#02



夏の風は熱い。
吹かれたところで涼しさなんて感じないから、先ほどまで乗っていたタクシーがもう恋しい。
冷たいものの全てを喉に流し込んでしまいたくなりながら、私はイヤホンをつけて端末の再生ボタンを押す。

今日は【サマーライブ】の顔合わせで、その後は合同練習。
つまりは私の『インターン』初日である。
ただ、『インターン』と言っても『Eve』の補助係で――滞在するのは夢ノ咲学院だし、コズプロの社員が帯同するわけでもないから変な感覚だ。

「(……半年以上ぶりか。巴と会うの)」

去年の秋以来、巴とは会ってもいないし連絡も取っていない。
自然消滅と言えばまるで付き合っていたかのようだけど、友達にだって適用されると思う。
……彼の誘いを断ってしまった手前、自分から連絡を取るのも気不味かったし。巴も巴で忙しかったに違いないし、私の返答にもいい気分はしなかっただろうから、連絡がなかったのも当然だ。

仲が良かったと言ってもほんの数ヶ月。
季節で言えば秋だけ。それも元々は私を妨害するための刺客として差し向けられたのだから――本当に“友達”だった期間はさほどない。

そりゃあ、楽しかったけど。
もっと一緒に居たいと思ったけど。
私と過ごした以上の時間を彼はもう他の人と倍以上過ごしているだろうし、私だってそうなのだから。
自惚れは捨て去って、いちアイドルとして接するべきだ。それが正解の対応だろうことは分かっている。

「(だとしても、たぶん嫌がるだろうな。他人行儀なの。じゃあどうしたら不況を買わないのかって話よね……)」

なんとか打開策を考えなければ、と思考を巡らせながら私は休日の街を歩いていく。

……本当は午前に到着予定の『Eve』の出迎えは私が受け持つ予定だったのだけれど、予定外の呼び出しがあったので青葉に押し付けてしまった。
その呼び出しもわりとすぐ終わってしまったから、さっさと学院に向かって合流したほうがいいのだと思う。でも。

「あれ?妻瀬さん、午前は用事があるって言っていたよね。だから出迎えをつむぎにお願いしたのに。ふふ、サボタージュするための嘘だったのかい?」とか、リーダー同士の顔合わせには同席すると言っていた天祥院に笑顔で悪態を吐かれてしまいそうだし、青葉には悪いけど――夢ノ咲学院には予定通り午後に顔を出すのが無難だろう。

本音を言えば天祥院と会うと気を張ってしまうから、必要以上に接触したくないのである。




***



差し入れやらを買い終えて、お昼時の迫る街を練り歩く。
休日ということもあり人出は多く、道行くカップルや学生たちは楽しげにアイスクリームを口にしている。

……暑さで脳が溶けてしまいそうなので全部溶けてしまえとか思わなくもない。

「(だめだめ、楽しそうなのが疎ましく見えたら終わりだよ……)」

小さなものとはいえ他人の不幸を願うあたり、精神状態は比較的よろしくない。
司くんを撫でまわして癒されたけれど――立て続けの呼び出しと通告、プレッシャーやらにはもうため息も出ないし。誰かこれに耐えられるのなら代わってほしい。

……ストレス解消の方法はすぐには思いつかないから、せめて気晴らしにちょっと良いところでランチでも食べようか。
近くにいいかんじの、一人でも入れるお店はないかなと辺りを見回せば、見覚えのあるお店が視界の隅っこに一つ。
特段待ち列もできていないが、店内からは灯りが溢れているから営業しているのだろう。

もしかして、と私は足を進めていく。


「(……やっぱり。巴と来たお店だ)」

記憶と変わらない光景に思わず笑みが溢れる。
あのあとすぐに閉店してしまったから一度しか来たことはないけれど。……行列に並んで、向かいのショーウィンドウに映った巴を眺めていて怒られたんだっけ。

かつて私と巴が“デート”をしたお店の跡地には、新しいテナントが入ったようだ。
外装こそ同じではあるものの、外から見る限り店内の雰囲気も店員さんも変わっているからまったく別物のように感じる。

だからもう二度と、あの空間でランチをすることはないのだと思うと寂しいけれど――まぁ、世間ってそういうもので。
ずっと変わらないものこそレアなのだと思う。

入り口に添えられた沢山の花……はなく、代わりにスタンド花が置いてある。
イートインは来週からと貼り紙に書いてあるあたりプレオープン期間なのか、現在はテイクアウトのみの営業らしい。

「おぉ、美味しそう……」

前のお店と同じくイタリアン系のお店なのだろう、ショーケースには数種類のキッシュとピザがカットされたものが並んでいて、ショートパスタやサラダなんかもグラムで購入できるみたいだ。

彼の嗜好が変わっていないようなら差し入れに追加しても良いかもしれない。
なんて思って、お店に入ろうとした瞬間――後ろから腕を引かれて。

振り返った拍子にイヤホンが耳から外れて。
外界の音が、耳に入ってくる。

「……鹿矢?」

視界いっぱいに広がる薄黄色に、わずかに揺れている紫色の瞳。
突然、秋に置いてきたはずの声が降ってきて、思考が追いつかない。

もうすぐ太陽は天辺に昇って街全体を光で埋め尽くすくらいの時間なのに、彼だけを照らしているようにすらみえてしまう。

……夢を見ているのかもしれない。
だって本当に、こんなことがあるの。
思い描いて感傷に浸りもしたけれど。
もしも居たのなら、漫画みたいだなぁとかちょっと考えたけど。

いやいやだって駅で青葉が待ってたはずなんだよ、あなたのことを。
もうこの時間には夢ノ咲学院に居なきゃいけないんだよ。なのにどうして此処にいるの、とか――あっという間に言葉が脳をパンクさせるくらい溢れてはくる、けど、うまく言葉にできなくて。

「巴、」

随分その名を呼んでいなかったはずなのに。
ごく自然に口をついて出たそれを噛みしめるみたいに、巴は嬉しそうに笑った。






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