#15




スタジオの扉を開いた瞬間、なんとも言えない空気に見舞われて息を呑む。
『Knights』の面々の視線の先には司くんが居たので――どうも彼が何かをやらかしたらしい、ということだけは分かった。
なぜか居たあんずちゃんも微妙な表情だ。

「……どういう状況?」
「そこのクソガキがさぁ、やってくれたんだよねぇ」
「何の相談もなしに『Trickstar』に宣戦布告しちゃったのよ。アタシとしてはいい息抜きになるとは思うんだけどねェ?」

宣戦布告。
つまるところ司くんは独断専行でドリフェスを仕掛けたのだろう。
彼のことだから悪気はないのだろうけど、ユニットに所属する以上「報告・連絡・相談」は基礎の基礎である。

「なんとなく理解した。まぁ、戦うこと自体は悪くないと思うけどさ。正直なところ私も『Trickstar』にはやり返して欲しいところだったし……?」
「あら、鹿矢ちゃんってば素直♪それには同感よォ。……っていうか、やっぱり鹿矢ちゃんにも伝わってなかったのねェ」
「はは。初耳ですね」

幾つかのステージやイベントへの出演を経て分かったことだけど、司くんはやや暴走しがちな面がある。
呆れ顔で文句――もとい正論を垂れている誰かさんと似ているようにも思うけど。

『Trickstar』といえば、『Knights』が辛くも【DDD】で敗戦を喫したユニットだ。
今回のドリフェスは謂わば彼らへのリベンジ。
事前に相談したところで納得させられるかどうかは微妙どころか望み薄なので、独断専行してしまった司くんの気持ちは分からなくもない。

もう慣れてしまったけど『Knights』の面々は夢ノ咲学院でも屈指のマイペース集団だ。
それにプライドも中々に高いほうで――司くんを除いた三人が、『Trickstar』に再戦を仕掛けるなんて考えもしなかっただろう。
だから私としては願ってもないリベンジマッチなので、内心嬉しい気持ちもあったりするのだけど。負けっぱなしは悔しいし。

「先輩」
「うん?」

やや居心地が悪そうなあんずちゃんは私の裾をくい、と引いて気不味そうに目を合わせる。
思えば彼らと仲良しのあんずちゃんの前で敵意に満ちた台詞を放ってしまったのだ。
“『Trickstar』にやり返してほしい”という言葉を気にしているのかもしれない。

「……ごめんごめん、大人気ない発言だったよね。『Trickstar』が嫌いとか恨んでるとかそういうわけじゃなくてね。『fine』や『紅月』が相手でも同じことを言うよ」

私の言葉にあんずちゃんは呆気に取られたような表情をして、なるほど、やっぱり鹿矢先輩は『Knights』が大好きなんですね、と笑みを溢す。
隠しているつもりはなかったけれど、面と向かって言われると少し恥ずかしい。

……嫌な気持ちになっただろうに優しい子だ。
言葉のひとつも拾って、それを理解してくれようとする姿勢は誇るべき点で。
これまでもアイドルたちを支えていくなかで彼女の長所は色んな形でいい方向に働いたことだろう。
転校から数ヶ月の間で多くの案件を手がけ、いまや引く手数多の『プロデューサー』であるのがその証拠だ。

「……とにかく。凛月ちゃんも起きたし、鹿矢ちゃんも来たしちょうど良いわね。司ちゃん。説明してくれるかしらァ?」
「はいっ!我ら『Knights』の勝利のために、この朱桜司は全力を尽くしますっ!」

――やる気に満ち溢れた司くんが語るに。
『Trickstar』を相手取るドリフェスは【デュエル】なのだと言う。
久しぶりに聞く単語に声を溢せばどうやら瀬名やなるくんも同じような反応をしたらしく、同情の視線を向けられた。

形式なんかもそのままなので、過去の資料を漁りでもしたのだろう。
彼なりにこれまでの『Knights』をリスペクトしていることも、『Knights』を思ってこその行動ということも理解出来る。
というか、【DDD】での一件は司くんにとって半ば無理やりに事を起こすほど不服というか悔しかった出来事らしい。……それにしたって凄まじいほどの行動力だが。

「(『Trickstar』なら、たぶん『チェス』もどきのようにはならない。賞金の出ない『B1』だとしても、正々堂々と勝負をしてくれると思うけど)」

“最悪”を思慮してしまうあたり、思考のアップデートが出来てないなと小さくため息を吐く。
【デュエル】自体に良い思い出はないが、もう抗争ばかりのあの頃ではない。
抗争はとっくのむかしに終わったことだし、『Trickstar』が革命を為した今、夢ノ咲学院は変わり始めている。
取り巻く環境も『Knights』のメンバーだって変わった。なので、【デュエル】と言っても形式だけを借りた全く異なるドリフェスになるのだろう。

――なんだかんだで『Knights』の面々は“やるしかない”という雰囲気だし。
せめて何事もなく終わることを祈るばかりだ。



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