#14.5




「弱虫で欲張りで傲慢で、自尊心の高い子。笑顔の可愛い、ぼくの大切なひと」

夢ノ咲学院の『広報準備室』とかいう、『プロデュース科』のお試しのお試し、みたいな存在である人物が【サマーライブ】においてオレたちの“補助係”を担うというのは、つい先日茨から聞いた話。

曰く、おひいさんの旧友で“お気に入り”らしい。
どんな人かと聞いてみればサラッと先のような言葉を並べて愛おしげに笑うものだから。
このひとにそこまで言わせるなんてどんな豪傑だよ、と内心肝を冷やしたものだ。

――けれど蓋を開けてみれば、“ふつうの女の子”で、おひいさんと対等に話しているという点を除けば特筆することはないように思う。

気の利くひとつ上の先輩。“いい人”。まぁ、本業は茨のやっているような事務方だろうから、よく分からなくて当たり前なんだろうけど。

「おひいさ〜ん、風呂上がりましたよぉ?晩飯どうします……って、早速いねぇし」

がらんとした部屋に虚しく自分の声が響く。
バスローブを羽織ってベッドに倒れ込んで、目を閉じた。


後から知ったことだが、おひいさんは風呂上がりの足で彼女の部屋へ行っていたらしい。自由かよ。ていうか、もしかしてそういう関係なのか。オレは灰色の青春を送ってるっていうのに。

そんな疑問を抱きながら早数日。
『Trickstar』の面々と話すうちに――割とどうでもいい情報ではあるが、彼女やレッスンに顔を出す『プロデューサー』には男の影がひとつもないということが分かった。

即ちそれはおひいさんと鹿矢さんは付き合っていないことを意味する。
嘘だろ、アレで。恋愛ドラマさながらの距離感を見せつけておいて。

「今日はレッスンが終わったら街に出ようね。昨日鹿矢の言っていたアイス屋さんに連れて行って欲しいね!」
「いいよー。漣くんも行く?」
「あ〜……ちょっと野暮用あるんで。お二人で行ってきてください?」

だってどう考えてもお邪魔でしょ、オレ。
休憩時間もこうしてイチャついて――はないけど、やたらと距離は近い。どちらかというとおひいさんが遠慮無しに詰めてるっぽいけど、鹿矢さんも鹿矢さんで許容しているし。
ともすればしょうもないことで口論していたりもするが、気の置けない仲ということだろう。


一応、それとなく探りを入れてみれば。
瞬きをしたのち――違う違う、ぼくと鹿矢は『恋人』ではないからね。これでも半年以上は会っていなかったからね!と一蹴されてしまった。

加えて、意外なことに鹿矢さんとは一年半くらいまともに話したこともなかったらしい。つまり、出会いから別れまで半年もないのだ。
そういうものか?と頭を捻らせていると追い討ちのようにおひいさんの言葉が続く。

「ぼくと鹿矢に、絆を育むための時間や立場なんて無かったね。たったひとつの季節、それもほんの少しの間言葉を交わしていただけ」
「……到底そうは見えませんけどねぇ」
「うんうん、ぼくもそう思うね!」
「いやいや、自分たちのことでしょうが」

情の移る暇もないほど短い間の関係ならば尚更。いったい何がおひいさんの心を射止めたのだろうか。純粋に、疑問でしかない。
そんな問いに応えるようにおひいさんはにっこりと笑みを浮かべる。

「側から見ればかなり不可思議な関係ではあるけれど。……ぼくは、鹿矢の笑顔が大好きでね。──俗っぽく言えば惚れているんだよね」

うわ、案外ハッキリ言った。




***




──ああ、最後の最後で負けてしまった。
痛快とはまさにこのことだろう、長く抱えていた罪悪感のようなものを、鹿矢はいとも容易く吹き飛ばしてみせた。
許す、ではなく――自分がそうしたかったからなのだと言って。力強くぼくを抱きしめて。

「……本当によかったんですか」
「何のことかね、ジュンくん?」
「すっとぼけないでください。鹿矢さんのこと、引き抜くって話だったでしょうがよ……。あんたの任せろって言葉を鵜呑みにしたオレもオレですけど、なに円満に別れてるんですか」

眉を顰めて文句を垂れるジュンくんは、いっぱいの荷物を抱えながらホームまで歩いていく。

「引き抜きの声をかけて靡かねぇようなら潰せ、でしたっけ……。“それ”を嫌がってたのは知ってますよぉ?だから引き抜く方向で〜って決めたの、忘れてたわけじゃねぇでしょ」

『インターン』と聞こえは良いが、裏を返せば彼女をコズプロへ引き抜くための策。
夢ノ咲学院から引き剥がすための毒を“彼”は流し続けていたらしい。

……そもそも『インターン』の話を耳にしたのは本当に最近。この【サマーライブ】の話を聞いて、英智くんに概要やらを打ち合わせていた時のことだ。
夢ノ咲学院で活躍しているだろう彼女を、久しぶりに会える機会と思って“補助係”にと条件を出した途端――英智くんが呆気に取られたみたいな声を出したから。何かと思って聞いてみれば、飛び出てきたのが『インターン』で。
知らず知らずのうちに身近にあった彼女の影に、内心驚いたものだ。

「(……本当は会社にでも閉じ込めて『徹底的に』する予定だったんだろうね。問い詰めればすんなり白状したし、当初の予定を【サマーライブ】に吸収することも提案してきたから……どこまで本気だったのかは分からないけど)」

おひいさん、聞いてます?とため息混じりの声に応えるように、笑ってやる。

「まぁまぁ、慌てる必要は無いね?何も今すぐにとは言われていないし。あの子はいずれ自滅するから、手を差し伸べるのはその時でも遅くはないね」

ずっとあれば良いと、離したくないと思っていたものはもう、手元には無い。ゆっくりと温度を離していく。
振り返っても届かない。振り返ることはしないけれど。

『……答えになってるかは分からないけど。私は目を背けたり、逃げたりはしないし、譲らないよ。自分のしたいことも、“先輩”って役割も』

目を背けず、逃げず、譲らない。
彼女の立場では両立し得ないものだ。
綺麗な言葉が並んでいるように見えてひどく矛盾している。それらは肥大化して、いずれ、鹿矢を殺すのだろう。

強くなったわけでもない彼女の屍体は再び、切り刻まれていく。自分の望んだもので。自分の愛したもので。

「(……『終わり』を変えるつもりがないのなら、嫌でも『続き』へ手招いてあげる。きみが全身全霊で愛を証明し続けているように)」




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