#03




「……久しぶりだね。元気だった?」
「う、うん。巴も……」

こうして面と向かって言葉を交わすのは秋以来なのだけど、まるで数年ぶりに会ったみたいな感覚だ。
半年と少しの空白は思っているよりもずっと長くて、“当たり前”だった空気もどんなものだったか分からない。

「……ベンチ、座ろっか」
「……そうだね」

お店の入り口で立ち往生しているのは迷惑だからとイヤホンを拾い上げて、私たちはすぐそばにあったベンチに腰を下ろす。
巴はまだ、私の腕を離さない。

……なにから話せばいいのだろう。
ほぼパニック状態の頭をなんとか働かせて言葉を探ってみれば「『Eden』も『Eve』も大活躍だね」とか、「【サマーライブ】はよろしくね」とか、当たり障りのない台詞は幸いにも見つけられはする。
けれど。なんか、なんか違う。だから巴も言葉を発さないのだろうし。

久しぶりに会って話すことがそんな話題であるのは正しくても、らしくはない。
……かつての私と巴の会話の中には『アイドル』やら『広報』があまり存在していなかったから。再会してすぐに吐く言葉にしては、寂しいと思ってしまうのだ。

ならば、ふつうに。――なんてことのない、ありふれた思い出話から始めよう。
空白を埋めることはできなくても、辿って懐かしむことくらい共有できるはずだから。

「……あのね。このお店、最近オープンしたんだって。前のお店と同じでイタリアン系らしくて。まだテイクアウトだけみたいだけど、キッシュがあったんだよ。……たしか好物だったよね?」
「……、よく覚えていたね?」
「ちょうどこの辺りで話したじゃない。列に並びながらさ」

私たちが座っているベンチは店舗の外に並べられていて、本来ならテイクアウトを食べる人が使うことを想定されているのだろう。
以前訪れたときはランチに集った人びとがずらりと列になっていた場所だ。私たちも数十分ほど並びながら談笑をした記憶がある。

その光景は巴の記憶の隅にも残っているのだろう、私の言葉に目を細めながら相槌を打っている。

「インタビュアーみたいになっていたよね、鹿矢。答えるのは下手くそだったけれど」
「……あ、あれでも頑張ったんだよ」
「ふふっ、たしかに頑張ってぼくの真似をしていたのは可愛かったね!」
「可愛くない。それは忘れて……」
「忘れるはずがないね?鹿矢の好物も好きな色も、ぜんぶ覚えているね」

たしかこれが好きで、この色が好きだったよね、と巴は私がかつて口にした嗜好やらをぺらぺらと並べていく。
記憶力が良いとか言っていたのは私だって覚えていたし、しっかり証明されて感動だってしたけれど。
それはそれでなんだか恥ずかしい。

「もちろん此処も憶えていたからね。久しぶりに近くまで来たし様子を見てみようと思って。でもまさか鹿矢が居るなんてね?」
「私もだよ。新しいお店が入ったんだなーって見てたら巴に声をかけられて、心臓が飛び出るかと思ったんだから」
「それはぼくの台詞だね。……懐かしいこの場所で、きみに会えて嬉しいね」

そう言って巴は綺麗に微笑むものだから、つい見惚れてしまって。
変な顔をしてしまいそうなのを堪えて目を逸らせば、掴まれていた腕を引かれて、余所見しないで、と抱きしめられる。

……周囲で距離感がおかしいのは凛月だけで、それにすっかり慣れていたから忘れていたけれど。巴日和という男も、大概なのだ。

「〜〜っ、わ、分かったから、離して……」
「あはは!初心なのは変わらないね、鹿矢?ハグ程度で照れていたら海外ではやっていけないね!」
「ここは日本だから!あと巴はアイドルでしょ、スキャンダルになっても知らないよ……」
「もう。相変わらず鹿矢はその台詞が好きだね。……再会を喜ぶのもだめなの?」
「そ、そ、それは……だめじゃないけど……」

私だって久しぶりに会えたのは嬉しいから、寂しそうな声で囁かれてしまえばそれ以上は何も言えない。……確信犯でしょ絶対。
観念したのを理解したのか巴は上機嫌で、うんうん、いい子だね!と私の頭を撫で回す。負けたみたいでちょっと悔しい。

「ふふ、可愛い。その様子だと彼氏の一人も出来ていなさそうだね」
「余計なお世話〜……」

数分堪能すれば満足したらしく――解放されて、息を整えて向き合えば、巴はご機嫌な表情でこちらを見ている。
だめだ、このままでは彼のペースに乗せられてしまう。ここらで軌道修正をするべきだろう。

「……話は逸れるけど、【サマーライブ】ではよろしくね。今回は引き受けてくれてありがとう、って……『インターン』中の私が言うのも変だけど。夢ノ咲学院の『広報』としてお礼を言っておくよ」
「あぁ、うん。こちらこそよろしくね。――このぼくが指名したんだから、“補助係”としてぼくのために働いてね。英智くんも好きに使っていいって言っていたし、鹿矢に拒否権はないけどね!」
「ははは、天祥院め」

そうだった。……私が『Eve』の“補助係”とやらになったのは、天祥院と巴による横槍のせいなのだ。

天祥院に道具っぽく扱われているのは不本意である。でも、今更文句を垂れたところで何も変わりやしないし――精々巴のために働こう。半分くらい。
巴が『Eve』のリーダーのようだから、どのみち彼の指示に従うことになると思うけど。

「……ところで巴、リーダー同士の顔合わせはどうしたの?午前からじゃなかったっけ」
「……あ。すっかり忘れていたね。ちょうど電話をしようと思っていたところに鹿矢を見つけたから……億劫だけど、連絡を入れておかないとね?」

巴は端末を取り出してにっこりと笑う。
今気づいたけど、巴の隣には彼のものであろう紙袋が複数置いてある。
こ、こいつ。大事な約束をすっぽかしかけて何をしてるの。自分の表情が引き攣っていくのが分かる。
どうやら巴は駅で待っている青葉を放置して、ショッピングを楽しんでいたらしい。

「可哀想だから今すぐ連絡してあげて……」
「分かってるね。……あ、そうだ。鹿矢、預けている荷物をとってきてくれる?実はまだ他にも荷物があるんだよね!」

大丈夫大丈夫、鹿矢が二人いれば足りるから!と謎理論をかます巴こそ、相変わらずである。
お変わりないようで何よりです、とか絶対言ってやらない。二人ってなに。私は一人しかいないんですけど。

なるほど、言われてみれば──彼が街を彷徨いていたにしてはやけに荷物が少ない。
……まぁ、“補助係”の一発目の仕事にしてはちょろいものだ。荷物持ちをしていた頃だってあるし。
私は端末と財布だけを手に立ち上がる。

「此処から動かないでよ。私のカバンも見ててね。居なくなっても探さないから」
「うん?鹿矢はぼくが居なくなってもきっと探してくれるね?自分の役割を途中で投げ出さない“まじめ”な子だからね」
「そ、そんなこと言ったって絆されないから。いいから動かないでね!」

本当に“まじめ”なら鉢合わせることもなかったよ、と心の中で注釈を入れて、私は巴が荷物を預けているらしい場所を目指す。

久方ぶりの雑用めいたミッションに懐かしさを覚えながらも、巴はきちんと電話をしているのかといちど振り返ってみれば――視線がぱちりと合って。
端末を耳に当てながらひらひらと手を振るものだから、なんだか気が抜けてしまった。

「(そんな笑顔を向けられちゃったらなんか全部許しそうになるの、だめだなぁ)」




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