#34




天祥院の歌声が、響き渡る。
脳に、身体に、焼き付くみたいな声。
顔色は昨日見たときよりも悪くて、いまにも倒れそうだ。なのに必死にステージを紡いでいる。

彼の表情をこの目で見るまで、私は今日が終わりだと思っていて――それに違いはないのだけど、五奇人を成敗することが最終目的なのだろうと浅はかにも決めつけていた。
きちんと考えれば分かることなのに。
……あれらが、この小さな世界のてっぺんを取るためだけの労力なはずがない。

朔間先輩もそうだけれど、頭の良い人は私たちよりもずっと大きな視点で物事を見て、考えていて、天祥院もそのうちの一人なのだと思う。
天祥院は学院なんて小さな世界ではなく、より大きなものを見ているのだろう。

夢ノ咲学院は業界へ多くのアイドルを輩出し、関連企業に就く卒業生も少なくないと聞く。
けれど。近頃学院の評判は頗る悪い。
質の低下だとか素行の悪さだとかは言い訳ができないレベルで、そうしたアイドルが跋扈することで業界全体を低迷させているからだ。
仕事を取るのに苦労もしたから空気感はよく知っているし、学院の名前を出しただけで怪訝な顔をされることもあったくらいで、退学や引き抜きが日常茶飯事だった理由も頷ける。

もしも天祥院が夢ノ咲学院だけでなくその先の、彼らが歩む先の芸能界――アイドル業界までもを憂慮しているのであれば。
これは紛れもなく『アイドル』が輝きを取り戻すための物語で。
腐りきった混沌の頂点を獲るためだけではない、幸福な未来を描くための革命だ。


【チェックメイト】のリハーサルの時、私は『チェス』もどきと連絡をとっていたからステージ上で何を話していたのかを殆ど知らないのだけれど、天祥院が何か変なことを言ったらしい、みたいな雰囲気は感じ取れた。
青葉が天祥院を諌めていたのを、記憶の隅にだけれど覚えている。
ろくでもない奴なんだろうな、というのはその後の月永の言動からも伺えたのだが。

……その割に。月永の曲をやけに楽しそうに、嬉しそうに歌っていたから。
心の底からステージを楽しんでさえいるような、アイドルであることが幸せみたいに笑っていたから。
彼は、アイドルが大好きなのだと思った。

「(だからこそだって言うの。アイドルが好きだから、五奇人も月永も使って変えようとしたの?)」

天祥院のもたらすものは大衆にとって「悪」ではない。
「希望」とラベルを貼って撒き散らしたものは彼らにとっては本物だ。
……最小限の犠牲をもって世界は作り直される。
少なくとも、混沌の渦からは抜け出せる。
やり方は大嫌いで最悪だし、大切なひとたちは“そんなもののために”傷ついたのだから――誰が何を言おうと、どんな未来が来ようと許すことはできないけど。



***



大切なものだけが増えて、あっという間に零れていく。指の隙間から落ちていく。
いくら努力をしたところで、私は何もかもを抱えて守りきれるほど強くはなれなかった。
その過程で、数えきれないほど罪を重ねてきた。償わなければならないものは沢山ある。

『Knights』だけの味方をしていたかった。
色んなひとと出会って、仕事をして、輝くアイドルたちを観た。優しさに触れた。幸福や報いを貰ってきた。
他人事になんてできないでしょ。

でも、見ていることしか、背中を押すことしか許されない。
当たり前のこと。きちんと弁えてきた。
『アイドル』ではないのだし、境界線を越えることをしなかったのは他でもない私自身だ。

……だから結局、私は『Knights』の味方でもなんでもない、ただの傍観者でしかなかったのだろう。
そうなりたかっただけの、なり損ないだ。
『広報』としては五奇人の彼らを悪として貶める結果になってしまったし、“不出来な機械”というのもあながち間違っていない。

『…………このままどこかへ行こうか』

逃げないと決めた今でも、巴の言葉は頭をぐるぐると回っている。
逃避行は甘えじゃない。分岐路を行くだけかもしれない。その先の違う道で頑張れば、逃げじゃなくてむしろ進むことなのかもしれない。
追いかける道は壁や穴で隔てられて、見失ってしまうかもしれないし。……それなら。

『此処じゃないどこか遠くに。そうすればきっと、きみもぼくも笑って過ごせるはずだね』

此処じゃない遠くへ逃げてしまおうか。
無責任に全部を投げ出してしまおうか。
だって優しい世界で生きていきたい。
本当は死にたくなんてない。
ひとりでなんて居たくない。

『もう、勝手にどっか行かないでよ』
『……おれが居なくなっても、セナを頼むよ』
『頑張ったな、鹿矢』

――それでも。それでも。
どうしても、捨てきれない。
優しくしてくれた大切な友人を。先輩を。
『Knights』を見捨てることなんてしたくない。

『あんたにしかできないことだって、あるんだから。そっちを頑張ればいいんじゃない』

イヤホン越しに耳に注がれた彼のうたと穏やかに笑う騎士の表情が、忘れられない。

観ていたい。■■■■■■。
その煌めきを知らせたい。■■■■■■。
夢や願望の形をした欲望を原動力にして歩いてきた。これからもきっとそう。叶わないものを抱えながら私は観続けるのだろう。

「(……本当に最期みたい)」

『fine』のステージはフィナーレを迎える。
優美な音楽と洗練されたパフォーマンスを讃える声が会場を満たしている。

レクイエムとしては、至高。
無音でないだけ幸せなことだ。――でもまぁ、欲を言うのなら。
最期の光景として刻むなら『Knights』のステージがよかったなぁ、なんて。心の中で我儘のひとつやふたつ、言ってもいいよね。

無力感と罪悪感を吐いて、吸って、耳鳴りのように響く音に耳を澄ませる。
喉を締める鐘の音は、鳴り止まない。




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