#31
恵まれた環境に居たと思う。
家族は私の学院生活を応援してくれていたし、先輩や友人も偏屈なひとが多いけれど優しいひとばかりで。身に余るほどの称号や立場を与えられて。
大好きな『Knights』のそばにいられて。
なんて、幸福な日々だったのだろう。
“それだけで生きていける”なんて理想論だ。
時間が経てば感情や周りの要素は変化して、救いすらもしまいこんで下を向いてしまうから、救いようがない。
そうならないように。しまいこまずに大切なものを抱えて歩いてきたけれど、器が欠けていくたびに段々と取りこぼしていく。
凛月くんにはこんな未来が見えていたから、もうやめてと止めてくれたのだろう。
あと少し、と引き伸ばした終わりのそばに私は立っている。
ハッピーエンドではなくデッドエンド。
観客席が断頭台だなんて、天祥院もイヤな言い回しをする。
歩くたびに向けられる目、噂話、ちょっとした罵倒。その間を掻い潜って息をする。
雑音の中に、大好きな音が聴こえた。
「妻瀬?」
懐かしい声に呼び止められて。夢かと錯覚する。
――学校に足を運べばいずれ顔を合わせるだろうことなんて分かっていた。
でもよりによって今日、顔を合わせることになるとは思ってもいなかった。
「……どうして、」
「……久しぶり。瀬名」
困惑に満ちた表情で、彼は私に近づいてくる。
隣に月永の姿は無い。
***
「退院したのはくまくんから聞いた。……忙しくて顔を見せられなかったのは悪かったと思うけど、休学中のあんたがどうして此処に居るの」
瀬名の問いは至極真っ当である。
休学中の用事は昨日済ませたし、本当ならもう足を運ぶ必要はなかったのだ。
嘘をついて誤魔化そうか。でもそれは彼が一番嫌がりそうだ。
「ドリフェスを観に。今日は日々樹くんが出るから」
「『五奇人』のサポート、休学しても押し付けられてるわけ?」
「違うよ、私が勝手にしてるだけ」
私の言葉が逆鱗に触れたのか、彼の表情は一気に険しくなる。
彼にとって気に食わないものが現れたときのそれと似ている。
「本当に自分勝手だよねぇ。俺は治療に専念して、って言ったはずだけど」
「ごめん、」
「くまくんも……れおくんだって心配してた。それなのに無理して這い出てきちゃってさぁ。妻瀬は『Knights』じゃなくて『五奇人』の味方なの?」
「私個人の案件に『Knights』は関係ないよ」
「っ、」
鋭い口調を突き返すように言葉を投げ掛ければ、彼にしては珍しく怯んだらしく言葉を詰まらせる。
……妻瀬が居なくても平気だって、虚勢を張ったのは瀬名だ。
事務仕事くらいできる、って言っても断るくせに。五奇人だけの味方をしてるだなんて言われるのは心外だ。
どうしてそんなふうに責められないといけないの。
どうして、瀬名が辛そうな顔をしているの。
「そもそも。『五奇人』相手に雑用以外で妻瀬が何をできるって言うわけ?怪我してるんだから満足に動けないだろうし、居るだけ邪魔で時間の無駄でしょ」
「…………勝手にしてることなの。瀬名にとやかく言われる筋合いはない」
「はぁ?俺はあんたのこと心配して、」
「じゃあ言い方を変えて。邪魔とか無駄とか、喧嘩を売られてるとしか思えないんだけど」
彼がひねくれていることは分かっているはずなのに、優しさが潜んでいることくらい理解できるのに、今は頭がうまく処理してくれない。
売り言葉に買い言葉のような台詞は互いにヒートアップしていく。
一触即発、みたいな空気は道を行き交う生徒たちの注目の的である。
『fine』対日々樹くんのドリフェスの影響もあって学院全体はやや浮かれた雰囲気でもあるし、ただでさえ私は唯一の女子というのもあって目立つから。
『Knights』と私が近しい関係ということを知る人も少なくはない。奴らが揉めてるらしいというのは格好のネタだろう。気にしてる余裕はないけど、好奇の視線が刺さって痛い。
「きみたち。さっきから道を塞いでて邪魔だね?揉め事なら他所でしてほしいね!」
そんな私と瀬名の言い合いをかき消すように――ひときわ大きな声が辺りに響き渡る。
視線は一斉に彼に集まって、私も思わず目を向ける。
「巴、」
声の主である彼は、『fine』の衣装を翻しながらずかずかと近づいてきて――睨み合っていた私と瀬名の間に割って入る。
そしてわざとらしく「ああ、鹿矢」と今私であることに気づいたみたいに笑った。
「ぼくの勇姿を観に来てくれたんだね?ありがとう!きみの応援があればぼくは無敵だね!」
「え、いや、」
「うんうん、言わなくても分かるね!それだけは良い日和っ!此処まで来るのも大変だったよね。というか、“ひとりで”平気?補助に誰か寄越そうか?」
「ひ、ひとりで大丈夫……」
「そう?じゃあ、気をつけておいでね。待っているから」
言いたいだけ言って、というか良いように解釈をして、巴はひらひらと手を振って去っていく。
先ほどまで私たちを眺めていた野次馬も、巴を激励するために歓声を上げながらぞろぞろと彼の後に着いていったので、視線の山から解放される。
――どうやら巴は助けてくれたらしい。
「なんなのあいつ。妻瀬、知り合い?俺を居ないみたいに扱って腹立つんだけど」
「ははは、まあ友達というか」
「『fine』でしょあいつ……。あんた本当に敵味方問わずっていうか。色んなところに縁をつくってるよねぇ」
瀬名は、人びとに囲まれながらそれに応える巴の後ろ姿を見つめている。
躍進する『fine』に思うところはあるのだろう。
「……どうせ、俺が止めても行くんでしょ」
「……うん」
「はぁ。もう勝手にしなよ。妻瀬個人の仕事に『Knights』は関係無いんだもんねぇ?」
不貞腐れたように言い放って、瀬名はそっぽを向いて歩き出そうとする。
「(その言葉、気にしてたの)」
今更ながらに、私が口にした言葉は瀬名を傷つけてしまったのだと気がつく。
きちんと言ってくれないと、分からないよ。
――でも。きちんと言ってくれないのなら。彼の憎まれ口の後ろにある本音を読み取らなければ。その道中の棘をかき分けて受け取らないと、瀬名の優しさに手を伸ばさないと。彼を一人にさせてしまうんじゃないか。
私は懸命に手を伸ばして離れていく彼の腕を引く。
よかった。まだ、届く距離だ。
「……なに」
「…………さっきはごめんね」
幼稚園児が喧嘩をした時に言うような、なんてことない台詞だ。
アバウトにも程がある。けれど今絞り出せるのはそれしかなくて。
触れる機会なんてほとんどなかった瀬名の腕は想像よりも細くてしなやかだ。
自分がどれほど彼のことを屈強な人間に思い描いていたのかを思い知らされる。
背を向けられているから表情は分からない。
振り払わないということは、私の話を聞いてくれると言う意思表示なのだろう。
「身内みたいに言ってくれてありがとう。すごく嬉しかった。今日が終わったらちゃんと戻るよ」
「……ちんたらしてると置いてくからねぇ」
「うん。そしたら追いかけるから」
大切なものは山ほどある。
だけど、やっぱり。墓標を建てるとするのなら『Knights』がいい。
いちど首を括るけれど――すぐ生き返るから。本当に死にはしないし。
置いていかれるのだけはイヤだから、死に物狂いで走って追いつくよ。
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