りはほとんど無く、チケットの在庫はたんまりあるようだ。ステージが整えられているとはいえ、宣伝費用はかけられていないみたいだし。
蓮巳の依頼が“【金星杯】のフォロー”であったあたり、私に求められていたものは宣伝ではなく、一年生への鼓舞だったり細々な庶務だったのだと思う。

でも。朔間先輩はハッキリと『【金星杯】に関わるな』って言っていたっけ。
大方蓮巳から聞いたかお得意の情報網で得たんだろうが。彼はもう空を飛んでいる頃だろうし、詳細はまた会ったときにでも聞こう。

講堂からはすでに音が漏れ出ている。
そろそろ開演時間のようだ。

「妻瀬先輩。チケット買えたかよ」
「うん。もう始まりそうだし中に入ろうかな」
「おう……、つーか!朔間先輩のこと、あんたこそ知ってんじゃねぇの!?」
「ん?えっ、いや?知らないけど」

反射的に否定してしまったが、どうやら今朝発ってしまった朔間先輩のゆくえを凛月くんにも聞いたらしい。
凛月くんと二人でいた理由はそういうことだろう。

彼は決して認めてこそいないが――私のことを『朔間零の女』であると半ば信じているようだから、今のように食い気味に来たのだと思う。
朔間先輩とは昨晩会いこそしたけど。事情は詳しく知らない。
嘘は、言っていない。

「なんだよ、妻瀬先輩も知らねぇのかよ!?」
「ご、ごめんって……」
「それでも朔間先輩の女かよ、心配くらいしろよっ」
「…………心配はしてるよ、本当に」
「……ふん。そーかよ」

凛月くんも詳しくは知らないと言っていたみたいだから、私が知るはずもない。
理由は憶測でしかないし、行き先について知らないのは本当だし。

諦めたのか、大神くんは不貞腐れながらも講堂へ入っていった。
朔間先輩はいい後輩をもったと思う。
仲が良いわけでもないけど、大神くんはまっすぐに彼のことを思っているひとだ。



***


「おやおや。『広報』のあなたがまだ会場入りしていないだなんて、珍しいこともあるんですねぇ?」
「日々樹くん」

講堂の入り口は、お客さんの入場するただ一つの場所である。
此処で遭遇するということは、日々樹くんも【金星杯】の観客という証だ。
両隣には彼を師匠と慕う逆先くんと、大神くんといたはずの凛月くんを携えている。

「偶然というか奇跡的に今ここにいるんだよ。……危うくなにもできないところだったというか」
「フフフ……なるほど。鹿矢から北斗くんへアプローチが無かったのは“そういう”理由があったのですね。納得ですっ!」

だいぶぼかして話したのだけれど、日々樹くんは【金星杯】に関わらなかった理由を察してくれたらしい。
さすが朔間先輩に並ぶ天才児である。

「鹿矢センパイ、今日は宗にいさんたちのステージも取材するって言ってなかッタ?働きすぎて倒れないようにネ」
「日々樹くんの舞台も観るよ?」
「ええ!とびきりの舞台にしますよっ!鹿矢も夏目くんも、期待しててくださいねっ」
「勿論。……でも本当に働きものだよネ。零にいさんも心配してたかラ、偶には相手してあげてヨ。帰ってきても中々会えないって寂しがってたシ」
「……そうなんだ?」

朔間先輩って、逆先くんに私のことを話したりするのか。変なことを伝えられてないといいけど。

「ささっ、夏目くん。邪魔者は退散しましょうね〜。どうやら“彼”は鹿矢とお話したいようですから」
「ああもう引っ張らないでヨ……。またネ、鹿矢センパイ」

ばちこんとウインクを放って、日々樹くんは逆先くんを連れて去っていく。
視線の先にいた――凛月くんは険しい表情だ。

「……凛月くん?」

邪魔だろうからと手を引いて入り口から少し離れて、私は凛月くんと向き合う。

「関わるなって兄者から言われてないの。特殊な立場だし、そういうの鹿矢にも言いそうだけど」

兄者と仲良いんでしょ、と凛月くんは不機嫌気味にぼそっと呟く。
先ほどからそんな雰囲気を醸し出してこそいたが、大神くんたちが居た手前、表に出すことはしなかったのだろう。

「話は聞いたよ。でも、関わらないわけにもいかないよ。『広報』だし」
「『広報』でもぜんぶに関わるわけじゃないでしょ」
「うん。けど今回は蓮巳に依頼されてたから。せめて、今からでもできることはしたくて」
「……」

我ながら八方美人みたいなことをしているなぁと思う。
善人を気取っていると罵られても仕方がない。
でも。私は先輩に色々と面倒を見てもらって、なんとか力をつけることができたのだ。
できることなら、私も後輩になにかしてあげたい。

「鹿矢」

途端、ぐい、っと両肩を掴まれる。
――珍しく必死な表情で、強い口調で。
私に言い聞かせるように、凛月くんは口を開く。

「それも、『Knights』のため?」
「…………え」
「違うよねぇ。少なくともこの【金星杯】は」

一切合切みえているんだと言わんばかりの、冷え切ったような赤。
凛月くんは、私の目的、行動の意味、そして成れの果てを視たような、そんな表情をしている。

「夏ごろから、兄者たちとつるみはじめたのは『Knights』のために自分の力をつけたくて、だったんだろうけど。……ううん。初めこそそうだったのかもしれないけど、今は違う。鹿矢は、求められたものを断りたくないんでしょ」

私の心を見透かしているような凛月くんの言葉は、雨のように降り注ぐ。
拭う暇もないくらい的確に、私だけを濡らしていくように。

「頼まれたら嬉しくて、断れない。利用すればいいのに絶対にしない。鹿矢は優しいから、すぐに情がわくの。……『Knights』の味方でいたいくせに、色んな理由をつけて色んなひとと関わって、どんどん背負ってる」

ぐ、と肩を掴む力が強くなる。
その痛みすら彼の気持ちを表しているようで心が苦しくて、嬉しい。

――ああ。凛月くんは心配してくれている。
昨晩私が朔間先輩にそう言ったように、もう背負わないでって、言ってくれているんだ。

「理想と現実がどんどん乖離してるんだよ。……鹿矢は『Knights』があればなんだっていいはずでしょ」
「……うん」

そう。私には『Knights』さえあればいい。
月永と瀬名が笑いあえる場所があればいい。
ずっとずっと、変わらないことだ。
帰る場所は『Knights』。
守りたいのは『Knights』。
それ以外は全部踏み台にしたって構わないと、傲慢にも思っていた。

「――でも。現実はそうじゃない。鹿矢は兄者たちと関わって情がわいた。多分他にもたくさん。『Knights』だけの味方でいられなくなってるんだよ」
「――、その通りだね。あはは。ダメだね」
「……ダメじゃない。これ以上はやめて、って言ってるの」

『Knights』以外と関わることは、究極的には彼らのためだったけれど。
凛月くんの言うとおり、関わるたびに五奇人のみんなや巴に情がわいてしまっている。
彼らというひとに触れるたび、味方をしてしまいたくなってしまう。
優しさに、恩に、報いたいと思ってしまう。

到底褒められた話ではない。
――私は『Knights』のために動いてきたのに。
いまだに苦しみ続けている彼ら以外の場所で、青春にも似た日々を過ごしてしまった。楽しんでしまった。
たとえ誰に咎められることがなくても、罪以外の名前を持たない。

凛月くんは私をよく観察しているなあと思う。
目を逸らし続けてきたことをぜんぶ、突きつけられた気分だ。

「キャパオーバーなのは、凛月くんが思ってるとおりかな」
「……うん。それに鹿矢を取り囲んでるのが善意だけじゃないことくらい知ってるでしょ」

明確な量は機械じゃないから測定はできないけど、些細ないたずらに踊らされるくらいには限界が見えてきている。

悪意は身を蝕む。
無敵な盾も、何人もを切り捨てた剣も、毒を取り除くことはできないように。
勝手に受けた毒で『Knights』にも迷惑がかかってしまっては本末転倒だ。この辺りが、潮時なのかもしれない。

「……今日のドリフェスが終わったら、いくつか依頼は断るよ。私が『Knights』の足を引っ張るのは最悪だし」
「そうして。抜け道を探すくらいなら手伝ってあげる」
「ありがと。【金星杯】も数枚撮るだけにしておくよ、あくまで報告用にね」
「……本当はね。ま〜くんのためになるなら、その勇姿を撮って欲しい気持ちもあるんだけど。それはもっと未来でもいいはずだから」

今は無理しないで、と凛月くんは私の肩から手を離す。
――そんないつかが来ると良いな。
一年生の彼らが、どうか燻って消えてなくなったりしないことを祈るしかできないけれど。

「……じゃあ行こっか。ま〜くん?も出てるなら、応援しよう」
「うん。ま〜くんのステージ、全部観られなかったのは鹿矢のせいだからね〜?」
「えー?」


――不確定な星座の紡ぐ、音楽がきこえる。
【金星杯】は一年生のなかでも実力者の集うステージだから、期待以上のものだ。
届くべきひとたちにはわりと、届いていたんだけど、これを観れなかったひとたちは損をしてるなと思うほどには。

埋没してしまっていた星屑たち。
もしくは宝石の原石。
実力者である彼らは奮闘こそしているが、持ち味を存分には活かせられてはいない未熟なアイドルの卵である。
『Knights』はもっとすごいんだから、なんて身内贔屓を持ち出してしまうくらい刺激されているあたり、彼らは未知なる力を秘めているのだろう。ユニットでないことが勿体ない。

たぶん、もっと輝ける。
観客席には数人しか入っていない。
けれど彼らは、そんな僅かな観客に向けて笑顔でパフォーマンスをする。

「みてみて、あの子がま〜くん。かっこいいでしょ」
「あの子ね。うん、カッコいい」
「あ!手ぇ振ってくれた〜!ま〜くん!」

その煌めきは眩しくて、目を閉じてしまいそうになるくらい。今の学院を照らすにはほんの小さな光で、すぐに握りつぶされてしまうくらいのものだけど。

「……きらきらしてる」

理想のアイドルのステージが、あったのだ。
朔間先輩や『Valkyrie』、『Knights』のステージとはまた違う、希望を抱かせるようななにか。
等身大の青春の具現のような、眩しいもの。

綺羅星のような瞬きを、私はフィルター越しに観ていた。



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