#25
「鹿矢」
「……り、凛月くん」
【海神戦】も終わり、溢れ出るように帰路に着いた生徒たちの波も止んだ頃合いを見計らって校門へ向かうと、不機嫌を身体中から醸し出した凛月くんが腕組みをして待っていた。
待っていた――というよりは“待ち構えていた”が正しいのかもしれない。
「無理しないでって言ったよね」
「……無理はしてない。してない、本当に」
「……、あっそ」
ふい、とそっぽを向いて凛月くんはすたすた歩き出す。
私はその後を追いかけるようにもたもた着いていく。
彼の歩調は決して速くはなく、むしろ遅い。置いていこうというわけではないようだ。
先ほどの【海神戦】での熱りを冷ますように、夜風が私を撫でていく。夢から現実に引き戻されるような感覚だ。
凛月くんは私のほうを振り返ってはくれない。
「凛月くん」
「なぁに」
「ごめんね」
今できる精一杯の懺悔を、静寂の中に溢す。
迎えに来てくれるとは正直思っていなかった。
たくさん心配してくれていたから、それこそ愛想を尽かされて当然だろうと思っていた。
「……本当に思ってるの」
「……思ってる。心配かけてごめん」
「それなら、言葉よりも行動で示して」
背中を向けられていることもあって凛月くんとの距離は離れているように感じる。
すぐ後ろを歩いているのに、どんどんかけ離れていくようで私は必死に追いかけるみたいに手足を動かす。
凛月くんの言葉はもっともだ。
信じてもらいたいのなら、行動や態度で示さなければならない。
心配してくれる気持ちを踏み躙っていることには違いないのだから。
「鹿矢らしいとか、そういう問題じゃないんだよ。……今学院がどんな状況かくらい予想はついたでしょ」
「……少しは、まあ」
「しかも、夜なんて先生たちも全員残ってるわけでもない。携帯も持ってない。何かあったらどうするつもりだったの」
「…………きちんと考えてなかった」
「はぁ。だろうと思った」
深くため息をつくと凛月くんはくるりとこちらを向いて、私と目を合わせる。
顔が見えたことに少しだけホッとしてしまう自分がイヤだ。
電灯に照らし出された凛月くんは眉を顰めて私を見つめている。
私は何度、彼にこんな表情をさせてしまうのだろうか。
「もう、勝手にどっか行かないでよ」
「……ごめん」
「……怪我が治るまでは大人しくしてて。お願いだから」
私がやりたいことをするために身体を動かすと、誰かを悲してませてしまう。矛盾が生じてしまう。
行動と思考と周りからの期待が全部うまく嵌まっていないのだ。
どうすればいいんだろう。
なにが一番いいんだろう。
何度も繰り返し問い続けてきたことで、結局分からないままだ。
この先も正解なんて到底選ぶこともできなくて、見落として、失くして、その度下を向いてしまうのだろうけれど――いちど立ち止まりかけてしまったからこそ。もう止まりたくはない。
きっと報われない。
途中退場出来るはずの免罪符を捨てて戻ってきたのだ。もう、戻る道も無い。
選んだのは茨の道なのだろうと守沢たちの姿を見て痛感した。
彼らは歌で悪意を鎮めていたけれど、私にはそんな武器は無い。渾身の特攻攻撃をしても串刺しにされるだけかもしれない。でも、おそらく“死ぬことはない”から。歩き続けることなら私にだってできるのだ。
望まれていなくても最後まで立っていたい。観ていたい。我儘でも傲慢でも私は私でいたい。そう、願ってしまった。
だから、凛月くんのお願いに応えることはできない。
「ぜんぶが終わったら、ちゃんとするよ」
「……何が言いたいの」
観ることが、見届けることが何になるわけでもなくて、五奇人の彼らを見殺しにするのと同じなのかもしれないし――それは守沢が言っていた、傍観は悪を肯定するということそのものだ。
でも、もう逃れようはないのだと確信がある。
今更どんな策を練ったところで淘汰される。
学院の雰囲気は『fine』や『紅月』――打倒五奇人を掲げる生徒会を応援する風潮に染まりきっていた。
手の施しようがないほどに根は張られている。
そもそも夢ノ咲学院から摘み出された私に残された手段はもうないのだろうけれど。
「……せめて最後まで頑張らせて」
なので、言ってしまえば意地なんだろう。
色んな理由なんてすっ飛ばして、一層のことそういうのでいいんだけど。
だからあとちょっとだけ許してね、と笑ってみせると凛月くんの表情は尚更強張ってしまって、ああ、やっぱり私はダメだなあと思った。
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