雨だなんて聞いてない。

たしかにテストのことで頭いっぱいだったし、おはあさのお天気コーナーちゃんと見てなかった。しかも今日に限って折りたたみ傘
も忘れてもうさいあく。

なんてどうしようもない言い訳を思い浮かべる間にも雨足はどんどん強くなっていき、さすがに明日も着る制服をこれ以上濡らす訳にはいかないとやや小走りにいつもの帰り道を走っていけばふと、いつもは気にならない路地裏の入り口が雨雲で陰った視界に飛び込んできた。

「…看板?」

昨日までは気づかなかった小さな立て看板。
可愛らしい文字で書かれていたのは

"ケーキあります"

とだけ。

ケーキ?ってことは…ケーキ屋さん?
駅前にはあるけどたしかこの辺りにはなかったよなあ。じゃあ新しく出来たのかなぁ、なんて考えてる間にも強くなる一方の雨足。
お店ってことは軒下で雨宿りできるかなぁ?
とりあえず行くだけ行ってみよう、と本降りと化して冷たくなってきた雨を片手で凌ぎながら暗い路地裏を抜ければすぐに見えた一軒のレトロな雰囲気のお店。

入り口の前がちょうど屋根のようになっていたので急いでそこへ飛び込めば、やっと冷たさから解放されホッと息をつく。

たすかったあ…。さすがにこの調子で降られたらびしょ濡れで風邪引いちゃうもんね。

絞れるくらいに雨を吸って重いスカートの裾をぎゅっと握り、さてどうしようかと灰色の空を見上げればカランコロン、と背後で鈴の音が響いた。

ゆっくりと振り返るとそこには
とっても背の高いおにいさんがいました。



*****


おにいさんはトロンとした眠たげな眼でわたしを見下ろすとゆっくり首を傾げ、また緩慢な動作で空を見上げればようやく合点がいったとばかりにポン、と手を打つと

「おいでおいで〜」

と、とっても大きな手のひらがわたしの右手を掴んでぎゅうっと繋がれ、そのままお店の中へと半ば強引に連れられました。
あわあわとする間もなく奥の席へと通されればフカフカのソファへ座るよう促され。ぽんぽんと髪をひと撫でしたおにいさんはカウンターの奥へと消えていきました。

………。

入って、よかったのかな。
お店の人らしきおにいさんがおいでって言ってくれたんだからいいんだよね、うん。というかこのソファすっごい気持ちいい…。

テスト期間中で気を張ってたのもあって、ソファの柔らかさと心地よいBGMに誘われるまま、背もたれまでフカフカなそれに身を任せているといつのまにか瞼がどんどん重く…



*****


…どれくらい経っただろう。
ふと、膝に暖かさを感じて瞼を震わせればそれもそのはず。いつのまにか真っ黒な猫ちゃんがわたしの膝に乗っていたようで呑気に欠伸をしながら背を伸ばしている。毛並みが綺麗で瞳も吸い込まれそうなほどにうるうるだ。寝ぼけた視界に飛び込んできた温もりに思わず触れようとした指先が届く寸前、

「あ〜むろちんダメだってば〜」
「っ!」

聞きなれない声にビクッと肩が跳ねるとカウンターの奥から先ほどのおにいさんがおそらくこの猫ちゃんに向かって眉をひそめつつ緩く嗜める。

「むろ、ちん?」
「うん、そー。黒くて〜きれーでシュッとしてて女の子のお客さんにモテモテだから、むろちん。」
「????」

片手にタオル、もう片方にティーポットを持ったおにいさんがわたしの目の前にしゃがむとむろちんちゃんはいつも通りといった風にわたしの膝からスルリと降りておにいさんの足元へ行ってしまった。膝が寂しい…というか寒い…。と思うも束の間、視界を真っ白なもので塞がれて再び肩がビクッと跳ねてしまった。

「わ、っ」
「風邪ひいちゃうよ。ちゃんと拭かないと〜」

さっきは寝ちゃってたからちょっとしか拭けなかったし〜。とわしゃわしゃかき混ぜるようにわたしの髪を拭いてくれるおにいさんの言葉に今更ながら自分の失態に顔が熱くなる。おやすみ3秒がこんなところで仇になるとは…!

「あのっ、あ、えっ、と、あう」
「ん〜?」
「あ、ありがとう…ございます…」

急に恥ずかしさがこみ上げとても小さくなってしまったわたしのお礼に、おにいさんはまたわたしの髪をぽんぽんと撫でた。

「あめ、すごかったもんね〜」
「急に降られちゃって傘、もってなくて」
「うん、お店しめよーと思ってドア開けたらちっこいのいたからびっくりした〜」
「ちっこい……」

おにいさんからしたら日本国民全員ちっこいのでは?

「まあまあ、そんなことよりさぁ」

ねえねえ

「ケーキ、すき〜?」



*****

おにいさんが持ってきたポットの中身はとってもいい香りの紅茶でした。

テキパキと並べられたカトラリーと砂糖、はちみつ、そして真っ白なクリームにつやつやで真っ赤な苺が乗ったショートケーキ。

閉店作業中だったと聞いていたけれど、これはおにいさんがお店を閉めた後に自分で食べる用に取っておいたらしい。1ホールあるけど全部食べるつもりだったのかなあ…?

それにしてもすごくおいしそう。
お世辞じゃなくとっても美味しそうで切り分けられたケーキを皿ごと目の高さまで持ち上げるとくるくる回しながら頬を緩めてすごいな〜おいしそうだな〜と観察していると、おにいさんの口元が緩んでほんとに〜?うれし〜なんて間延びした声が聞こえて、ケーキ越しに見えたその表情が年上だけど何だか可愛いなぁなんて思った。


「「いただきまぁす」」


ふわっふわのスポンジにフォークを刺してひとくちパクリと口に入れれば途端に優しい甘さがいっぱいに広がり思わず頬を片手で覆って声にならない気持ちをもらす。

「んん〜…!」
「ふふ、」

しあわせそうに食べんね〜?

だってほんとうにおいしい。
テスト中は集中しなきゃいけないしお菓子は食べないって決めてたけど、もうそろそろ限界だったのだ。

「ふふ、そういうおにいさんこそ、クリーム付いてるよ?」

そう指摘すれば拭うでもなく二口目に手を伸ばしていて、子どもみたいなおにいさんだな〜。

甘さを充分に堪能し食後の紅茶を頂こうとティーカップに口をつけるとふんわり香る甘みに気づいた。これは、はちみつ?

「寒かったでしょ?だから紅茶もあまあまで、あったまって〜」

と自分用のおおきなマグカップでゴクゴクと紅茶を飲むおにいさんの気遣いに心の中までホッとするような気持ちになり自然と笑みが零れた。


これが、おにいさんとわたしのはじめまして。



to be continue ...