よぉし。
目の前にある窓を軽くスライドしてみればすんなりと動く事を確認した私は、もう一度周囲に誰もいないことを確認した後、窓を思い切り開けて中に入り込んだ。
無事に沢北栄治の寮室に潜入……もとい不法侵入した私は部屋をぐるりと一瞥する。朝から晩まで。時間が許す限りバスケばかりしてる私の彼氏の部屋は、The男子高校生の部屋と言った感じで服は脱ぎっぱなしだし物は出しっぱなし。備え付けの勉強机も教科書やノートを置くためだけにあるようなもので、まさに寝るためだけの部屋だった。うわ!しかも私という存在がありながら堂々とエロ本が置かれている!許すまじ栄治。そう言えばそろそろ寮室の見回りが入ることを栄治は知ってるんだろうか。絶対知らないんだろうなぁ、でも残念ながら可哀想だとは思わないし教えないもん。エロ本の罰を受けた方がいい。
そんな部屋の壁際にあるベッド(もちろん起き抜けの状態のまま)に潜り込んだ。今回栄治の部屋に忍び込んだのはこれだ。帰ってきた瞬間脅かしてやろう作戦。ちなみにこれで3回目。1回目はクローゼットの中に隠れて、2回目は入口のドアの影に隠れて脅かした。わっ!と飛び出して声をあげれば、栄治は大袈裟なくらいに叫んでひっくり返るのが面白くてついついやりたくなってしまう。
しかし2回もやられたというのに、相変わらず学習しない栄治は窓の鍵を開けっ放しにするのだった。ここまで来ればまたやってくださいと言っているようなものだ。
そろそろ日課の自主練も終えて夕食やお風呂も済まして帰ってくるはず。それまでじっくり待機だ。イチノ先輩ほどじゃないけど忍耐力はあるつもりだからこのくらい何ともない。それにしてもベッドに潜り込んで思ったけど、普段ここで栄治が寝てるんだよなぁ。毛布から、シーツからほんのりと栄治の匂いがして、まるで今のこの状況が栄治にぎゅーっと抱きしめられているみたい。高校バスケの王者である山王のエースなだけあって鍛え上げられた肉体は逞しくそれでいて靱やか。そんな腕に力強く抱きしめられていると考えれば顔が熱くなってきた。普段先輩たちに生意気言って締められたり、ちょこっと弄られてメソメソしてることが多いけど栄治もやっぱり男なのだと改めて感じる。
栄治って本当にカッコイイ。言葉じゃ言い表せれないくらい好き。とにかくもうめちゃくちゃ好き大好き!と小学一年生位に知能も語彙も低下したような表現しか出来なくなるくらい好き。見た目も中身も栄治の全部が好き。けれど、好きだからこそたまに思う。栄治にとってバスケが1番なのは知ってるけれど、たまに、どうしてもこっちを見て欲しい思う時がある。バスケと同列に成れないのは分かってる。
栄治の反応が面白いというのもあるけど、結局のところは構って欲しくて、栄治からの反応がなんでもいいから欲しくて、こんなくだらないイタズラをしているのだから。私を見てほしいから。ホントに我ながら面倒くさい女だと思う。
けれども栄治はそんな私にも付き合ってくれてる、バカだのアホだの言いながらも最後は許してくれる。そんな器のデカいところに何度救われたことか。
そんな栄治のベッドに忍び込んでるってなかなかやばいことをしてるのでは私?うわーなんだかドキドキが止まらない。
落ち着け落ち着け、ちょっと目を閉じるんだ私。すぐ帰ってくるはずだからその時に飛び出すまで落ち───
自主練も終え、お風呂も夕食も済ませたオレは自室に帰ってきた。そして部屋に入った瞬間違和感を覚えた。だってベッドがちょうど人ひとり分こんもりと膨れてるんだからそりゃ違和感しかない。もしかして、と思って毛布を捲れば案の定オレの彼女がそこでグースカと寝ていた。多分オレを驚かせようとして寝落ちしたんだなコイツめ。また窓の鍵を開けっ放しにしてしまったことを後悔すると同時に、今なら今まで受けたイタズラの仕返しが出来る事に気づいた。どうしてやろうかな。
デカい音でも出してビックリさせて起こそうかと思ったけど、隣の部屋に迷惑だしいつも驚かされてる時みたいに隣室から「うるせぇ沢北!」って壁を殴りながら怒鳴られるのが目に見える。うーんと少し考えて、オレはベッドに寝そべった。ちょうど起きたら目の前にいる、そんなポジション。目を覚ました瞬間じっと見つめられてたらめちゃくちゃ驚くだろう。なかなかにいいアイディアだと思う。ナイス、オレ。
勝手に忍び込んだ上に朝まで寝るなんていくら何でも無いだろうし、ちょっと待てば直ぐに起きるはず。それまでオレはじっくりと彼女の顔を拝ませてもらう事にした。
スヤスヤと静かな寝息を立てながら寝ている姿は、学校内で見せる姿とは大違いだ。話上手でムードメーカーみたいな存在だし、休み時間の間も誰かと喋ってニコニコと笑顔を振り撒いている。誰も知らないオレの彼女の一面。こんな無防備な寝姿を知っているのはオレだけと言う優越感と、誰にも見せてたまるかという独占欲が胸の内で入り交じる。
ホントオレの彼女ってば可愛いよなぁ。クリクリとした大きな瞳に、長い睫毛、薄ピンク色の唇と容姿はもちろんの事。こうしてイタズラしたりしてくる憎たらしい所もあるけれど、オレがバスケばっかりやってて寂しいからって言うのも知ってるから、こんなイタズラも一周まわって可愛く思える。可愛くって大好きな子。試合になれば絶対に来てくれるし、声が枯れるまでチームのことを、オレの事を必死に応援してくれる。そんな一生懸命な姿を見て、次も負けねぇ頑張ろうってやる気が湧く。そんな存在今後出会うこともないだろうし、お前しかいない。……なんて本人に言ってみたいけど、言ったら言ったらで今度は照れ隠しでイタズラが激化しそうだから言わない。
若干自分がニヤけているのを感じながら、ふっくらとした頬を指でつつけば柔らかい感触。薄く開いた口から小さく声が漏れ出る。
あ、ヤバい。これはヤバい奴。
よからぬ事を考えてしまいそうになる。熟睡中の彼女に手を出すのはさすがにアウトだろ、ヤバいって、いやでもこんな所で寝てるのも悪いよな、寮室だって言っても男の部屋だぜ?……とオレの脳内で欲望と理性が激しくせめぎ合う。ものすごーく悩んだ結果、結局オレの中での理性が辛勝し、ひとまず落ち着くためにも目を閉じることにした。途端にどっと押し寄せてくる眠気と疲れ。ああ、ヤバい吸い込まれそうだ。煩悩の次は眠気かよ。こういう時こそ精神統一だ。傍で聞こえる気持ちよさそうに寝ている寝息なんて気にするな。集中しろオレ、しゅうちゅ───
スヤァ。