#11




前提として。
夢ノ咲学院の常識はイコールアイドル業界のそれではないし、【サマーライブ】はドリフェスのような勝負の場ではない。
ペナルティが付くわけでもなければ命やら一生を賭けたものでもない。【SS】を見越した前哨戦というだけ。
けれども、“負けてやる”道理なんてない。一歩下がる理由にはならない。お互いに。

――『Trickstar』と『Eve』の合同レッスンは、巴主導のもと進んでいく。
彼は指摘する。『Trickstar』の面々は足りないスキルを身に付けるべし、と。『指示』を与えて、それが“正しい”と思わせて『Eve』の思惑通りに駒を進めていく。
心地良いままに染め上げていくのが彼らの作戦。戦法。

巴のアドバイスは的確だ。
改善すれば――巴の言う通りにすれば次のステップへ進める。手応えを感じることができる。
だからこそ『Trickstar』は自分たちが呑まれていることに気付けない。

このレッスンの場において俯瞰して見る立場の人間は私しかいない。
『Trickstar』の寄る辺であり、勝利の女神さまである『プロデューサー』は不在で、彼らの窮地を救うことは出来ないまま――終わる。負ける。

「(確実に“力”にはなる。底を押し上げる力にはなる。……焚き付ける要因にもなる。だから見たまんまの『負け』ってわけじゃないだろうけど)」

敗北さえも力にして、どんな逆境にも立ち向かっていく番狂わせ。何もかもを輝くための糧とするのが『Trickstar』の持ち味であることは知っている。
これまでに彼らが立ってきた舞台で証明されていることで、今回だけが例外になるはずがない。


レッスンに励む彼らを横目に、私は七種くんからのメールを返していく。
本来の私の『インターン』も好調だ。
事前課題として依頼されていたプロモーション案も組み込まれて、今のところは上手く機能している。

お世辞や罠だとしても。提案を評価されて、展開していくのは見ていて心地が良い。
……正直、ひたすらにサポートをするよりもずっとやり甲斐を感じられる。蚊帳の外に居る感覚を、多少払拭することができる。
勿論、肯定されたくて『広報』を続けているわけではないけれど“先輩”業よりよっぽど息苦しくない。勝ち戦だと思っているからこその感覚なのかもしれないが。

「(……ああ、楽しい。満たされてる。ザ・甘い罠って感じ)」

朔間さんと話さなければこの快楽にズブズブと浸っていたんだと思うと、考えるだけで背筋が凍る。

夢ノ咲学院を――『Trickstar』を敵と捉えて戦うことが、勝つための道筋を考えて実行していくのが楽しいとか正気じゃない。麻痺してる。
悪役ムーブっぽいそれすらも悪くはないと感じているあたり、だいぶ毒されているのだろう。
“役”だと割り切っていても感情を誤魔化すことはできないものだ。

……それとももっと別の何かなのか。
判別できるほどの思考の余裕は無いんだけど。



***



「さて!ぼくたちが滞在できる日も多くはないからね。こうして鹿矢の部屋へやってきたわけだけど――」

狭いね!と大袈裟にため息を吐く巴にぐっと拳を作っては押し込める。庶民の、一人暮らしの部屋なんて彼にとっては物置レベルに違いない。

どうしても漣くんの手料理が食べたいという巴の要望に添い、漣くんは買い物へ。そして私は一足先にキッチン(私の自宅)へ巴を連れて来たのである。
不在の日も続いていたので、玄関で待たせて慌てて掃除機をかけたけれど。きちんと整理整頓していた過去の自分を褒めてあげたい。

冷房を入れれば涼やかな風が頬を撫でていく。
生活圏に巴が居る風景は――いちど実家で見たものの、やっぱりコラージュ画像みたいだ。

「おや。実家とは違って写真は飾っていないんだね」

部屋をじろじろ見てまわるの、やめてほしい。
埃被ってるところなんてざらにあるだろうから。

「……巴、大人しくしてて」
「え〜?見られて恥ずかしいものでもあるの?」
「ないけど。一応キッチン周り掃除するから、テレビでも見ててよ」

はい紅茶、とマグカップを置いて私はキッチンへ歩いていく。
すると、ミシ、と床の軋む音が私に続くように鳴って。振り返れば頭上にハテナマークを付けた巴と視線がかち合う。

「巴さん?」
「うん?」
「……掃除、手伝ってくれるとか?」
「ぼくはお客さんだけど?」

知ってた。知ってたけどさ。
じゃあどうして着いてくるの、と聞く気も起きずに掃除道具を取り出してせかせかとシンクを綺麗にしていく。巴は言葉通り手伝うこともなく、じっと私が作業をしているのを眺めている。……なんで観察されているのだろうか。

時計の秒針が動く音と、キュ、キュ、と汚れを拭き取っていく音だけが部屋に響いている。
巴は童話の継母のように文句を垂れるわけでもなくしばらく私を眺めたあと、嬉しそうに息を漏らした。

「鹿矢がこうして自由に動いているのを見ると、なんだか安心するね」

……ああ、そっか。私が巴と『友達』っぽく過ごした日々は怪我をした後のことだから巴には自由に動き回る私が珍しく映っているのだ。

掃除もひと段落ついたので、私はゴム手袋を捨てて掃除道具をしまって。手を洗いながら言葉を返す。

「もう何日も一緒にいるのに、今更?」
「うん。時間が経てば経つほど『鹿矢が支えもなく動いてる』ことを実感するんだよね。それが多少寂しくもあるけれど」

蛇口を閉じれば、巴は濡れたままの私の指を絡め取って自分のほうへ向かせる。
視線の先。彼の目に映るのは緑色だ。なによりも、年月が進んだ証。

「一人暮らしをしているのも、ネクタイの色が変わったのも……目に馴染まないね」
「それを言われたら、巴の、玲明学園の制服姿だって違和感でいっぱいだよ」
「……ふふ。お互い様だね」

――巴もきっと分かっているのだろう。
違和感を感じるのも、目に馴染まないのも、かつての記憶を通してお互いを見ているからだ。
変わってしまった『今』が寂しいから。知らないところで足を進めた彼を遠くに感じてしまうから。

「(……それでも)」

目の前にいるのは、巴だ。
巴日和、私の友達。『Eden』と『Eve』に所属し、その名を轟かせるアイドル。マイペースなひと。わがままで、優しくて――太陽のように眩しいひと。
どれだけ空白の時間があっても違わない。

「私だって、変わってるところもあって寂しいけど。新しい巴を見ることができて嬉しいよ」
「嬉しいことを言ってくれるね。……ぼくも、鹿矢がぼくたちの味方で居てくれる『今』が嬉しいね。たとえ“役”だとしても」

巴の口ぶりからして七種くんの策略から私を助けるとか、そういうのではないのは分かる。
あるとすればその“逆”だろうし。仮にそうだとすれば、また巴は私への刺客みたいになってしまうが。……というか。すっごく今更だけど、どうして巴は私の帯同を出演条件にしたのだろう。

じっと見つめたところで欲しい答えが返ってくるはずもなく、巴はきょとんと不思議そうに首を傾げる。
長身であるにもかかわらず、可愛さを凝縮したような仕草と表情にはぐらりと何かが揺らぐ。たとえばそう、ドラマでめちゃくちゃに可愛い女優のそれを見た時と同じあれ。

ぽとん、と指先から水滴が床に落ちていく。
当然ながら。巴の指も濡れてしまっていて、触れ合っている箇所はべちゃべちゃだ。少し、いけないことをしている心地になる。

「──鹿矢。髪も、けっこう伸びたけど。とても似合っているね」
「あはは、そうでしょ」

巴の指から逃げようとすればひっ捕まえられて「あと少しだけ」と囁かれて。
降参を余儀なくされた私は大人しく指を絡めた。



***



――来客を知らせる音が鳴る。
私はエントランスホールのロックを解除する。
換気もしておこうね、と窓を開けた巴は青々とした空を眺めている。

もうじきまた離れていく。
彼の進む道筋に私が居ないように、私の進む道筋に彼が居ないからだ。たったそれだけのことで。悲観すべきことでも、嘆くことでもない。

夏の香り。蝉の声。彼に指す、太陽の光。
素朴な部屋の中に輝く彼に背を向けて、私は扉の鍵を開く。




BACK
HOME