#18.5



「……ふぅん?妻瀬鹿矢ってあの『広報準備室』の。きちんと機能していたんだね」
「日和くんは知らないかもしれないですけど、結構なやり手ですよ、彼女。『Knights』お抱えの『広報』ではありますが――『五奇人』のみんなとも縁があるみたいですから」

つむぎくんがそこまで持ち上げるものだから、興味が湧いてちょっと調べてみたのだけれど。
彼女は『Knights』や『五奇人』だけでなく、けっこうな量の仕事を学院へ繋いでいるらしい。
細々としたものが多くて、派手さには欠けるけど――よく考えれば経歴にはプラスになるものばかりで、仕事がないと喚き散らしていた子たちにはもってこいだとは思う。

……ううん。わざとそういう仕事を取ってきているのだろう。案件の後ろには有名監督や大手出版社だとかの影がちらついている。

おそらく派手な仕事を持ってこようと思えば、持ってこれるのだ。
けれど“そういう”仕事に食いつくような子たちを現場で調子に乗らせれば、夢ノ咲学院の評判がより悪くなることは明白だから、敢えて地味にみえる仕事を繋いでいる。

頭のいい子たちはそれを良い案件だと判断できる。
本人たちはそのつもりで活用しているみたいではあるけど――自分は頭が良い、優秀だと思い込んでいるタイプこそ『五奇人』に対して反感を抱く筆頭株主だ。
効果は一時的だろうけど、彼女は反感や不満の抑止剤を振りまいているらしい。

「賢い子だ。……『五奇人』への不満も想定より抑えられている。所詮は悪足掻きだから長くは保たないだろうけど」

だから、英智くんにも目をつけられてしまう。

「真面目で勤勉なんだよね、妻瀬さん。『朔間零の女』らしからぬ女の子というか……。まぁ確かめようもないんだけど、本当のところはどうなんだろうね?」
「そんなのぼくに聞かれても分からないね?大体、そういう情報収集は英智くんやつむぎくんの仕事でしょ」

急に呼び出したかと思えば、ご機嫌に不機嫌そうに彼女のことを讃えるものだから、『fine』のサポートにでもつけるのかと考えたほどだ。
そんなはずも無かったのだけれど。

「ふふ、耳が痛いなぁ。……でも本当に何も情報が出てこないんだよね、あの噂。信憑性は無い。けれど嘘だという確証も全く無い。実際仲は良いみたいだし。不確定要素が多過ぎるけど、放置するにも目に余るから困ったものだよ」

せめてパンドラの箱でないことを祈っておこう、と英智くんはにこにこと笑顔を浮かべている。

「はぁ……、ぼくは災いを頭から被りたくはないんだけど?」
「そう言わずに。彼女という箱を開けたところで、おそらく中身は大それたものではないよ。彼女は天才でもなんでもない、普通の女の子だからね」

英智くんの評する通り、妻瀬鹿矢という『広報』は特別な存在ではない。
『五奇人』や『Knights』に囲われているだけの、使いっ走りの女の子。けれど『朔間零の女』とかいうにわかには信じがたい称号の持ち主。
『広報』ともあって、情報操作という分野においては若干競合他社的な存在ではあるが。『五奇人』の風評やらへの対応も早かったし、侮るべきではないのだろう。

「中身が何であれ実際に箱を開けるのは、彼女自身だ。日和くんは彼女の弱点を見つけて、良いタイミングで突けばいい。……壊れた後に厄災を被るのは彼女や一番近くの『Knights』くらいのものだよ。『五奇人』にまで影響しなさそうなのは惜しいけど」

要するに、ぼくに望む役割は自壊の促進。
彼女という不確定要素を排除するための刺客ということだ。

「例えばもし箱の底に『希望』が残るのなら、僕たちが拾ってあげれば良い。そして『fine』に役立ってもらおう。……まぁ、その身に余るほどの批判を浴びるだろうけど」
「『五奇人』のサポートの次は『fine』か、って文句を言われるだろうね?」
「そうだね。今も少なからず彼女に対する不満は存在するし、どんな選択をしようが必然的に“そう”なる運命にある。跳ね返す力があるとは思えないし、その時点で彼女は詰みになる」
「英智くんの言う通り勝手に詰んでくれるのなら。わざわざぼくが出向く必要を感じないけど?」
「言っただろう?不確定要素が多過ぎるんだよ、彼女。何より朔間零対策も兼ねている。――本格的に邪魔をされる前に潰しておきたいんだよ」

だからせっかく手に入れた縁は有効活用しないと――なんて。ひとの雑用を横から攫っておいてよく言ったものだ。
本来ならばつむぎくんが彼女を使う予定だったらしい。その権利がぼくに譲渡されるのだと聞かされた時は、驚いたけれど。

「方法は任せるよ。色恋沙汰にしても構わない。揉み消すくらいの予算は立てよう。日和くんの得意分野だろう?そういうのは」
「鼻につく言い方だけど、恋は盲目って言うからね。たしかに女の子相手ならそれが一番手っ取り早いね」
「うん。上手くやればこちら側に引き摺り込めるかもしれない。そうすれば一番厄介な、朔間零への牽制にもなるしね。……良い報告を期待しているよ?」

――まったくぼくをこき使うなんて、腹立たしいね。

妻瀬鹿矢への干渉と強奪みたいなものを託されてはみたものの、気分は乗らない。
今回は『契約』に縛られているわけでもない、追加報酬の出る“ちょっとしたお願い事”だから無視したってよかったけど。
暇潰しにはなるだろうし、飽きたらつむぎくんにでも押し付ければ彼も困らないだろうし。

『勿論知っていると思うけれど。ぼくは巴日和。確か、隣のクラスの妻瀬さんだよね?』

纏うのなら、華のあるほうが心地も良いから。
打算的に彼女に近づいて、距離を縮めた。
日常という皮を敢えて纏って、仕事仲間としてではなくて――あくまで一個人としての関係を築いた。

彼女は『五奇人』のサポートという割に、警戒心が全くない。……皆無というわけではないけど、ガードは緩め。
でもぼくのそばにいても一切靡きそうにないのは、なんだかんだで『朔間零の女』だからというのもあるのかもしれない。
それとなく話を振ってもスルーされてしまったし、口を割ることはなさそうだ。

“いい子”というよりも“便利な子”。
無茶振りな依頼をしても嫌な顔をしないし、比較的ペースにも乗せやすい。サポートに徹してきただけのことはあって、諸々の手際も悪く無い。

――ゆえに、彼女には数え切れないほどの痛みが蓄積されているのだろう。
虚勢を嘘と断じて、痛みを肯定してやれば彼女の中の傷は確定されて、自壊する。「大丈夫」なんてずっと言い続けてきただろう子には効く言葉に違いない。
色恋沙汰にするよりもずっと後味の悪いものだし、きっと、ぼくはこの子に嫌われてしまうだろうね。

「……痛かった」

そう思っていたけれど。
とっくの昔に、彼女は壊れていた。
促さなくとも、激しい批判を浴びずとも、勝手に壊れていた。
心を開いたから本音を言ったわけじゃない。
実際に引き金を引いたのはぼくだったかもしれないけど――偶然、入院したらしいという知らせを聞いたから赴いて、涙を流していたから、追い討ちのような言葉を投げかけただけ。
壊れていることを自覚させただけ。

まさかそこまで追い詰められてるとは思ってもいなかった。虚勢にしてはしぶとくて、曲がりなりにも笑顔を浮かべていたから。涙なんてどこかで死ぬほど流してきたと思っていたから。
それなのに、初めて泣いたみたいに溢すから。

彼女から漏れ出たものは、ふつうの言葉。
『厄災』でもなんでもないふつうの嘆き。
『厄災』が出てくるなんて、『希望』が残るなんて、とんでもない。多分このままじゃ何も残らない。

「もう、やだ……。いやだよ」

可哀想なきみ。
誰にも頼らないで、けど散々使い潰されて。終いには傷付けられて。守られているようで結局ひとりきりだ。決して守られてなんかいない。
そうでなきゃ、こうしてひとりで無防備に崩れてしまうこともなかっただろうに。

英智くんには悪いけど、これでさようならだね。……もうお互いのためにも関わらないほうが良い。
罪悪感で心を食い潰される前に、この部屋を後にしなきゃ。

――なのに。
どうしてぼくは、この子を抱きしめているのだろう。
頭では理解しているはずなのに、どうして。

『日本の四季は美しいからね。紅葉もいいけど、もう少ししたら秋桜なんかも綺麗だろうね』
『うわー、秋桜!いいねぇ』

……ああ、楽しかったね。
ただの友人みたいに歩いたあの日が。色づき始めた紅葉を眺めて、他愛のない話をして。まるで青春をしているみたいで――眩しかったんだ。
アイドルであることも、『fine』の一員であることもすっかり忘れて。もしかしたら彼女とは友人になれたのかもしれないなんて、柄にもなく思ってしまった。

彼女に関わる限り、罪悪感でいっぱいになるのだろう。精神衛生上、避けるべきことだ。
でも。そうはしたくない。償いでもなんでもない、ただの我儘。
いま腕の中にあるぬくもりを、落としてしまいたくないと思うだけの話。




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