#22
「…………“今日はぼくたちじゃない”、かぁ」
盗み聞きするつもりはなかった。
少し離れていたとはいえ巴の声は良く通るから――それに、声も比較的大きめだし。
せめて送り届けると言って聞かなかった巴と病院前で別れて、大人しく病室へ戻ったはいいものの頭の中では彼の言葉が巡っている。
月永と話して以降、避けてきた夢ノ咲学院の事情だ。
気にしたくはないのだけれど、気にならないと言えば嘘になる。ましてやこんな情報の断片を握ってしまったのなら余計に。
ぼくたち、すなわち『fine』のことを指すとして。
“今日はぼくたちじゃない”のならば彼ら以外の誰かが動くということなのだろう。
今日、確実に何かがある。
もうすぐ凛月くんがやってくる時間だ。
凛月くんに「今日ってなんかドリフェスがあったりする?」と聞いたところで、顰めっ面をされてしまいそうだし――なによりこれは『Knights』のためじゃない。聞くのは得策ではない。
『fine』が動いた『Valkyrie』討伐を彼の言葉に含むとするのなら、今日実行されるのはおそらく他の五奇人を倒すための計画だ。
朔間先輩はたぶんまだ海外だから違う。となると、日々樹くん、深海くん、逆先くんの三人に絞られて――そのなかの誰かが狙われているというのが私の考えられる精々のラインである。
「…………、『紅月』が深海くんに挑戦状を叩きつけた、ね」
校内SNSで調べれば夢ノ咲学院の噂話の大体は把握できてしまう、というのは現代社会に生きているのだと実感する。
五奇人へのバッシングも『fine』ならぬ生徒会への同調も以前より増えて、見てられないくて最近は避けていたけれど。場末のような情報集約場に目を通せば予想通り幾つもの批判やらが溢れている。
確かな情報と呼ぶには誇張されていたり思想を被せたものばかりが連なっているが、どうやら『紅月』と深海くんが今晩ドリフェスで対戦するというのは間違いないらしい。
巴の話していた通り『fine』ではなく『紅月』が。
おそらく生徒会の名代として深海くんを倒すつもりなのだろう。
「(……どうする)」
どうせ無意味だ。私に出来ることなんて残っていない。『Knights』も五奇人もなす術なく淘汰されてしまうのだろうと、そういう筋書きにいることなんて分かっている。
――じゃあ、どうして。
もうイヤなはずなのに。頑張ったところで何も変わらないと分かっているのに。報われるはずもないのに。求められてなんかいないのに。公園から帰ってきて疲れているはずなのに、どうして調べる手を止めないのだろう。
分からない。でも分からないからこそ、動けるだけのことはしてみようかなんて見切り発車もいいところだ。
武器も持たずに戦地にわざわざ足を踏み込むなんて愚かでしかない。
「…………どうするもなにもないかー」
まあでも、そうか。ずっとそうだった。武器なんて初めから無かった。カメラだけを携えて、丸腰でいたようなものだし――月永が言うように私はずっと変わらない。
『Knights』が勝ち続けても、負け続けても、彼らが大好きだったからそばにいたように。
行動のすべてが無意味だとしても、途中で投げ出すことのほうが目を逸らすよりもずっと嫌いだ。
私服だと目立つから、仕舞われていた制服に袖を通す。久しぶりの感覚に身が引き締まる思いである。
手続きもちょっと無理やりだけれどなんとか押し通して、凛月くんには謝罪の書き置きを残しておいて。
――どこか遠くへ連れていって欲しい。
此処じゃないどこかで、笑っていたい。
甘く優しい世界で静かに眠りについてしまいたい。
たしかにそう願わないほど強くはない。
けれど。巴の誘いにすぐに言葉を返せなかったのは、まだ此処にいたいと思ったからだ。
求められたのは、関わらないこと。無理をしないこと。治療に専念すること。瀬名を支えること。そのどれもを放ってでもすべきことかは分からないけれど。
私は、扉を開く。
私の要らない世界を歩いていく。
***
――夢ノ咲学院掲示板前にて。
成る程、やはり今日は【海神戦】という『紅月』と深海くんによるドリフェスが行われるらしい。
校内SNSでは盛り上がりをみせていたものの、人目に留まらない告知である上に開始時刻が夜遅いとなるとあまり目立たせたくなかったのかとも思うが。
チケットはすでに完売御礼で、五奇人という存在がいかに注目されているかが窺える。
さすが対五奇人戦――というか、悪評たっぷりの彼らの討伐戦である。
かつて公開処刑に人びとが集ったように、生徒会という審判に加勢した当事者でありたいのだろう。トレンドな出来事で、目の当たりにすれば他の人に比べて一段階段を登った心地になるだろうし。正義の気分を味わえるだろうし。本当、最悪だ。
『fine』ではなく『紅月』が深海くんを相手取るというのは、腑に落ちた。
深海くんは校内でも非合法サークルの神さまのような存在に据えられていて、彼に願えばなんでも願いが叶うという話もあったくらいで。
――しかし近頃はその願いも叶わないのだとか、生徒会が願いを叶えてるんだとかめっぽうの噂だったから、深海くんの求心力は失われつつあるのだろう。
願いを叶えられないのなら集わない、不要だと捨ててしまうのは寂しい。本人からすればそれだけでけっこうダメージがあるとも思う。
それにお寺の息子の蓮巳率いる『紅月』が神さまならぬ深海くんと衝突するというのはなんだか因果めいている。
「とりあえず機材取りにいこう」
――ドリフェスの空気感とか、そういうものをきちんとこの目で見るために学院へ来てみたけれど、前者はチケットが完売していることもあって叶わなさそうだ。
『広報』特権的なものを行使するにも生徒会の目に留まってしまいそうなので悩ましい。一応、休学中でもある身だし。
すでに夜間ともあって校内にいる生徒はほとんどいない。
講堂で行われるという【海神戦】のチケットを取れたとしても、行儀良く校内でレッスンをしながら待機するなんてことはないだろう。ショッピングモールや繁華街やらで時間を潰すのが定石だ。
だからこの辺りの――防音練習室の一部屋だけを除いて明かりは消えている。
「……誰かいるのかな」
真面目にレッスンをする生徒なんて、ましてや夜間まで練習室に籠るなんてけっこう珍しい。
瀬名あたりがひとりで練習しているのだろうか。とか勝手に予想してみる。そういう姿勢の生徒は数えるほどしかいないから、妥当な推測ではあると思う。
……まあ。今顔を合わせるのは正直まずいんだけど。なんでこんなところにいるの、って怒られてしまいそうだし。
――でも。一目だけ、顔を見たい気もして。
どくどくと音が鳴る心臓を無視して、気づかれないように扉を少しだけ開いてみる。
「あ、」
視線の先には思い描いていた瀬名ではなくて。
部屋の隅で。まるで何かが折れてしまったかのように、座り込んでしまっているクラスメイトの姿があった。
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