#20




ぜえぜえと膝に手をついた私と、誇らしげな表情で勝利の愉悦に浸る瀬名。
私たちの目の前のモニターに表示されている数値は、現実を示している。

「む、無理!っていうか守沢がやってた難易度のままだし!」
「ふふふ。俺の完勝だねぇ?当然だけど」
「悔しい……守沢、あとは頼んだ……」
「よし、トリプルスコアを決められてしまった妻瀬の仇を討ってやろう!もう一戦いくぞ、瀬名!」
「ふん。いくらでもかかってきなよねぇ?」

トリプルスコアとか、わざわざ戦績を口に出すなんてひどい。
……数分とはいえ全身の筋肉を使い続けるのがこんなにも大変だなんて思ってもみなかった。ダンスは魔物。歌と同じでそばにいるからといって上達するものではない。夢ノ咲学院の皆はすごいのだと改めて思い知らされた心地である。

息を整えて、私は荷物番につく。
私の仇を討つと言った守沢だけど、もうそのことは頭にないのだろう。難局も楽しそうに踊っていて、対戦相手である瀬名も小言を並べながら負けじと続いて――勝負は拮抗している。
彼らの熱気のせいかちょっと蒸し暑い。と、思えば、大きな歓声が上がって。

「(うわ、ぜんぜん気づかなかった、)」

やはり、彼らはプロである。
“すごい”と映るのは私だけのはずがなく、白熱していくさまにいつの間にかギャラリーが集まっていたらしい。
振り返れば、背後は人でごった返していて――先ほどまで向こうに見えていた天祥院たちは見えくなってしまった。

これは移動もままならないぞ、と思考を巡らせていると雑音に混ざって撮影する音がひとつ。
ギャラリーを見渡せば。二メートルほど先で勝負の行方を見守っていたらしい男性が、興奮気味に端末を向けている。
……恐らく悪意があってという雰囲気ではないけれど、これは絶対に瀬名が嫌がるやつだ。
本人に気付かれればトラブルになりかねないだろう。もう気付いているみたいだけど。
断りながら人混みを無理やりかき分けて、私はそのひとの肩を叩く。

「すみません、私あの子たちの友達なんですけど。今撮影してましたよね。……消してもらえませんか」
「え?あぁ、すごい対決だったからつい。消すのは勿体ないなぁ。姉ちゃんも分かるだろ?」
「ええと、そこをなんとか」

瀬名は私越しに男の人を睨みつけている。
――なんとかするから、と眴してみたものの伝わっているかは分からない。が、私の意図を察したのか守沢が瀬名に耳打ちをして筐体から離れていく。
この状況はまずいと感じ取ったのだろう。
さすが『流星隊』を率いるリーダー。視野の広さは折り紙つきだ。

「すごいですよね、でもそういうの嫌がるので……本当、勘弁してやってください」
「ったく、なんだよ。ノリの分からねぇやつ。そこまでマジになるなよな……。ほらよ」
「ありがとうございます」

頭を下げれば興醒めたように削除の画面を見せつけて、男のひとは去っていく。
……まだ話の分かるひとでよかった、と安堵して、私はカバンを背負う。
最悪、天祥院にでも頼ろうかと思ったけど――何を交換条件に出されるか分かったもんじゃないから。

瀬名と守沢が筐体から離れたことでギャラリーも散っていく。
迷惑になりそうなくらいの人数が集まっていたし、潮時だったのかもしれない。
とりあえず一件落着、と私は瀬名らの集うシューティングゲームのほうへ足を進めた。




***



瀕死の斎宮を援護しながら映像の世界を駆けていく。
『王さま』の話をしたからか、俺の手元も狂ってしまって。……なんとか立て直さないと。こんなんじゃ、呆気なく負けちゃうよねぇ。

『大事なものは、ちゃんと掴まえておきたまえよ』

忠告めいた斎宮の台詞は、過去の光景を記憶の底から掘り起こす。

いつかのガーデンテラスで。
気ままに作曲するれおくんに、うんうん唸りながら楽譜と睨めっこする妻瀬が居て。木漏れ日を浴びながら消費していた青春の日々はもう色褪せてしまった。

「……ところで妻瀬はどこへ行ったのかね。一緒に行動していたのだろう?」
「あぁ、なんか電話が入ったみたい。こっちに来る素振りは見せてたけど、慌てて店外に行ったみたいだし」
「妻瀬も忙しいようだね。……『広報準備室』が取り潰しになると聞いた時は驚いたが。相変わらず君たちの世話を焼いているようだし、あの小娘のサポートも行っているのだろう?」
「『プロデュース科』は『広報準備室』の後釜らしいからねぇ。せかせか働いてるよ。でも、近ごろは様子がおかしくてさ……息抜きになればいいと思ったんだけど。いつまで電話してるんだか」

はぁ、とため息を吐けば斎宮は「なるほど」と納得したように声を漏らす。

「瀬名。君は妻瀬を元気付けるためにも誘いに乗ったのかね?」
「まぁね。……それに、妻瀬も『王さま』に会えば調子も戻るかなって」

あいつら、そこそこ仲良かったみたいだし。
暴走しちゃわないようにって理由で、妻瀬の見舞いに行くなとれおくんに口うるさく言って、話す機会を奪ったのは俺だ。

だからあの事故以来、二人がきちんと顔を合わせたのは恐らく、もうれおくんが引きこもってしまっていて――俺と妻瀬で家を訪ねた冬の日。
その時の妻瀬は気圧されたみたいに一言も発さなかったから、本当にしばらく話していないのだと思う。

……多少の責任は感じている。
もちろんそれだけじゃないし、純粋に会わせてやりたいという気持ちもそれなりにあって。妻瀬も文句の一つや二つあるだろうし。ううん、そんなこと、きっと言わないだろうけど。

「お節介だとは思うがね。妻瀬は自分と出かけるのを放って君がこの誘いに乗ったことを、随分嘆いていたのだよ。マドモアゼルが此処へ来るまでに散々愚痴を聞かされていたしね」
「なにそれ。……あぁもう、なんであいつ、そういうの俺には言わないかなぁ……?」
「本人に言いたまえ。君たちは呆れるほど言葉足らずだね」
「分かってるよ」

噂をすればなんとやらで、電話を終えたらしい妻瀬は三人分のカバンを背負って駆けてくる。俺と、守沢と、妻瀬の分だ。
ゲームに夢中ですっかり忘れていたけど、そういえばこいつは俺たちの荷物番をしてくれていたんだった。

「おまたせー。お、瀬名は斎宮とペアでやってるの?」
「……ん、カバンありがと。もう平気なの」
「大丈夫だよ」

どすん、とカバンを筐体のそばに置いて、妻瀬は興味津々に画面を覗き込んでいる。
妻瀬もやる?と声をかけてやれば速攻で返答をするものだから、つい頬が緩んでしまう。

「はい。とりあえずやってみなよ」
「うわ、重い」
「くまくんを運べるくらいの筋力があるんだから平気でしょ〜。ほら、構えて。敵来てるから」
「うん。操作方法は……あぁ、なるほど」

筐体に書いてある説明書きに簡単に目を通すと、妻瀬は銃を構えて、たじろぐこともなく爽快と言わんばかりに慣れた手つきで片っ端から敵を撃ち倒していく。
こんな感じかなー、と緩く笑う姿に斎宮も驚きを隠せないようだ。

「妻瀬はこの手のゲームの経験があるのかね?とても初心者の手つきとは思えないのだよ」
「少しだけね。旧機種だから操作感違うし、中学の時に友達の付き合いでやったくらいだけど。わりと好きだったかも」

そう言って妻瀬は得意げにトリガーを引く。
……当たり前だけど中学は違ったから、俺はそういう、ふつうの生活をしていた頃の妻瀬を知らない。
ゲームセンターに行くようなイメージはなかったけど、案外青春漫画のような日々を送っていたようだ。

パソコンやカメラと向き合ってばかりの彼女からは想像も出来ないが、実はこいつも一端の女子高生で。
あり得ない世界線ではあるけど、何も知らない人が見たら斎宮と並んでいる姿は恋人同士と間違えることもあるのだろう。

去年を除いて浮いた噂の一つもなくて。
それもフェイクなのだと言っていたから実質ゼロみたいなもので。
青春っぽい映画は好みらしいけど、本人のそういう話は聞いたことがない。

「(妻瀬にとっては『Knights』が一番だからなぁ……?彼氏作って〜とか、全然想像つかないかも。デートと仕事を天秤にかけた時にどっちに傾くかも分かりきってるし)」

なんて。柄にもないことを考えているうちに、天祥院は俺と妻瀬が交代したことに気付いたらしい。

「おっと、瀬名くんは妻瀬さんにバトンタッチしたみたいだね?」
「あはは、お手柔らかに〜」
「とか言って、的確に千秋に当てているじゃないか。ふふ……ダークホースの出現だね。侮れないなぁ?」
「おおっ!?本当だ!瀬名かと思っていたが妻瀬か。中々やるな!」
「あっ、やだ、追いかけてこないでー!」

経験があるとはいえ防御はからっきしで、つまりは斎宮と同じく戦禍をガンガン突き進んでいく攻撃に特化したタイプで。あ、この組み合わせ負けたかも、と交代したことを若干後悔する。
守沢に追いかけられて、弾丸を打ち込まれて、妻瀬は慌てて後退していく。

「くッ……妻瀬、一旦引いて立て直すのだよ。後援を頼めるかね?」
「りょ、了解」

けれど。二人とも負けっぱなしは気に食わないらしく、小声で作戦会議をして――反撃の狼煙を上げる。
斎宮が先導し、妻瀬は道中の雑魚敵を狙撃していく。
生き生きした表情で銃を構えて斎宮の後援に回る姿は『五奇人の味方』の頃を彷彿とさせて、複雑ではあるけど。

「(……楽しそうじゃん)」

『Knights』の連中以外と楽しそうにする姿はあまり見ないし――なにより妻瀬の背中を見るのは新鮮だ。
心強いような、でも寂しいような感覚。
後ろ姿だけでは声を聞くことはできても、表情を捉えることはできないから。

「瀬名、交代」
「えっ、もういいの?」
「うん。天祥院を一発撃って満足した」
「あはは……、それはよかったねぇ」
「おや、勝ち逃げのつもりかい?これからがいいところなのに」
「天祥院。君の相手は僕なのだよッ!蜂の巣にしてやる!」
「行け行け斎宮〜頑張れ〜」

振り返って俺に銃を渡して。妻瀬は、笑って声援を送っている。
……少しは、マシな顔になったみたいだ。

まったく、俺の気も知らないで暢気なやつ。
俺と出かけるのを楽しみにしていたのは分かってたけど、愚痴を溢すほどだとは思っていなかった。
罪滅ぼしにもならないけれど――あとでカフェにでも付き合ってやろう。
今日くらいは、あいつの気の済むまで。



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