#18





青い空、白い雲、さざなみの音。
見慣れた景色に聞きなれた音っぽくもあるけれど、独特の空気感の漂う雰囲気は異国であることを示している。
そんな気が、するだけかもしれない。何せ初めての海外だ。

海は、私たち夢ノ咲学院の生徒にとって決して遠い存在ではない。学院のすぐそばにある散歩道でもあり、友好を深めるような場所でもあるだろう。
先日は『流星隊』と『UNDEAD』が参加した【海賊フェス】も行われたことだし。夢ノ咲学院が活気付くにつれ訪れる人も増えたように感じる。

そんな地元とも呼ぶべき海から半日ほど時間をかけて移動した先の、孤島。貸切の南の島。想像したままのリゾート地は天祥院の庭なのだという。

改めて天祥院ってすごいんだなぁ、と陳腐な感想を抱きながら。実感が湧かないままに船へ乗り飛行機へ乗り──本物の富豪を要する『大富豪』に二戦ほど参戦したのち眠りについたはずだった。
ところがどっこい座席が朔間さんの隣ということもあり、上手く眠れなかったのである。

「……鹿矢ちゃん、すっごく眠そうだね」
「……めちゃくちゃ眠い」

こんなことなら途中で抜けるんじゃなかった。え、そっち?と笑っている羽風は機内できちんと眠れていたようでテンションが高い。羨ましい限りだ。


『fine』と『UNDEAD』のバカンス――という名の強化合宿はあんずちゃんと伏見くんから聞いた話で。彼女がプロデューサーとして帯同するのと同様に、私も広報としてお供することになったのだ。
そこまではまぁ、わかる。合宿時のオフショットなるものは需要があるし『ユニット』の宣伝材料にもなるから私としては万々歳。
『Knights』の活動予定もなかったので、二つ返事でオーケーをした。

ただ、ここからが問題。【サマーライブ】の尾を引いているんだかなんだか知らないが――朔間さんは“譲れない条件”のひとつになぜか私を挙げたらしい。
『UNDEAD』のサポートとして、私を寄越せと。デジャヴを感じなくもない。
ゴーサインを出した天祥院、絶対面白がってるでしょ。いや、間違いない。今朝合流したときも腹が立つほどニコニコしていたし。

朔間さんのことだから巴の真似をしているだけというわけでもないんだろうけど。自由に使える手足が欲しかったのかもしれないし、嬉しくないと言ったら嘘だけど。
ある程度感情の整理はつけたものの、彼が視界に映るとどうしても【サマーライブ】での出来事を思い出してしまうので、可能ならば距離を置きたかったのが本音だ。

──とまあ、ハンモックに揺られながら思考もゆらゆらと微睡んでいくわけだけれど。これ以上眠っていると体内時計が狂いに狂ってしまいそうなのでやめておこう。
あたりを見回せば少し離れた場所のハンモックで姫宮くんが揺られていて、彼以外は誰も見当たらない。それに少しだけ安堵したのも束の間。

「おはようございます、妻瀬さま。もう起きてらしたのですね。朔間さまならまだお休みになられていますよ」
「そっ、れはどうも……」

し、心臓止まるかと思った。気配も無しに現れて心を読むのはちょっとやめてほしい。

ハンモックから降りて背伸びをする。
起き抜けでかすかすの声だった私を気遣ってくれているのか、伏見くんがドリンクを準備してくれるというので、ありがたくいただくことにする。

数分も立たないうちに目の前に出されたザ・南国仕様のドリンクに、リゾート気分はぐんと高まる。
これは瀬名に自慢してやろう!なんて思いながら端末を起動しようとポケットに手を入れて――部屋に置いてきてしまったことに気づく。……さすがに写真のひとつも残さずに飲み干すのは勿体無い。

ホテルのロビーに良さげなソファもあったことだし、そこで飲んでも良いかもしれない。
聞けば、問題ないらしいので早速向かうことにする。お持ちしましょうか、という伏見くんの申し出は丁重に断っておいた。



***



すぐに戻るのでそのままにしておいてください、とフロントのスタッフさんに頼んで約数分。
端末とカメラを携えて戻った私を迎えたのは伏見くん作南国風ドリンクだけではなくて。げ、と思わず声を溢してしまう。

「やあ、妻瀬さん」

背景に生徒会室の幻影が見えるんだけど。
慌てて目を擦る。眼前に広がるのはもちろん、異国情緒を感じさせる絢爛豪華なロビーの風景である。

「ごきげんよう。伏見くんのところ行きなよ。外にいたよ」
「つれないなぁ、大富豪をした仲じゃないか」
「……それを言えばシューティングゲームもした仲だね。一発当てたのが昨日のことのように思い出せるよ」
「ふふ、懐かしいね」

私の悪態に眉の一つも動かさない彼は煌びやかなソファに優雅に腰掛けている。そこ、私が座ろうと思ってたのに。

「……そうだ。せっかくだしお祝いの乾杯でもしようか。今なら余計な邪魔も入らないだろうし」
「え。遠慮したいですが」
「つべこべ言わない。……ああ君、何かドリンクを貰えるかい?うん、よろしく」

私の言葉も無視して、天祥院はそばに控えていたスタッフさんを呼びつける。こうなってしまっては一杯分くらい付き合わなければならないだろう。もうどうにでもなれ。
向かいの、一人用のソファに腰を掛ける。いい感じの座り心地とサイズ感で、これもこれで悪くはない。

自慢用の写真を忘れずに撮り終えた私はグラスを掲げる。揺れるオレンジが光に反射して綺麗だ。
そんな悠長なことを思っていると、彼の祝福が私のグラスに触れて。

『広報準備室』の存続に乾杯、とか――うわ、めちゃくちゃ悪趣味。せっかくのバカンス気分を壊さないでほしい。ドリンクはすごく美味しいのに。




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