#27
「今から?」
「うん。れおくんの家行くんだけど、妻瀬はどうする?」
「……あー、ごめん。課題終わらせて提出しちゃいたいから、また今度誘って」
「ん、分かった。あんまり遅くまで残るなよ〜。真夜中まで残ってたらまたセナにツノが生えちゃうからなっ」
「れおく〜ん?聞き捨てならないんだけどぉ?」
「あはは。先生の目もあるし、さっさと終わらせるよー」
真っ赤な教室の中で、ひとりきり。
仲の良い彼らを見送った彼女の姿はいつもより小さく見えた。
アイドル科の生徒は男子のみということもあって――友好的とは言い難い性格の彼女にとってはやや窮屈な世界だろう。
身内と呼べるような友人にすら溢せない愚痴もあって当然だし、鬱屈とした世間に辟易してオアシスを求めるのは人として当然の願望だ。
けれど。誘いも断って、閉じ切った世界の中で窓の外を羨むように黄昏ているものだから。扉を開けて、こちらに顔を向けさせるように彼女の名前を呼ぶ。
「よぉ。鹿矢ちゃん」
「……朔間先輩、なんで」
火事のど真ん中みたいな燃えている色の中で、彼女は目を丸くして、瞳の中心に俺を映した。
「なんでって。通りがかりに見えたから?鹿矢こそ、ひとりで何やってんだよ」
「あ、ああ……課題です。いちおう『広報準備室』なので、授業とは別にあるんですよ」
「へぇ」
手伝ってやろうか?と言ってやれば首を振って、「自分でやることに意味があるので」と言いながらも一向に課題を再開する気配は無い。
じっとこちらを見つめて、何かを言いたそうにしている。
「どうした?言いたいことは言わねえと、いくら俺様ちゃんでも分かんね〜ぞ」
「……うう、笑わないでくださいよ。…………なんだか少し寂しくなっちゃって。いやだなあとか思ってたら先輩が来てくれたから」
先輩がヒーローみたいで、と彼女は夕陽に溶けながら、恥ずかしそうに笑った。
***
午後一番の作業を終えて、送信ボタンを押して。
空調の効いた部屋をあとにして、開放感にあふれた中庭の大樹の下にごろんと寝そべる。
平日のお昼真っ盛り。ビジネス街でもないので人通りもあまりない。学院に通っていたときは専らガーデンテラスだとか空き教室やらで作業に没頭していたけれど、近所の図書館も捨てたものじゃないと思う。
修理から戻ってきた端末をスライドさせていると、ぱっと画面が変わって着信を知らせる表示がされて。
間髪入れずに出てやると、『予知でもしてたノ?』と若干引いたみたいな声が聞こえてくる。偶然だから引かないでほしい。
「データならさっき送っておいたよ」
『うン、今確認してるヨ。……データを送ってくれたばかりで申し訳ないけド、追加でいくつかお願いしたくて電話したんダ』
「あ、そういうこと。平気平気、雑務ならどんとこいだよ。休学中だしやることもないからね」
『ありがとう鹿矢センパイ。心強いヨ』
退院をしてからというものの、私はリハビリに通いつつ近所の図書館で暇を潰すことが多くなった。
家族には散歩ついでに勉強をすると言って。そもそも共働きで、日中の家には誰もいないからさほど問題はないのである。
まあ暇と言っても逆先くんの手伝いをしているから、データと向き合うことがほとんどなのだが。
逆先くんはまだ、斎宮や深海くんを手にかけた生徒会を倒すことを諦めていなくて、逆転の一手を試行錯誤をしながら練っている。
日々樹くんと『fine』のステージが決まったからというのも彼を突き動かす原動力のひとつだと思う。
朔間先輩が学院に居ない今、五奇人の最後の砦となっているのは実質日々樹くんである。豪華なステージを予定しているようだし、生徒会の見立てとしても最後ということなのだろう。
無計画に“なにかしよう”という漠然とした目標しかなかった私と逆先くんとでは大違いで。手元にあるデータやらは彼に使って貰ってこそ武器となるから――依頼もあって、逆先くんに協力することにしたのである。
それに、五奇人のうちで唯一の一年生である逆先くんを朔間先輩たちは可愛がっていたから。こうして手伝うことで、多少は彼らの意を汲むことにもなるだろう。……まあみんなして逆先くんをこの抗争から遠ざけがっていた節もあるけれど。
『そういえば校内SNSに入れなくなったのは解決したノ?』
「いや、私のは入れないね。強硬突破して見てるかんじ」
『成る程。まあ特殊な立場は武器になり得るからネ……、方法については詳しくは聞かないでおくヨ』
――【海神戦】の翌日、やはり蓮巳は私の存在に気付いていたのか、自分の校内SNSアカウントには入れなくなってしまった。
休学中であるとかそういう理由をつけて対応したのだろう。手を回す速さは流石である。
多少のお金を積めばアカウント買収なんて容易ではあるものの余計な支出は正直痛い。今は特に収入があるわけでもないし。情報収集費用としては安価だと思うが。
『……でもそれこそ『Knights』のひとたちに頼めばいいのニ。っていうか『Knights』はいいノ?鹿矢センパイはあのユニットのお抱えでショ』
「今はね、大丈夫。少なくとも私は生徒会の間者じゃないよ」
『その心配はしてないヨ。鹿矢センパイ、そういうのはめっぽう“きっちり”してるっていうカ……。『Knights』が居るとなればサポートをしてるボク達を普通に敵に回しちゃうシ、かと言って立場を利用して負かそうとはしなかったシ』
逆に清々しいからネ、と電話越しに感心だか呆れだかの声が漏れ出るのが聞こえる。
『Knights』はたしかに五奇人とやり合う機会もあったから、それを指しているのだろう。
『……それじゃあボクは作業に戻るかラ、依頼はまたメールで連絡するネ』
「うん。逆先くんも休み休みやりなよ」
『鹿矢センパイが言うとあんまり説得力ないけド。……反面教師にしろってことかナァ』
「あはは、そんなところだよ」
じゃあまたね、と電話を切って背伸びをする。
凛月くんを除いて一年生と絡むことは少ないから、先輩のように振る舞える唯一の逆先くんのことを後輩みたいに思いつつ接してはいるのだけれど――オーバーワーク気味な私を知っていたからか、手厳しい言葉を並べられがちである。
先輩の座にすら居ない気もするが、敬称は付けられているのでギリギリそのラインに立ててはいるのだろう。
私はともにステージに立つアイドルでもないのだから、近しい距離というのがそもそもレアで。
仕事としてではなく個人的に仲良くすることができるというのも、変わり種の多い夢ノ咲学院では貴重というか――独りよがりな好感だけでは友達にすらなれないのは当然で、周辺環境を考えれば私はけっこう恵まれていると思う。
真っ先に浮かぶのはやっぱり『Knights』のふたりで、彼らが居なければまた他の形で友人をつくっていたのかもしれないけれど。想像もつかない。
「いつかこれも『Knights』のためになるのかな」
どんな経験もきっと糧になる、と思っていないとやってられない。
今後『Knights』のそばにいるうえで、どんなことが起きるのかも分からないし。耐性やらはつけておくに越したことはないだろう。
事務仕事くらいなら出来ると連絡をしたものの、やはり瀬名は私に仕事を振らないし、本格的に治らないと彼らのそばにすら居れないらしい。
泥濘んだ道を歩いている心地だ。
整えられた場所だけを歩いたことなんてなかったが、それでも今までは『Knights』や凛月くんがそばに居てくれたからバランスを保てていたのだろう。
でも逸れた凹凸の砂利道を選んだのは自分なのだから、寂しいとか、心細いとかそういうマイナスな感情は振り払うべきで。
「(……大丈夫ですなんて言っておいてこんな怪我したんだから、合わせる顔もないし)」
いつかの教室に、何の気無しに現れてくれた先輩の表情を思い浮かべては消して、息を吐く。
忘れ去ってしまいたい感情を塵すらも残さず消えてくれる音は、もう聴こえないのに。
木の枝の隙間から見える空は、清々しいほどの晴天で憎たらしい。
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