#17




パシャ、パシャ、とフラッシュを焚く瀬名を横目にキーボードを走らせる。
私のカメラですがとか、何枚撮る気なのかという気持ちはあれど、これで彼の気が収まるのならいいかと思ってしまう私の倫理観やらはとうの昔に犯されてしまっているらしい。

瀬名をその気にさせるためとはいえ、合同練習の間は遊木くんの撮影を許可する、というある種の強硬策に出たあんずちゃんも中々だけど。
さり気なくアドバイスしたことをプラスアルファで実行してくるあたり末恐ろしい『プロデューサー』である。

「妻瀬〜?このデータは貰うから。っていうかあんたの手元にゆうくんの写真を残すのも嫌だし、勿論買い取らせてくれるよねぇ?」
「どうぞどうぞ。あとで利用料も付けて請求するからよろしく」
「うう〜……妻瀬先輩まで僕を売るんだ〜!」

必要な犠牲もあるんだよ、なんて残酷なことは言わないけど、あんずちゃんのサポートを買って出た手前彼女の方針を変える権利はないし。
ごめんねとにっこり笑ってやれば返ってくるのは絶望顔で、良心が若干痛む。

――非公式戦ではあるけど、集客は好調。
顔の広い衣更くんの協力もあって舞台装置も整い始めている。
今作業をしているパンフレットの校正が終われば、後は印刷してチェックして、グッズ案の監修をして……と裏方の作業はまだまだ残っているが。こちらもいつも通りの作業なので目処はついている。
衣装はあんずちゃんが準備してくれているし、合同練習も特段問題なし。
あとはこのまま双方のやる気が減退することなく当日を迎えることが出来たのなら上々だ。

「うい〜っす、お疲れさ〜ん♪」
「おぉ、衣更。いろいろ任せてしまってすまん、【デュエル】の会場の設営は片付いたのか?」
「おう。仙石とか、いつも俺がお世話してる連中が集まってくれてさ。準備のほうはいいからレッスンに集中してほしい、って送りだしてくれたんだよ」

――それでも、個性の塊である面々の集う空間は、あんずちゃんという良心のおかげで保てているようなもので。
ゆえに合流してくれた衣更くんの参戦はありがたいというか、彼女にとっては天から手を差し伸べられたと同義だと思う。
衣更くんは『Trickstar』の“しっかり者”ポジションで、『Knights』で言うなるくんみたいな調整役のようだし。

「妻瀬先輩も、ありがとうございます。あんずから聞きました。裏方仕事とかを結構押し付けちゃってるみたいで……なんか、すんません」
「全然平気だよ。衣更くんこそお疲れ様。こちらこそ、瀬名がごめんね」
「あはは……。まぁいい機会になると思うんで、気にしなくていいっすよ」
「ならいいんだけど。あ、ほら。明星くんが呼んでるよ。衣装の一号が完成したっぽいね?」
「おぉ、ほんとだ。あいつらは仲良くやってるみたいっすね。よかったよかった♪」

衣更くんは衣装の試着をしている明星くんと、それに付き添っているなるくんのもとへ駆け寄っていく。
私はそれを見送って、作業に意識を戻す。

……騒がしい環境音にも随分慣れた気がする。
空き教室や瀬名が一人でレッスンをしているレッスン室の隅で作業をすることが多かったから、BGMにしては賑やかな音に初めは戸惑ったものだ。

「(時代は変わっていくものだしね、……違う意味で瀬名は生き生きしてるけど)」

ノスタルジックな気分になりながら、オレンジと紺とかいうほぼ補色の組み合わせのデータをチェックしていく。
【デュエル】のルールも記載しているから資料と照らし合わせて、矛盾点がないように。分かりやすいように。慣れた作業でも抜け漏れのないように。

裁縫の心得はないから、衣装を全部あんずちゃんに任せてしまっているのは申し訳ないし。誰かがやれば務まるものは引き受けて処理をしている。
良く言えば適材適所とも言うけれど、“出来ること”の幅が少ない私にはこのくらいでしか力になれない。
なんて言い訳めいた台詞を吐けば、怪訝な顔をされるだろうから言わないけど。

「鹿矢ちゃん。作業中にごめんなさいねェ、救急箱どこかになかったかしら」
「ん?あるよ、確かここに……あったあった。誰か怪我でも……って」

賑やかに仲良くしていると思えば、あんずちゃんはなぜか指から血を出して、凛月に舐められている。
あんずちゃんに懐いているなとは思っていたけど、衣更くんの叫んでいる通りこれはちょっとやばい絵面だ。
膝枕はまだしも指を舐めるのはほとんどセクハラである。

「ちょっと目を離しただけなのに。なんかカオス空間になってる……」
「すんません、妻瀬先輩。こいつ剥がすの手伝ってもらえます?後輩を救うつもりで、って言うか……先輩の言うことなら凛月も大人しく聞くだろうし」
「それは過大評価。衣更くんには敵わないと思うけど、了解。……ほら、凛月さん凛月さん。あなたはこっち」

手当てはなるくんに任せて、私はずりずりと凛月を引き摺ってあんずちゃんから引き離す。
血を吸ってちょっとだけご機嫌だったらしい凛月の表情は曇って、“不満”の文字が滲み出ている。

「ちゃんと聞いてなかったけど今から打ち合わせするんだよね。“ま〜くん”の隣、はやくしないと『Trickstar』の子で埋まっちゃうよ」
「それは嫌……。鹿矢、連れてって」
「はいはい。私を甘やかす係の名が泣いてますけど」

了承すればほぼノータイムでぼすん、と背中に凛月はのしかかってくる。首が絞まる勢いで。
華奢ではあるものの自分の身長よりもいくらか高いので重さはある、けど、運ぶのが無理とは言えないレベルなのが腹立たしい。

「今は休憩中なの〜。あ、鹿矢の背中あったかい。これなら安眠できそう……。極楽極楽♪」
「寝ないでね。目的地はすぐそこなので。……はい、着いた」
「うう、鹿矢のケチ。あったかいのが逃げていく……」

全身の筋肉が鍛え上げられるような心地になりながら、私は衣更くんの隣へ凛月を運ぶというタスクを無事クリアして息を吐く。
手続きの諸々を済ませて帰ってきた司くんにも目撃されてしまったので、凛月の先輩としての威厳やらが心配である。

「(……そういえば凛月が血を吸ってるところ、初めて見たかも)」

私も書類作業とかをしていて凛月の前で指を切ったりすることもあったように思うけど、吸われるとかはなかった気がする。
むしろ嫌悪感すら示していたような。記憶は朧げだけど。

「(いや、べつにいいけど。吸われたいわけでもないし)」

美味しそうか美味しくなさそうかで言えば美味しそうであって欲しいと言うだけ。
まあこれまでにそれすらも言われなかったということは、そもそも眼中にないのだろうし。私から言い出すことでもないだろうし。
……つまるところ。凛月は、私の血に興味が無いのだ。

衣装を縫っているあんずちゃんの指には絆創膏が巻かれている。先ほどまで凛月が口にしていたところだ。
寂しいわけではない。でも、ちょっとだけ、虚しさみたいなのがやってくる予感がする。
慣れっこな感覚ではあるけれど、やっぱりあまり好きではない。



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