#16



企みの一切がないなんて、ありえない話。
でも要素のほとんどが誰かの思惑通りに進んでいて、自分が駒の端くれでしかないなんて夢にも思わない。思いたくもない。
ましてや試行錯誤をしてどうにか生き抜いてきたこの世界の果てに、人為的に設定された終末があるのだというのなら、笑えない。
そんな救いようのない箱庭で、私は踊らされていたのだ。


手術も無事に終わって、先生や家族が引っ切り無しに見舞いやら説明やらで来ていた怒涛の二、三日ほどが過ぎて。
はじめに付き添ってくれた凛月くん以外で、一番に面会に来てくれたのは意外にも蓮巳だった。

生徒を代表して、だろう。
見舞品のフルーツバスケットを机に置いた彼は私の様子を見て顔を歪めた。

「痛むのか」
「……脚は骨折したからまあ。でも、死んではないから。大丈夫だよ」
「無理はするなよ。……聞いていると思うが、お前を突き落とした犯人には然るべき処分が下ることになった」
「うん。昨日、親御さんと謝りに来たよ。辞めるんだってね」

【チェックメイト】からなにかと忙しくて、生徒会への関わりはほとんどなくなっていたから、こうしてふたりで顔を合わせるのは久しぶりに感じる。
クラスも同じだし、依頼や提出書類だのなんだので生徒会室を訪れることはあったけど。

多分、蓮巳は本当に心配してくれている。
でも、ちょうど良い厄介払いになったのではないかと勘繰ってしまう自分もいる。

――ユニット制度が試験運用され始めて、『チェス』が分裂して、『Knights』が躍進し没落してしまうまで。あれ自体が天祥院の思惑だったというのは、月永が度々口にしていた言葉からなんとなく読み取れたけど。
……たとえばの話、首謀者が天祥院だとして。

「未処理案件は、生徒会で対応する。……復帰した暁には仕事をたんと用意してやるから、ゆっくり養生していろ」
「ありがとう。……でも、私のことちょうど良かったんじゃないの?」

考えたくないけど、その補佐やらをしているのは彼の所属する『fine』や生徒会なのだと思う。
蓮巳もその一端を担っていてもおかしくはない。

「何を言い出すかと思えば。『広報』が怪我をして学院が――生徒会が得をするわけがないだろう。むしろ損失だ。……妻瀬。貴様は優秀な『広報』だからな。換えのきく人材ならば、俺が重用するわけもない」
「……ごめん。ありがとう」
「構わん。そう考えても仕方ない状況だからな」

彼の言葉が嘘ではないことくらい、分かる。
知る限りの蓮巳はそういうひとだ。彼は基本的に優しいし、能力が高ければ正しく評価するタイプの人間だ。
だからこそ腐敗しきっていた学院を正そうという志のもとに生徒会を、制度を作り上げたのだと思う。
――でもそれは、すべて今に終着点を置いた話だったんじゃないかって。

この半年ほど、いろんなことが立て続けに起きて、まるで歴史の教科書を読んでいるみたいだった。
生徒会の設立、ユニット制度にドリフェス制度の確立、【チェックメイト】、五奇人として学院で盛り上げていこうという企画に、対抗馬のような『fine』や『紅月』という生徒会主導ユニットの進撃。

そして。異様なまでの五奇人のバッシングに、反比例するように増していく『fine』への期待値。
生徒会の発足を機に制度が整えられてからというものの、新しいユニットが乱立して、情報が飛び交って――なにが正しいのかも理解できないうちに季節は巡ってしまった。
深緑を揺らしていた葉は落ちて、路を彩る絨毯になっている。

「この前のドリフェスは『fine』が勝ったんだってね。おめでとう」
「……俺は『fine』ではないが?」
「天祥院、同じ生徒会だし友達なんでしょ?勝って、よかったね。でも負けた『Valkyrie』や……五奇人のみんなは散々みたい。手のひらを返したみたいにみんな悪口を言っちゃってさ。校内SNSなんて見てられないよ。学院なんてもっと酷いんだろうね」
「……否定はせん。正直、目に余る行為も多い。しかし『Valkyrie』は負けた。……それは変えようのない事実だ」

蓮巳の言う通り、あの日『Valkyrie』は敗北し、『fine』は勝利した。結果は予測の範囲内ではあった。
音響事故が無くても『Valkyrie』は歓迎された雰囲気ではなかったから。あんな小細工が無くたって――結果は変わらなかったのかもしれない。

「……それでもひどいよ」

斎宮を含め、五奇人は実力者である。
皆思うところはあれど、それを理解していたとは思う。
だからこそ媚を売るものもいたし、妬むものもいた。でも。『Valkyrie』の敗北をきっかけに、連鎖爆発するみたいに彼らへの批判は増えて、アンチ五奇人みたいな風潮が当たり前になってしまった。

自分より優れたものを羨み、追い求めるのは当然だ。間違っていない。探究心や向上心へ繋がるのなら良いけれど。
“届かない”とか“施しを貰えない”と知ると諦めて、手を伸ばすことすらしなくなるのがほとんどだ。
自尊心がズタズタになっても、這ってでも頑張れるのなんて、ほんのひと握り。
たとえかつて愛や恩のようなものがあったとしても、隙を突かれれば、容易く妬みや憎しみへ昇華されてしまう。
狂気のようなそれが、今の夢ノ咲学院には蔓延している。

“そう”仕向けるための情報操作はあったと思う。
私が五奇人に対して矛先が向かないよう仕事を手配したり、声をかけたりしたように――今の状況にするために、誰かがひっそりと手を施したのだ。脳みその一片をつついて、誰にも分からないように。
今や五奇人は「悪」として捉えられている。
対となる「善」こそ『fine』であり、その中核こそが天祥院英智なのだろう。

悪の権化に立ち向かうのは、善なる存在だ。
『fine』は「悪」の一角を崩し、必然的に英雄に――「善」になった。そして大衆が望むように「次」へ進む。
五奇人全員を、打ち負かすつもりなんだ。

「悪」を滅ぼしてこそ英雄譚は終幕を迎える。夢ノ咲学院は彼らを頂く城になる。
……ああ、『五奇人』だなんて、そもそも誰が言い始めたんだっけ。語感の悪い言葉。悪口にし易いモノ。
それも策略のうちなのか。だとしたら、どこまでも綿密に練られた物語だったということ。

「正義の味方みたいに、悪者退治でもするつもりなの。『fine』も『紅月』も、そういうためのものなの」
「……なんの話だ」

蓮巳はあくまでもしらを切るらしい。
私は彼ら側の人間でもないから、肯定するなんてことはしないだろうけれど。
さんざんな仮説なのに否定しないあたりが答えということだ。

出来過ぎなくらいの勧善懲悪の物語のなかに、私たちはいつの間にか放り込まれていたのだ。
朔間先輩の忠告はそれを意味していたのだろう。伏線なんて、そこらじゅうにばら撒かれていたのに。

「(……月永たちも、使われたんだ)」

『チェス』の分裂も、残党処理のように粛清を続けたあの日々も、最終的に嫌われ者になってしまうこともすべて計画のうちだったのだろう。
事実、『Knights』が剣を振るい、流した血で学院の膿はわりと取り除かれたのだ。

――それから。『fine』は、膿の取り除かれた綺麗な場所から行進し始めた。
彼らの切り開いた道を、悠々と。
平坦な道ではなかったとしても。血飛沫のかかった草花を横切りながら。

「妻瀬。悪いことは言わん、もう関わるな」
「…………あはは。今更?」

優しいひとは、そうやってひどい現実から遠ざけようとしてくれる。
朔間先輩も、蓮巳も、凛月くんもそう。関わるな、って言ってくれる。やめておけって言ってくれる。
顔を顰めて、辛そうに。

渦巻く感情は思考を冴えさせて、気づかなくてもよかったところまで指摘してくる。
これも、あれも、そう。きっとあれもそうだよね、って。

私の大切だったものは、影の一つも残さない神さまの手によって全部踏み躙られてしまった。
夢なら目が覚めるからまだマシだ。
でも現実とかいう夢は、何度目を擦ったって覚めない。ひどい悪夢そのものだ。



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