#01




会場に響く音に世界を支配されて、圧倒的なパワーの体現者の舞うステージに心を奪われる。
“誘う”パフォーマンスに落ちていく感覚は快楽に等しく、隣でサイリウムを握っている観客は恍惚とした表情をしている。

――かくいう自分もではあるけれど。
つう、と頬を伝う水滴は涙なのか、熱気に当てられ湧き出た汗なのか分からない。
余力の全部を持っていかれる気分だ。

それに、彼の“アイドル”である部分をほとんど目にしてこなかったから、こんな一面を持っていたのだと気圧されてしまう。
だって、活躍していたのはもちろん知っていたけどちゃんと目にしたのはこれが初めてで。
華やかで艶のある歌声は、遠く離れているのにまるでそばに居て、囁かれているみたい。

重力にも似た抗いようのない力に屈服させられてしまえば最後。そこでお終い。
……たぶん、抜け出せない。

夢ノ咲学院の代表として【SS】へ出演する『Trickstar』はきっと、彼らと対峙することだろう。
とんでもない相手だよ、なんて心の中で呟いた言葉すら、取り上げられてしまいそうだ。




***




世間はもう台風のことは忘れ去って、海開きだの夏休み間近だので浮かれまくり。
夏が来るということはイベントも増えるということで。すなわち、夢ノ咲学院のアイドルたちもステージに立つ機会が増えるということで。
――繁忙期の到来である。

そんな夏の開幕戦とも言える【七夕祭】を終え、少しの落ち着きを取り戻した頃。
私を呼び出す蓮巳の声に導かれて生徒会室の扉を叩いたのだけれど。
例の如く蓮巳は不在、目の前には夏の暑さすら感じさせない天祥院が優雅に腰掛けている。

【DDD】前の、彼がちょうど復帰した時を思い出す。
あの時もこうして単身で呼び出されて、“手出しするな”と釘を刺されたんだっけ。
今回は心当たりはないけどそれっぽい忠告か、はたまた面倒ごとを押し付けられるのか。
どちらかと言うと後者とも取れる言葉に、私は耳を疑った。

「……もう一回聞いていい?」
「うん。だから、妻瀬さんには『Eve』の補助係として【サマーライブ】に参加してもらうよ」

一度目を、聞き逃したわけではないけれど。
あまりに理解が及ばなくて――にこにこと笑みを浮かべている天祥院に、表情が引き攣ってしまう。

「何故私が」
「先方直々のご指名だよ。……というか、彼らが所属しているのは君が独断で受けてしまった『インターン』先の事務所でもある。この展開はある程度読めていたんじゃないかな」
「トゲのある言い方だけど、本当に知らないよ」

――数ヶ月前。【DDD】の後処理に生徒会が奔走していた頃の話だ。
突如『広報準備室』宛に届いた『インターン』の案内は、多忙を極めていた教師から託された蓮巳から聞かされた話で。
『Trickstar』を夢ノ咲学院の頂点へ導いた『プロデューサー』宛でないことを不思議にも思ったけど、まぁやってみようという軽い気持ちで参加の回答をしてしまった記憶がある。

「『インターン』は私宛に来た話なんだから、天祥院を通さなくてもいいでしょ。嫌な噂も聞くけど……勢いのある事務所だって話だし、クリーンな会社って今どき珍しくない?」
「……そういう君の向こう見ずというか、リスクを分かっていながらもブレーキが効かないところは危ういよね。瀬名くんも苦労するわけだよ」
「瀬名は関係ないでしょ」
「ふふ。まぁ今回は『Knights』ではなく、『広報準備室』の案件だからね」

含みのある言い方をする天祥院に引っかかりながらも、促されて私は椅子に座る。

「良い経験にもなるだろうし、積極的に行動する姿勢は悪くない。だからなるべくお小言は並べたくないのだけど……コズプロ相手ともなれば話は別だ」

『インターン』の打診があったのは『コズミック・プロダクション』――通称コズプロ。
同年代では最高の評価を受けている『Eden』を要する芸能事務所だ。

【サマーライブ】に出演する『Eve』は、『Eden』の半身で。
彼らは年末の【SS】への出場も決めており、夢ノ咲学院の代表である『Trickstar』の最大のライバルとなるだろう。

だから天祥院的には、というより夢ノ咲学院的には不味かったらしい。笑顔を貼り付けてはいるが声色がそう言っている。
雰囲気からして、『インターン』の先の社名が天祥院の耳に入ったのは私が回答をした後、それも最近の話のように思う。

椚先生にも似たような反応をされたけれど。
なら、さっさと取り消しにでもすればいいのに。権力を振りかざせばそんなの簡単なはずで。

「……『Eve』、というか『Eden』が【SS】で最大の敵になるだろうから……夢ノ咲の内情をなるべく漏らしたくないってこと?」
「勿論それもあるね。……加えて、彼らは未だ芸能界に大きな影響力を持つ夢ノ咲学院を敵視しているだろうから。夢ノ咲学院の『広報』という君の存在は本来ならば外敵で、歓迎されないはずだ。“何か狙いがある”と怪しんで当然だろう?」
「ま、まぁそれはそうだけど……」

罠があるのに自ら引っ掛かりにいくなんて、と言わんばかりの呆れ声が生徒会室に響いて、なんだか居た堪れない。

天祥院の指摘はまあまあもっともだ。
馬鹿じゃないんだから、“いいように利用されるだけ”のことくらい分かっているし――でもそんなの、夢ノ咲学院だって同じくせに。というのはややこしくなってしまうだろうから、黙っておくけど。

「悪意を持った人間は、君が思っているよりもそこら中にいるよ。今後、大切なことはきちんと周りに相談しようね、妻瀬さん」
「それは反省する……。でも、勝手に決めるな〜って、そう言えばいいのに。いちいち回りくどいよ」
「それだけ言っても聞かないだろう。妻瀬さんの場合、『Knights』を盾にすれば何事も容易ではあるけどね」

相変わらずイヤなやつ。
人の弱みなんていつでも握れちゃうみたいな顔をしちゃってさ。

――でも、うだうだ言われながらもなんだかんだで『インターン』がおじゃんにならず、話が進んでいるというのなら。
癪だけど。天祥院にとっては利用価値があるということだ。

「とはいえ。【サマーライブ】の件もあるし上手く使わせてもらおうと思ってね。『インターン』期間をこれと被せるよう、横槍を入れさせてもらった。……先方から詳しい話があるとは思うけど、今回の補助係は『インターン』の一環になる」
「期間が早まったのはそういうことね。補助係なのも分かった。……それで、何を期待されてるの」

“補助係”であることを伝えるなら、究極的に天祥院でなくてもよかったはずだ。……というか結局お小言ばかりで肝心の【サマーライブ】についてほとんど話されていないし。

視線を合わせれば、天祥院は目を細めて薄ら笑いを浮かべる。

「察しが良くて助かるよ。【サマーライブ】において妻瀬さんは『Eve』の味方に徹して欲しい。彼らは『Trickstar』を遠慮無く潰しにかかるだろうけど、手出しは無用だよ」
「……広報については?合同ライブとはいえ向こうは向こうで戦略立ててくるはずでしょ、私はその一切を無視するってこと?」
「そうなるね。むしろ、妻瀬さんはあちら側の人間として動くことになると思うよ。『インターン』期間は一時的にとはいえ、君をコズプロへ献上するようなものだし。……ふふ、腕の見せ所だね」

“先輩”?と不敵に口角を上げる彼に、まぁ――やっぱりそういうこと・・・・・・だよね。とため息を吐く。

夢ノ咲学院の利益を担保しつつ、『インターン』で、コズプロで結果を出してこいとかいう無理難題。
結果的に予想していた『それっぽい忠告』と『面倒ごと』のコンボだ。当たって欲しくはなかったけど。

「そうそう、指名というのは本当だからね。【サマーライブ】への出演条件として、彼が提示したものだ。心配はしていないけど……不況を買わないようにね」
「うん、分かってる」
「……よろしい。せっかくだし、あいつの彼女のように振る舞ってあげなさい。君を縛るものはもうないだろう?きっと喜ぶよ」
「はは。最低だね。余計なお世話だって言われるよ、絶対に」

とうの昔に沈んだと思っていた殺意が溢れ出てくる前に、私は心の中で呪いの言葉を無数に投げかけながら、生徒会室を後にした。





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