#12





煌々とステージを照らす太陽は、天辺に座しながら青を彩り、リハーサルに挑む彼らを見守っている。
【サマーライブ】は間も無く開幕する。

『Trickstar』と『Eve』が立つステージと衣装は夏らしく、爽やかな仕様で――あんずちゃんが手を加えていないからかどちらかというと『Eve』のイメージに寄った雰囲気のものだ。

『さて、報告をお願いします。現地の様子はいかがです?』
「……想定通り『Eve』のファンの子で賑わい始めてるよ。面白いくらい“ホーム”みたいになってる。リハーサルも問題なさそう」

集い始めた客のほとんどは『Eve』を目当てに来ている。カバンについているグッズも、話題も何もかもがそれを証明している。

会場である夢ノ咲学院は『Trickstar』に優位となるはずだった。もちろん、此処は彼らが日々活躍する地元だから。

けれどそれはコズプロの戦略によって覆された。
私が一枚噛んだもの。……コズプロに提出したプロモーション案は、抗争時代に『Knights』が“勝つため”にと編んだ戦略のひとつだ。
相手取っていたのは校内のユニットだったし、考えついた時には『Knights』はもう“味方”を選べないほど嫌われがちになっていたから、没になったけれど。

『『インターン』とはいえ我々は敵同士です。色々と仕込まれるかと危惧していましたが、失礼な話でしたね。本当に『広報』殿の御尽力には感謝していますよ』
「ありがとう。でも、コズプロの後ろ盾とそもそもの戦略があってこそだから。私は乗せてもらっただけだし、大したことはしてないよ」
『ええ。貴方がそういう――“まじめ”で“謙虚”な方というのは殿下からも聞いていましたし、今更驚きませんが。……この競争社会において淘汰される“弱者”めいた貴方の底が、ようやく見えた気がします』

殿下って誰よ。あ、巴か。
はぁ、と気の抜けた声を漏らせば、ゴホンと息を整える声が聞こえる。

『……ご自身でも気づいていないのでしょうけど。“まじめ”な面を被って牙を隠し持っているのが貴方の本性ですよ――妻瀬鹿矢さん。今回の案がそれを証明しています。横並びのハッピーエンドのためではなく、敵を穿つための策であることは一目瞭然です』

どうですか、夢ノ咲学院が“ 敵陣味方のファン”で満たされる絵面は。爽快でしょう?なんて悪役めいた声色が耳を通って抜けていく。善性を殺すみたいな毒を孕んで。

否定はできない。だって口元は現在進行形で緩んでいる。
ざまあみろ、と誰に対してのセリフなんだか分からないそれが脳裏を過ぎる。

「……リハの音が大きくてちょっと聞こえないです」

漣くんの差し入れのアイスはとっくにお腹の中だ。甘い味は舌に残っているけれど。
いつの間にか唇を切ってしまったのか、血の味が口の中に広がった。



***



「漣くん。タオルどうぞ」
「ありがとうございます。鹿矢さん」
「鹿矢、ぼくには?」
「はいはい、どうぞ」

“補助係”ってよりマネージャーっすよね、と衣更くんに言われたことは記憶に新しい。
一週間も経てば慣れるものだ。まぁ、日頃から『Knights』の手伝いをしているから抵抗も何もないのだが。

ステージ裏は、ゲストに他校の生徒を迎えていることもあるのか普段のドリフェスの空気よりも若干の緊張感が走っている。
『Eve』の味方をしている私も、勝手にアウェイな心地だ。

「……鹿矢まで緊張しているの?」
「し、してない。暑いだけだから」
「鹿矢って変なところで強情だね。まぁ、そんなものも気にならないくらいぼくでいっぱいに満たしてあげるから。あと少しの我慢だね!」

歯の浮くようなセリフがよくもそんなにすらすらと出てくるものだ。
漣くんと軽く言葉を交わして、巴はふう、と息を吐く。


ざわざわと観客の――開演を待つ声が、興奮が伝わってくる。
会場BGMはあと一曲分。【サマーライブ】の幕が上がれば、あとは駆け抜けるだけ。
“補助係”として彼らを見送ったあとは観客席へ向かっていつもと変わらずレンズを通してステージを臨む。

なので、『Eve』の味方として話せる時間はこれが最後だろう。
そんなことを思いながら巴の背を眺めていると、薄黄色の髪がさらりと揺れてこちらを向いた。

「鹿矢。そこからの景色はどう?」
「どう、って」
「ぼくをステージへ見送る役目なんて名誉なことだね?きみはそれを許されて、そこに居るんだから。感想のひとつくらい欲しいね」
「……存分に堪能してるよ。ふわっふわの巴の髪の毛とか」
「……鹿矢ってぼくの髪の毛ばかり見ているよね。たしかにぼくは愛らしいけどね?動物か何かと勘違いしてない?」
「あはは、してないよ」

――あと、一分くらい。
長いと思っていた一週間ほどの終止符は目の前に差し出されている。

今朝、送れる分の荷物は玲明学園の寮へ手配して、チェックアウトの手続きを済ませた。
当たり前だったものはこうしてまた終わっていく。季節が巡るように淡々と。話し逃したことがあったとしても。

「……ねぇ。今更だけど、巴はどうして私を指名してくれたの」
「鹿矢と居たかったからに決まっているね?」

準備されていたみたいに返された言葉に、私は思わず目を見開く。……本当なのだろう。
巴は呆けている私に近づいて、手を取って。にこりと綺麗に笑う。

人の多いステージ裏であるにもかかわらず、各々が自らの仕事に集中しているのか――私たちを気にしているのはそばに控えている漣くんしかいない。
巴の肩越しに見える彼はぎよっと表情を歪めている。

「ただ、それだけ。……たぶん、きみが夢ノ咲学院に残っている理由と同じだね」
「……ふふ。そっか」
「だからこそ今日を最後にするつもりはないけれど。それはまた別の話。今は笑って、見送ってね。ぼくはきみの笑顔が大好きだから」

十秒前。
おひいさん、と彼を呼ぶ声が聞こえる。
それに加勢するみたいに――と言ったら巴の言葉を聞いていないみたいで、違うような気もするから。
大好きだって言うなら仕方ない、めいっぱい笑って。あの日に告げられなかった言葉を紡ぐ。

巴は『Trickstar』を負かしにいくのだ。
……本意では、ないと思う。接していくうちに彼らに対して好感を持ち出していたことなんて、近くにいれば分かる。
でも。『Knights』のライバルでもあるし、なんていう雑な理由だけど、『Trickstar』なら大丈夫だろうから。巴が悲しむような結末にはならないだろうから。そんな期待と希望も込めて。

「いってらっしゃい、巴。――楽しんで!」

五秒前。
漣くんも!と巴の向こうに居る彼にも届くように告げれば、聞こえていると言わんばかりに拳を上げてステージへ駆けていく。

「(――あれ?)」

それに巴も続いていく、と思っていたのだけれど。
離れていくはずの手は握られたままで。噛み締めるみたいに閉ざされている瞼が、視界の端に映っている。
頬に触れている柔らかいものは。恐らくは。

「ちょっ、」
「あはは!ぼくから一瞬でも目を逸らした罰だね!――いってくるね、鹿矢!」

一秒前。
悪戯っぽく笑って巴は光の海に消えていく。
わあ、と開幕を告げる爆音とともに歓声が上がる。

力が抜けたみたいにその場に崩れ落ちた私を振り返ることなく、彼は何事もなかったかのように『アイドル』の巴日和を振り撒いていく。

仮にも全国区のアイドルのくせに、スキャンダルにでもなったらどうするの。とか――ああ、コズプロはそういう情報操作とかお手の物なんだっけ。無駄な心配かもしれないけど、心臓に悪い。コミュニケーションの一環だとしても。

やってくれたなぁ、と地べたと睨めっこをしていると薄い影が私を覆う。
いつまでも此処にいたら邪魔だろう。すみません、と腰を上げれば、ぐいっと強い力で引き上げられて。

「……随分と仲が良いようじゃの」

夏の似合わない冷ややかな声の主は、太陽を睨むみたいに。
私にたっぷりと赤い視線を注いだ。





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