#24




集団狂気のようなそれが、遠くから聞こえてくる。
【海神戦】が間も無く始まるのだろう。
倒せ、殺せ、なんて物騒な言葉も飛び交って、統制する側の生徒会も手が足りないようだから他人事ながら手伝いたくもなるけれど。

校内SNS内の雰囲気どころじゃない。
異様というか、物々しいというか――悪を排除しようという狂った正義のようなものが、今の夢ノ咲学院には蔓延している。
これも全て目論見通りだと言うのなら大したものだ。
身の危険すら感じる。人の疎らな校内に留まっていたのは機材を探し回っていたからなのだけど、早々に見つけることができたのならすでに講堂へ向かっていて、今頃あの渦中に居たのだと思うと背筋が凍る。

自意識過剰な気もするけど。
五奇人のサポートをしていた私だってよくは思われてはいないだろうから、罵倒のいくつかは覚悟すべきなのだろう。
そういうことも含めて、私はひとりでも、此処でしっかり立たなければならないのだ。



***



「あれ、『れいのこいびと』さん。こんにちは〜」

教室にも無かったし、放送室にも置いていなくて――探している途中で「機材ならAV室に置いてあるからな」というお見舞いに来てくれた佐賀美先生の言葉を思い出して、慌ててAV室を訪れたのだけれど。
扉を開けば見たことのない衣装を纏った守沢と深海くんが視界に映ったので、目を疑った。

「深海くん?なんで守沢と」
「妻瀬、深海くんと知り合いだったのか?そ、そういえば『五奇人』と仲が良いとか、一緒に仕事をしているとか噂を聞いたような……?」
「彼とはどちらかというと茶飲み友達というか。いやそうじゃなくて。私いまから【海神戦】に行こうと思ってて……あれ?」

講堂で行われているはずの【海神戦】って『紅月』と深海くんのドリフェスだったよね、と記憶を巡らせる。
なのにどうして本人が此処に。しかもどういう巡り合わせで守沢と一緒にいるのだろうか。

「……深海くん、【海神戦】は?」
「いきますよ。だからこうして『へんしん』しました。あと『しんかいかなた』じゃなくて、『りゅうせいぶるぅ』です」
「な、なるほど……?」
「説明している時間はないんだが……。俺たちは講堂に向かう」

何かを決意したような真っ直ぐな瞳で、守沢は言い放つ。

彼は三毛縞くんからの連絡を受けて練習室をあとにしたのだが、そう時間も経たない間に学院に戻ってきたらしい。
そして今、恐らく――初めて目にするのだけれど彼らは『流星隊』の衣装を纏っている。誰かを助ける正義のヒーローの衣装だ。

「(もしかして、守沢の助けたい人って)」

問いかけるのなんて無粋だろう。
色違いの衣装を纏う彼らとその表情がすべてを物語っているのだから。

「妻瀬も、来れそうなら来てくれ。“行くつもり”と言っていたし……運良くチケットを買えたか、『広報』の抜け道くらいあるんだろう?」
「実はとびきりのパスポートだからね、『広報』って。いま機能するかは分からないけどそれでゴリ押そうかなって」
「『うまく』やってくださいね。『けが』をふやしたら、れいがもっとかなしみますから」
「あはは。帰ってきたときにこれ以上驚かせたくはないし、なんとかするよ」

生徒会がなんだ、って啖呵を切るにはちょっと怖いし、状況はイマイチ読めていないけど――乗りかかった船だ。行かないという選択肢は無い。

「(機材……は、ある。よかった無事で)」

あの日以来触れていなかった機材は、佐賀美先生の言っていた通り部屋の隅に置かれていた。
やっぱり重いし、持って移動するのはいつもの数倍大変だけど私の手によく馴染む。
復学するまで触れる機会はないのだと思っていたし諦めていたから、予想外の再会に少し涙腺が緩みそうだ。瀬名や月永もそうだけど、一年と半年ほどを共にしてきたんだ。もう自分の体の一部と同じだ。

「応援してる。頑張って、二人とも」
「ああ、ありがとう!」
「ありがとうございます〜」

赤と青の背中を見送って、私も追いかけるように教室を出る。


守沢と深海くん――もとい『流星隊』は、『紅月』にたった二人で臨む。
人数差で言えば一人ではあるが、学院中のヘイトを買ってしまっている深海くんを要しているというだけで勝利は絶望的だろう。
というか、ドリフェスのルール的に実績の低いユニットからパフォーマンスを始めるから、もう始まっているのだとすると負けは確定なのかもしれない。

けれど。二人で駆ける姿はどこか心強い。
ヒーローの背中はどこまでも頼もしく見えて、輝いている。

――勿論、綿密に練られた策から逃れることなんてできなくて、それこそヒーロー番組みたいに劇的な勝利を収めることなんて出来なかったのだけど。
私が『広報特権』を振り翳して講堂へ入ったときには『紅月』のパフォーマンス中だというのに、なぜか流れている歌にあわせて守沢と深海くんが歌っていて。
『紅月』も止めるというよりは受け入れているようで――とても今の夢ノ咲学院のステージとは信じ難い、不可思議な光景が目の前に広がっていた。

後から聞いた話によれば初めこそ深海くんを罵る声も多く、戦時中の決起集会のような物々しい雰囲気だったらしいのだが、『流星隊』が登壇して――深海くんが歌い始めて空気が一変したのだという。
見逃してしまったのは勿体なかったと思う。
けれど幸いなことに今も彼らは歌い続けていて、観客である生徒たちは惚けたようにステージを見上げているから良しとしよう。

「(げっ、今蓮巳こっち見た?)」

ステージからはほどほどに遠い位置に陣取っているし、それにレンズ越しではあるのだけど――眼鏡の奥の黄緑色と視線がかち合ったような気がする。
でも、パフォーマンスの最中だ。彼はロボットでもないから、視線ひとつで私を拘束する指示を出すことなんて出来ない。まあ演目が終わる前に退散して姿を晦ますのがベターだろう。

鎮めるような、けれどどこか勇気づけられるような歌を紡ぐヒーロー。そして伝統を踏襲したように、力強く舞う三人の武者。
可笑しな光景は続いている。
でも、よくよく考えれば彼らはアイドルだから。ただ単にステージで『共演』しているだけなのだ。

「(……『紅月』か。カッコいいね、蓮巳。私はけっこう『デッドマンズ』も好きだったけど)」

過ぎ去ってしまった春を少しだけ思い返しながら、私はカメラをステージに向けて、異様で美しい光景を映していく。

生徒会に不都合なこれらのデータはいずれ押収されて、日の目を浴びることはないのだろう。
どこか奥底にしまっておくことくらいは許してもらえないかな――なんて考えてみたりして。

歌声は澄んでいて、どこまでも届くように響き渡っていく。心が洗われるみたいに、自分が“きれいに”なっていくみたいに錯覚する。

だから天祥院のシナリオの渦中に居ることも忘れて、そんな甘い空想も描いてしまうのだ。




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