#06





「(つ、疲れた……)」

巴の大量の荷物を青葉と二人がかりでホテルまで届け終えて。なんとか午前のうちに学院へ辿り着いたのだけれど、朝から移動続きということもあってさすがにクタクタだ。

暑さに参ったのもあると思う。
空のペットボトルがカバンの中で揺れている音はなんだか虚しい。

何かお腹に入れたいし、化粧直しもしたい。
なので、空き教室で休憩を取ってから生徒会室に居るだろう巴と――先ほど連絡を取った『Eve』の漣くんと合流するとしよう。

『――オレですか?あぁ、お気遣いなく。色々あって夢ノ咲のひとたちと居るんで、連れてってもらいますよ。申し訳ねぇんですけどおひいさんの荷物多いだろうし……先にホテルまで届けちゃってください』

本当なら巴をタクシーに押し込めた後すぐに漣くんを迎えに行くべきだったのだが、どういうわけか彼は遊木くんとあんずちゃんと行動を共にしているらしく、学院まで一緒に来るのだという。
早速職務放棄をしている気がしたので謝罪をしつつも、結局は漣くんの厚意に甘えることにしたのだ。


今日は『Knights』の活動日ではないので、スタジオではなく空き教室に陣取って、パンを口に放り込む。
今朝コンビニで買っておいた菓子パンはこういうときに役に立つ。カバンの中で潰れてしまってしなしなしてるけど。

化粧直しも済ませたので、少しだけ目を瞑ろうと机に項垂れれば冷んやりとしたものが私の頭に触れる。
お疲れじゃのう、とすぐに降ってきた声に私は驚く間も無く彼の名前を絞り出した。

「さ、朔間さん…………お願いだから足音もなく近づいてこないで……」
「くくく。随分と覇気が無いのう?そんなことでは“補助係”も務まらんぞい」

当の朔間さんも暑さやら眠さのせいか覇気は薄いけれど。
手元に置かれたのは紙パックのトマトジュースで、どうやら差し入れらしい。

「……ありがとう。でもなんで知ってるの。『インターン』の話はしたけど、そこまでは言ってないよね」
「我輩に知らぬことはないからのう?鹿矢も知っておるじゃろ。……今回は天祥院くんの駒として動くのかえ?」

ストローを挿し込んで、じゅう、と喉に流し込めば口中に野菜の味が溢れる。
好んで飲みはしないけれど身体はとにかく冷たいものを求めていたようで、今日のトマトジュースは格段に美味しく感じる。

「半々だと思う。一応『インターン』で【サマーライブ】に関わらせてもらうから」
「……ふむ。面倒な役回りを押し付けられたのう?我輩、たしかに天祥院くんに助言やらをしたんじゃが……鹿矢まで巻き込むとは恐れ入ったわい」

朔間さんはどっかりと私の隣に座って、自分のためにも買っていたらしいトマトジュースを取り出して喉に流し込んでいく。

あっという間にべこべこになってしまった紙パックを見て、やっぱり朔間さんは朔間さんなのだと実感する。
何気ない普段の所作から一人称が“俺”だった頃の彼も垣間見えるものだ。

【サマーライブ】についてどこまで知っているのかと思っていたけど、今回は天祥院とグルなのだろう。
それこそ朔間さんは初めから『Trickstar』を応援していたから、彼らを鍛えるべく【SS】の前哨戦を組んだ天祥院と繋がっているのも頷ける。
……でも意外と言うか。あんなに睨み合っていたのにこんな日も来るものである。

「面倒な立場だけどやることは変わらないよ。幸いにも望まれてる役割は同じだし」
「従順なのは“らしくない”が賢明じゃのう。……して、鹿矢はどちらの肩を持つつもりじゃ?」
「……さっきも言ったけど、半々。どっちもだよ」

口元だけは緩んでいるが目は笑っていない。
朔間さんは私の答えに納得していないようだ。

「春先に学院へ届いた話は断って、コズプロが“内々に行ったアプローチの結果”突然復活したのがこの『インターン』と聞いておる。しかしその間、おぬしは外部のセミナーに度々足を運んでおったじゃろ」
「……うん、まあ」
「セミナーは誰にも睨まれぬ交流の場。コズプロの息がかかった者が潜んでおっても不思議ではない。ゆえに、そこで“アプローチ”されたのじゃろうが……鹿矢、何を吹き込まれた」

暗に、コズプロと繋がっているのは分かっているぞと言われているのだろう。さすが朔間さん。鋭いひとだ。

というか、朔間さんが知っている情報だけで言えば、分かりやすく私が『裏切り者』のように仕立て上げられている。
これも彼らの策略なのだろう。完全に信用していたわけではないけれど、とんでもない爆弾を仕込まれたものだ。

心配の色で染まった瞳はまっすぐ私を見つめていて心地が悪い。
ぜんぶ自業自得で、そんな視線を向けられる資格なんてないのに。

「…………確かめたいことがあったから。少し、協力してもらっただけ」
「見返りは」
「『インターン』に参加すること。一度断ったことにはなってるけど、本当は元々引き受けてた話だったし……特別なにかを吹き込まれたわけじゃないよ」
「……いいや。確実に“それ”は根を張り、おぬしを蝕んでおるよ。夢ノ咲学院から乖離させるための毒と言ってもいい。何を協力してもらったかは知らんがのう……、己を見失うでないぞ」

踏みとどまれと言うみたいに、彼は手を引いてくれている。
痛いのも全部筒抜けで、お見通しだなんて。
だめだなぁ。隠し事の一つもままならないくらい私は弱くて、いつも間違いばかり選んでしまう。

「浅い傷も、重ねれば致命傷じゃ。鹿矢はそれをよく知っておるじゃろうて」
「……分かってる。でも、承知のうえで誘いに乗ったの、ぜんぶ自業自得なの。……本当に、大丈夫だから!」

自分の立場を確認するためだなんて、リスクを冒してまですることだったのかは正直分からない。
冷静になって考えてみれば馬鹿げた行動だし、自分が強いのだと勘違いして道を進んでいる気がする。それこそ、“自分には価値がある”のだと思い込みながら。

……こんな風に声を荒げたくなんてない。
せっかく、せっかく、私を心配してくれているのに、またそれを無視するみたいに感情的になってしまっている。……いやだなぁ。何にも進歩していない。

沈黙の中に、遠くに聞こえる蝉の鳴き声だけが響いている。
それを切り裂くように。朔間さんは優しい声で私の名前を呼んで、頬へ手を伸ばす。

「大丈夫だというのなら顔をお上げ。我輩と、きちんと目を合わせて言っておくれ」
「…………ごめん。大丈夫ではない、かも」
「……うむ。近ごろの鹿矢からはおてんば要素が消えかけておったからのう?」

目を光らせておいてよかったわい、と朔間さんはどこか安心したように笑った。





BACK
HOME