#03




――さて。
革命、と言っても事前の仕込みもなく反旗を翻せるわけでもない。

朔間さんの指示で『Trickstar』の特訓の第一弾は個人特訓となった。
各々の至らない部分を強化し、戦力を備える。
約二週間で学院最強ユニットに挑もうと言うのだから、準備をし過ぎてもそれに越したことはないだろうし作戦としてはベターだろう。

各々が奮闘する中、私は彼らのサポートをしつつ普段通りの生活をしている。
サポートと言っても、簡単な差し入れとかくらいだけれど、頑張っている子を密かにサポートするというのは青春マンガのようで少しワクワクするものだ。

……後輩補正も、多少あるかもしれない。
衣更くんは生徒会の、遊木くんは放送委員会で顔見知りなので――とくに遊木くんなんかは、初めのうちは私を苦手としていたようだけど、話していくうちに普通に接してくれるようになったので比較的好感度は高い。
クラスメイトの瀬名とは昔から縁があるらしいので、そういう面白い繋がりもあったりして。

「差し入れだよー。遊木くん、……どうしてそんなにボロボロなの?」
「お疲れ様です、妻瀬先輩。あはは、バンジージャンプとかしてたら、こんなになっちゃって……」
「バンジー」

クレイジーというかなんというか。さすがロックな大神くん、なのだろうか……。
外野が口を出すことではないけど私なら即ギブアップしていまいそうだ。

すでに満身創痍な遊木くんだったけれど、休憩時間は無慈悲にも終わりを迎える。
会話を楽しむ間もなく、大神くんによって次なる試練へ連行されていく姿は心なしか悲壮感を帯びていたけど、逃げ出す素振りはない。

「(……頑張ってるなあ、みんな)」

他の『Trickstar』の面々は遊木くんほどまではないにしても、情熱をもって懸命に特訓に取り組んでいる。
プロデューサーである彼女も、自ら栄養学を学びに行ったり、右も左も分からないながらも力になりたいという熱が伝わってくる。
後輩たちの懸命な姿勢を目の当たりにすれば、応援の一つや二つしたくもなるものだ。

……がんばれがんばれ。夢ノ咲の行く末は君たちにかかっているかもしれないんだよ。
なんて、プレッシャーになりそうな鼓舞を心の中でしながら、私はひらひらと手を振って遊木くんを見送った。



***



ひと通りの差し入れを終えたら、次は自分の仕事へ。
書類束を持って生徒会室へと急ぐ。
二年と少し通い慣れた道だが、量が凄まじいこともあり腕がプルプルする。老いを感じる。

「体力的には今が全盛期なのかな……」

部活動で運動しているわけでもなく体育で身体を動かしているだけでは、忙しなく動き回っている今が一番なのかもしれない。

この学院で過ごす時間は人生の中でほんの少しの時間だ。
たったの三年。されど、三年。
朔間さんは四年。でも留学していたし、三年もないのかもしれない。
……ともかく、最後の一年ということで。
色々あった二年間だったけれど、あれで終わりではなかったのだ。
また、“革命”が起きようとしている。
それならばと。サポートくらいやってやろうと奮起する自分がいたことに驚く。復讐心とかそういうのではないつもりなのだけど。

「どうにかなるといいなあ」

私は、アイドルではない。
どうしたって同じステージには立てないし、何かを背負ったり変えるなんてできない。
私にできるのは、するべきは、……ううん、したいのは、彼らの煌めきを伝えること。
幾万の星々の中でもより輝く彼らの姿を、誰かに伝えたい。勿論それだけではないけど、そこそこの情熱をもって二年間頑張ってきた。

でも、少しだけ。プロデューサーという名の下で、『Trickstar』とともに歩もうとしているあんずちゃんが羨ましい。
私にはチャンスすら与えられなかった“プロデューサー”という立場にいる彼女は、彼らとともに希望を背負って突き進んでいる。
いいなあ。なんて、思っちゃったりして。

「――妻瀬。廊下のど真ん中で突っ立って、なにしてるの」
「っうわ、びっくりした」

振り返ると、クラスメイトの瀬名が呆れ顔が視界に飛び込んでくる。
いつの間にか立ち止まってしまっていたらしい。考え事をしながら歩くのは良くない癖だ。

「通行の邪魔。あと何、その書類の山」
「ごめんごめん。これはねー、最近のドリフェス関連の報告書用の写真とか。まだまだ紙文化の部分も多くて」

心臓に悪い登場をした瀬名は興味無さそうに書類の束を見て、思い出したようにそう言えばと続ける。

「急ぎじゃないから明日でいいんだけど、加入申請書お願いできる?一枚でいいから」
「うん?明日渡すね。……意外。新入生で瀬名の御眼鏡に適いそうな子、いたんだ」
「一人ね。……見定め期間ってところ。忙しい時期だろうけど、妻瀬も時間できたら来なよ」
「そうするよ」

羨ましい、とは思うけど。
あんずちゃんが『Trickstar』と歩んでいるように、庶務的な、お手伝いさん的な意味で私は『Knights』の面々と関わりがある。

――『Knights』の前身である『チェス』時代から、膨大な生徒を抱えていたユニットであり、学院ではじめに仲良くなった瀬名と月永の所属するユニットという理由で庶務部分を担ってきた。
紆余曲折を経て分裂し『Knights』に落ち着いた今でも彼らのサポートを行っている。
些細な関わりだとしても、頼られて、力になれるのなら嬉しいものだ。

「なーに、気の抜けた顔して」

だから、一番初めに隣の席だった彼に感謝している。
瀬名が居なければ私はもっと卑屈で、救いようのない人間のままだっただろう。
『チェス』と関わることがあったとしても、『Knights』に関わることはなかったかもしれないし。

自信満々で、プライドが高くて、口が悪くて、不器用なひと。でもそれだけでないことを知っている。
その自信の裏付けである努力と実力と優しさを、この二年間見てきたのだから。

「なーんにも?じゃあ、練習がんばって」
「ん。妻瀬も、書類ぶちまけないようにね」
「あはは、たしかにー」

すたすたと歩いていく瀬名の背中を見送る。
月永が隣にいない瀬名の背中は、やっぱり、寂しいけれど。




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