#05





――その音は急速に世界を包んで、しとしとと世界を満たしていく。
先ほどまでの快晴が嘘みたいに太陽は雲に隠れてしまった。

本格的に夏を迎えるのなら蓄えが必要で。
水は。ひとが生きていくためにたっぷりと溜め込んでおかないといけない。

注がれる先が渇いた大地であれば恵みの雨とも言うけれど、今の私にとっては感情を誤魔化すための雑音でしかない。
梅雨は過ぎてしまったし、これもきっと通り雨だからすぐに上がってしまうのだろう。

『どうでした?そろそろ“頃合い”でしょう。【サマーライブ】の件についてお聞きになられたのではないですか?』
「頃合いって……。ちょうど昨日聞いたよ、補助係の件。【サマーライブ】の広報が『インターン』の一部ってそういうこと?」

スタジオを出て、着信に出れば得意げな声が聞こえてくる。

昨日と、ほんの数十分前の出来事を把握しているのだろうか。……どこかで盗聴やら尾行をされているのではないかと勘繰ってしまうくらいのタイミングだ。

『いいえ。当初はお伝えしていた通り、広報の補助のみでしたよ。あとはワークショップと職場体験を……とスケジュールを組んでいましたが、少々横槍が入りまして。【サマーライブ】当日までの期間は『Eve』のサポートをお願いする形になるかと』
「……分かった」

天祥院と『インターン』先とで話がついているとなれば勿論ノーと突き返すことは出来ない。
聞けば『Eve』の補助係に加えて日々のレポートと課題が当面の『インターン』らしい。
なんていうか、通信講座みたいだなぁと思ってしまうのは許してほしい。

『夢ノ咲学院は『広報』殿のホームでありますからね!怖気付きました?』
「そこまでは。身内を敵に回すようなものだけど、むしろ『Eve』に協力してあげてね、って感じだったし」
『ほう?よほど信頼されているのでしょうね。敵地へ送り込んだところで裏切ることなど無い、と。……しかし、これで懸念されていた『広報』殿の立場も明白になりました』

――自分の言っていた通りだったでしょう?と続けられた言葉に、胸のどこかを抉り取られる感覚になる。

否定するには材料がない。
それよりも。肯定するためだけの材料を一式並べられて目を逸らすなと視界を固定されているみたいで、居心地は最悪だ。

『残念ながら、貴方という資本は夢ノ咲学院にとって重要ではありません。聞くところによると、延々と“補助”を強いられているのだとか。――結局のところ『広報準備室』は『プロデュース科』を肥えさせるための餌でしかないのでしょう』

ああ、そういえば、初めて顔を合わせた日にも同じことを言われたんだっけ。
意地の悪いことを言うなぁと思いもしたけれど、彼の言葉がきっと事実だということは理解できたものだ。

……だから、信じられなかったと言うよりは確証を得たくて。
罠だろう彼の誘いに乗って“誰への相談もなく”『インターン』の話を進めて、先生や天祥院に伝わったときにどう扱われるのかを試した。
さんざん“補助”へ回される自分が、夢ノ咲学院でどういう立場なのかをきちんと知っておきたかったから。

さすがに『Eve』の補助係までは予想できなかったけど、結果は分かっていたはずなのに。
傷つけるために装飾された台詞はぐりぐりと心を抉っていく。手足が麻痺していく感覚は煩わしい。

他の展開を望んでいたわけでもない。
それでも動揺しているということはほんの少しだけ、期待をしてしまっていたんだ。

──手放したくない程度には夢ノ咲学院にとって大切だろう、なんて。


『一時的とはいえ、敵に献上してでも未来のために擦り切れるまで利用する。大変嘆かわしいことです』
「あはは、卒業する前に色々還元しろってことでしょ。そのくらいの役、喜んで引き受けるよ。……今回は色々と取り図ってくれてありがとう」

あくまで冷静に。取り繕って言葉を放つ。
すると予想以上にダメージが少なかったことに驚いたのか、若しくは怪しんだのか、彼にしては珍しく一拍空けて声が返ってくる。

『……このくらい構いませんよ。『インターン』とはいえ実務経験も豊富な『広報』殿にお力添えいただく身でありますから。──というか、試すような真似をせずとも初めからご存知だったとお見受けしますが?』
「まさか。七種くんが言ってくれなきゃ怪しまなかったよ。私が蔑ろにされてるなんて。これでもそれなりにショックだよ」

──彼、七種茨とはコズプロの『インターン』を受諾したことをきっかけに数ヶ月の間連絡を取り合っている。
巴の所属する『Eden』のメンバーの一人であり、私の『インターン』における世話役、らしい。曰く青年実業家でもあるのだとか。

快活で、口調こそ丁寧ではあるが決して好意だけで私に接している人物ではないし、言えば天祥院とかに近い雰囲気の、常に思惑の一つや二つを巡らせている人物だ。

『インターン』の話は彼が発起人なのだというし。商売敵の、それも不要と断じられた『広報準備室』に目をつけた理由なんて“利用価値”がある以外にない。
嘆かわしいなんて、嘘。そんな慈悲あるわけがないし、自分は夢ノ咲学院とは違うぞというアピールなのだろう。

「(……正直、願ってもない話だったけど。だってわざわざ外から“お前には価値がある”って言われてるようなものなんだから。頭打ちだった私の評価にも繋がるし)」

ただ、そうだとしても、利用されるのならばこちらも利用してやろうと前のめりになることは危険だ。
立場を弁えなければどうなるかなんて分かっている。策を練ったひとを敵に回すのが危険であることを、よく知っている。

使われるのならそれでいい。
精々都合良く振る舞ってみせるし、その範囲で自分の益にしてみせる。

毒を流し込まれても、適当に解毒すればいい。
耐性をつける良い機会だ。それにこの程度なんてことない。一番怖いことに比べれば平気で立っていられる痛さなのだから。

『まぁ──“そういうこと”にしておきましょうか。それでは本日はこれにて。【サマーライブ】の詳細については改めてメールを送りますので、不明点などあれば仰ってくださいね』
「うん、よろしくお願いします」

雨はもうすぐ上がってしまいそうだ。
窓を叩く音は次第に聞こえなくなっていく。
差し込む光が、きらきらと埃を照らしていく。

声の途切れた端末をポケットに入れて、私はスタジオの扉を開いた。



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