第60話 遠い記憶 華岡side

俺の母親は、春雨所属の研究者だった。

幼い頃から天人を見ていた俺にとっては、頭に触覚があるのは当たり前で、半獣半人の化け物とすれ違うのは日時茶飯事だ。

むしろ、普通の人間に会う方が珍しかった。




母さんが何の研究をしてるのか、幼い俺には分からなかった。
けど、春雨から研究の成果として、それなりに良い暮らしをさせてもらってた。




ある時、大きな仕事が舞い込んできた。
それが、服用した者から高い戦闘能力を引き出す薬、”ハーゼブルート” の開発依頼だった。



力をつけつつある、夜兎族で構成される第七師団。
強大な力を恐れた上層部の連中により、秘密裏に作られた代物しろもの




「……何言ってるの、あなた」


「ヨル。もうやめよう、こんな研究。
鳳仙様に内緒でこんな薬作れるわけがない。
バレたら、俺たちは追放される」


「でも、これが完成すれば、上層部に認められる。
今より、もっといい暮らしができるわ。
私とあなたと春市の3人で。ね? 」





しかし、母さんの説得も虚しく、父さんは早々に春雨の研究室から姿を消した。



あの男が自ら研究室にやってきたのは、それから間もなくだった。
黒い服を身にまとい、他の者を圧倒するような雰囲気。



逆らえば、潰される。
幼いながら一目で分かった。
コイツがみんなが恐れている鳳仙だと。




「お前らか。こんなくだらぬ薬を作っているのは」




問われているのに誰も答えない。いや、応えられない。
どんな言い訳も通用しないのは、ここにいる全員が分かりきっていた。
隣の部屋で遊んでいた俺は、扉の隙間からその様子を伺う。





「命が惜しくば、出て行け」






誰もが圧倒される中で、この研究室のリーダーであった母さんが意を決したように一歩前に出た。





「お、お待ちください!

我々は上層部に指示されて、研究を続けていただけです。

それに、ここを追い出されたら我々は生活が、」




出来なくなる、そう言いかけた母さんの動きが止まる。
横にいた天人の研究者の腕が、瞬時に吹っ飛んだからだ。
ピシャリと母さんの頬に緑色の液体が伝う。





「ゔぁぁぁぁぁ‼︎ 」





腕を切られた天人の絶叫。その光景に恐怖で響き渡るいくつもの悲鳴。



鳳仙が母さんの顎を掴む。
顔を近づけ、低く唸るような声で、もう一度呟いた。






「聞こえなかったのか? 出て行け」






___…







それからの流れは早かった。


鳳仙からの報復を恐れた上層部の連中は、母さんたちが独断で薬を開発したというシナリオを作り出し、俺たちを捨てたのだ。



突然、家もお金もご飯も奪われて途方にくれた。
春雨の元研究者なんて地球では名乗れない。
転々と棲み家を変えて、細々と生活をしていた。






そんな時、あの村を見つけた。





素性の知れない俺たちを受け入れてくれた。
その村には訳ありの人々が他にもいるらしく、必要以上に俺たちを詮索する者もいなかった。






追い出されてから、まともな生活をしてなかったから、あの村での生活はまるで天国みたいだった。




ずっとここに居たい。
母さんと2人で、平穏な生活をしていたい。
そう思っていた。





母さんの様子に違和感を覚えたのは、それから数年後のことだ。
夜中に何か調べ物をしたり、薬品を調合する姿をよく見かけるようになった。





「なに、してるの? 母さん」





ある時、聞いてみた。
母さんはニコリと微笑んで答えた。






「春市、みんなには内緒よ。

母さんね昔、辞めた研究を、また始めてみたの」






あぁ、あの時の薬品だとすぐに分った。







「もし、これが完成すれば、前みたいな生活に戻れるかもよ」





母さんは、ここでの生活は好きではなかったようだ。



どうして?
俺は母さんと居られれば、それでいいのに。



その頃から母さんは、繋がりのあった天人たちに、試作品であったこの薬を売りつけ、金を儲けていた。
悪い事だと分っていた。でも止められなかった。





俺が研究を否定したら、母さんが俺を見捨てると思った。
捨てられるくらいなら、このままでいい。
俺は何も知らないし、何も見ていない。





なまえちゃんと出会ったのはその頃だった。
この村に行き着いたってことは、何か事情のある家族なのだろう。
俺と10コほど歳の離れた少女。
まるで妹みたいだった。




母さんがなまえちゃんの両親が営んでいる診療所で働きだしたので俺は、まだ幼い彼女の面倒を見ていた。



「春市くん、いつもありがとうね」

「おじさん、おばさん気にしないで。俺もなまえちゃんと遊ぶの楽しいから」



3人の見送る。仲良さそうに手を繋ぎ、帰路につく姿は、俺にとって幸せの象徴だった。


微笑ましいと同時に、羨ましかった。
俺にはあんな記憶なかったから。







___…







日常が壊れるのは簡単だった。



その日は朝から診療所の出入りが激しくて、体調不良を訴える者が多かった。



今思えば、あれはハーゼブルートのせい。
母さんは村人の何人かにも服用させていた。実験台として。




黒服の2人組が現れた。
目つきの悪い男と、なまえちゃんと同じくらいの歳の、朱色の髪をした少年。




突然の訪問者に、俺も母さんも不審感を抱いた。
しかし、2人に応じたおじさんは、相変わらず優しげな笑みを浮かべてた。その男たちが帰った後だ。




「ヨルさん! 何してるんだ! 」




おじさんの声が響き渡る。
振り返った俺が見たのは、その場にいた患者に母さんが、薬を注射器で打つところだった。






その人物は数秒の沈黙の後、低い声をあげて、苦しみ出す。
俺と目が合うと、襲いかかってきた。








「ヴゥ……アア‼︎ 」

「うわぁぁ! 」







ザクリと切りつけられた首元から鎖骨。
血が溢れ出して止まらない。
意識が朦朧として視界が暗くなる。










___……








「っ‼︎ 」







どれくらい時間が経ったのか。
気絶してたらしい俺の目に飛び込んできたのは、
刀を手にしたおじさんが、母さんを斬りつけるところだった。







「か、あさん……! 」






どうして







どうして







やめてくれ……!








それからのことは、よく覚えていない。
気がついたら、病院のベットの上で、住んでいた村は一夜にして滅びたと聞かされた。






俺は確信した。鳳仙がまた俺たちを追放しに来たのだと。


許せなかった。全てが。
俺たちを捨てた父さんも、居場所を奪った春雨の奴らも、再び俺たちの前に現れた鳳仙も。
俺から母さんを奪った、なまえちゃんの父親も。





どうしても許せなかった。

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