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#本文#  激しい音の波が押し寄せてくる。なにかのキャラクターが喋る声やゲームの効果音。プリクラのコーナーでは流行りの曲が爆音で流れている。
 正直、隣にいる同級生にでさえ、意思疎通を図るにはいつもより声を張り上げないと伝わらないくらいだ。



「え? 」
「だーかーら、四人でここに来るの久々だなって言ったんだよ」



 隣の五条くんが何かを発したが、音の渦にかき消されてしまう。困った顔で背の高い彼を見上げれば、わずかにその整った眉の形が崩れていた。
 そして、何度も言わすな、と言いたげに、私の耳に顔を近づけて先ほどのセリフを放った。
 五条くんの吐息が耳をくすぐる。うわっと驚いて少し離れれば、いつの間にか隣に来てた夏油くんにぶつかってしまった。



「ごめん! 」



 多分聞こえてないと思うけど、私の口元と表情で察した夏油くんは、気にしないでくれと微笑む。
 そのまま流れるように五条くんと私の間に割って入ってきた。



「あ? なんだよ傑」
「いや、別に」



 そう言って夏油くんは、涼しい顔して落ちかけたスクールバッグを背負い直した。
 チラリと夏油くんを盗み見る。結い上げたお団子から飛び出た毛先が、歩くたびにゆらゆら揺れている。無防備にさらされたうなじ。男の人らしい線の太い首筋。



(かっこいいなぁ)



 と心のシャッターをきれば、急に夏油くんが振り向いたので、ひっ! と背中に氷でも入れられたみたいなリアクションをしてしまう。
 覗き込むように首を傾げたので、彼の前髪がサラリと落ちた。



「どうかしたの? 」



 そんなに見つめて、と夏油くんの口元が滑らかに動く。
 目線を奪われていたことも、それがバレて羞恥心でいっぱいなことも、切れ長の双眸に見透かされそうで、私は慌てて首を横に振った。
 夏油くんの背中には目でもついてるのかな…。


 同時に硝子ちゃんがお手洗いから戻ってきたので、私はそそくさと彼女の隣に移動をして、二つの黒い大きな背中を追うのだった。







「ぶははっ! だから言っただろ、#name#。俺に賭けとけって! 」



 五条くんの豪快な笑い声が店内のBGMに負けないくらい響き渡る。



「はぁぁぁ」



 反対に夏油くんは深いため息をつき、頭を抱えていた。そのせいで、まとまっていた黒髪が少し乱れる。


 二人がやっていたのは格闘技の対戦ゲーム。ボタン操作をしてパンチやキックを繰り出すもの。
 このゲームをすると毎回、賭け事が始まる。賭けといっても、勝った方に負けた方がジュースやコンビニデザートを奢るという程度だけども。 



「じゃあ、あたし五条」
「#name#も俺に賭けていいんだぜ」



 すぐさま硝子ちゃんが五条くん側につく。味方がいることに自信が湧いたのか、五条くんはニヤニヤしながら、勝負前にそんな提案してきた。
 こうなると、それを聞いている夏油くんはワザとらしく、しょぼんとする。
 ”君も悟の味方なんだね” と言われてないのに、そう聞こえるのは何でだろう。
 それを見たら、捨てられた猫みたいで放っておけない。



「私、夏油くん応援するよ」



と口が勝手に動いてしまうのだ。



「#name#、ありがとう。頑張るよ」



 なんて爽やかな笑顔で言われたら、彼の味方をしてしまうというもの。
 たとえ、硝子ちゃんや五条くんに奢るはめになっても。



「夏油、自分は格闘技得意なくせに、格ゲーで負けるとかウケる」



 棒付き飴を舐める硝子ちゃんが、勝ち誇った笑みを浮かべる。彼女のセリフに、たしかに…と納得する自分がいた。
 本人はあんなに強いのに、ゲームの中じゃ弱いなんて、なんだか可愛らしい。夏油くんに見えないように小さく微笑む。



「#name#まで笑ってる」



 バレた。後ろを振り向いた夏油くんが切れ長の瞳をさらに細くさせる。への字に曲がった口。
 いつもの涼しい顔の彼とは結びつかない不貞腐れた子どものよう。
 気を悪くしたかと慌てて謝罪をすれば、夏油くんの顔がふっと綻び、別にいいよと冗談めかして、高校生らしく笑うのだった。
 向けられた表情に心を奪われていれば、嬉しそうな二人の声が向かい側から聞こえてくる。



「じゃあ、傑と#name#は帰り道のコンビニでデザート奢りな」
「ゴチでーす」







 ヒソヒソと話し声が聞こえる。女子高生に女子大生。色めき立っているのが肌でわかる。圧倒的に男性率が少ないこの空間で、私の同級生三人は目立っていた。
 顔の整ったタイプの違う夏油くんと五条くん。その二人の横にいても全く違和感のない儚げ美人の硝子ちゃん。
 注目の的になっていることなど、三人は気にも止めず話し続けている。



「なんで、アンタたちまで来るわけ? あたしは#name#と撮りたいんだけど」
「いいじゃん、別に」
「四人で撮るの一年の時以来じゃないか? 」



 硝子ちゃんは不満げに舐めてた飴をガリっと噛み砕く。2人は見向きもしてないけども。私は、今度一緒に撮ろうと言って硝子ちゃんをなだめた。
 五条くんが機械を覆うカーテンをペラっとめくる。テキトーにここでいいんじゃね? の一言により、爆音で流行りのBGMが流れるプリクラ機の中へ私たちは吸い込まれた。


 チャリンとお金を投入すれば、グリーンの壁紙が降りてくる。スクールバッグを置いて、五条くんと一緒に物珍しげに画面を凝視する夏油くんを眺めながら、前髪をもっと整えてくれば良かった、と今さら後悔した。







「よ、四人で前は…多分ムリじゃない? 」



 私は一番端っこで、隣は硝子ちゃん、五条くん、夏油くんと横に並び、お団子状態。確かに…と落ち着いた声が、私の一番反対側から聞こえた。
 歌姫先輩や冥さんとなら女子四人で並んで撮れるけど、五条くんや夏油くんとだと二人の体が大きいので、枠に入りきらないのだ。硝子ちゃんが呆れた様子で、二人に噛みつく。



「クズどもは後ろ行ってよ。あたしと#name#が前だよ」
「やだ。俺、前がいい」



 五条くんの断りの速さに少し笑ってしまった。正面に陣取り、彼は動く気はないらしい。
 それじゃあ、私が後ろに行こうと一歩下がった時だ。夏油くんも同じ考えだったらしく、前を陣取る相方に対して、しょうがないなと笑っている。



『ポーズしてね! 5…』



 機械から可愛らしい声が聞こえて撮影のカウントダウンが始まった。画面を見れば、誰か見切れている。あ、私だ。




「#name#、こっちおいで」
「お前、入ってねェんだけど」




 夏油くんがそう言うのと、五条くんの声が重なる。
 同時に言われたのに、優しい声の方に反応してしまうのは、彼が私にとって特別だからだろうか。
 しかし、夏油くんに近づく私の腕を阻むように五条くんに掴まれる。呆気にとられてる間に力づくで引っ張られ、体は自ずと前へ。もしかたら、この大きなBGMも相まって、前を陣取る彼に夏油くんの声は聞こえてないのかも。
 


「うわっ! 」



 自分の肩に五条くんの、がっしりした腕が回される。驚いた拍子にパシャリと軽快な音。強引な最強同級生を見上げれば、楽しそうな横顔が目の前にあった。



『こんな感じだよっ』



 と3秒前に撮った画像が映し出されたので、五条くんと共に画面を覗き込む。
 私は驚いた顔してるし、五条くんは白い歯を見せてちゃっかり笑ってる。硝子ちゃんはキリッとした顔でピースをして、夏油くんは五条くんに視線を注ぎながら、眉間に皺を寄せて顔を歪めていた。
 これはカオスな写真が出来上がったものだ。



「悟、#name#を離しな」



 夏油くんが五条くんの肩に手を置き、静かに落ち着きを払った低い声で告げる。何となく、言い方にトゲがあるのは…気のせいだと思う。


 無事に撮り終えたプリクラをハサミで切り取り、硝子ちゃんに手渡せば、彼女はふはっと声を漏らした。



「まともな写真、一つもないじゃん」



 夏油くんと五条くんが睨み合っていたり、五条くんがやっぱり横一列で撮りたいというので、無理やり前に四人並んで団子状態で撮ったり。
 三人の陰に紛れて、私はピースした腕しか写ってなかったり、硝子ちゃんがここぞとばかりにタバコを咥えたり(もちろん火はついてない)



「あたしら、プリクラもまともに撮れない」
「ふふっ、そうだね」



 これはこれで思い出の品になりそうだ。プリクラを二人にも差し出せば、案の定声を噴き出して笑っていた。









「ちょっと便所ー」


 と五条くんがヒラヒラと手を挙げて去っていく。夏油くんも後に続いたので、大男二人は姿を消した。
 硝子ちゃんとぷらぷら歩き回っていれば、彼女が、あーと落胆した声を出す。ついでに小さく舌打ちも。



「ごめん、#name#。あたしプリクラコーナーにタバコ置いてきたわ」



 一番忘れちゃいけないものを置いてきた硝子ちゃんは、今来た道を早足で戻っていく。
 ポツンと取り残された私。一人になるとゲームセンターのごちゃ混ぜな音がやけに耳に響いた。



 ふと横に視線を向ければ、小さめのクレーンゲーム台が置かれていた。三台ほど横に連なっていて、その内の一台に私は目を奪われる。
 景品は黒猫のストラップ。ぬいぐるみ形状で、サイズは丁度、子どもが手を握りしめるくらい。ちょこんとお座りをして可愛らしい。というか…




(夏油くんに似てる…)




 欲しい…! つい目を輝かせ、その台の足元にしゃがみ込んだ。キョロキョロと頭を動かし、まだ三人が来てないことを確認。すぐさまチャリンとお金を投入する。
 ここだ! と思ったところにアームを降ろしたが、掴み損ねた黒猫のストラップはわずかに場所を移動しただけ。



「もう一回…」



 見れば見るほど、彼にそっくり。
 黒猫は目がキュっと糸目になっており、口元もふにゃりと崩れていて、頬にはピンク色の刺繍が施されている。
 その表情は、夏油くんの好物である蕎麦を食べている時の顔に似ていた。


 そんな彼のあどけない姿を見ると、どこか安心する自分がいる。夏油くんはたまに、無理して大人になろうとしてる気がするからだ。
 声を出して笑ったり、ゲームに負けて悔しがったり、年相応の表情を見かけると私まで嬉しい。
 同時にもっと色んな顔を見たいという、欲張りな気持ちには知らないフリをした。



 カチャカチャと試行錯誤しながらボタンを動かすが、黒猫は全然アームに乗ってくれない。百円は残りわずか。硝子ちゃんたちが戻ってくるのはそろそろだろう。


 ラストチャンスと思ってお金を投入口に入れた時だ。ボタンがチカチカと光り始めたと思ったら、急に私の手元が陰る。不思議に思って顔を上げれば、



「おねーさん、それ欲しいの? とったげよっか? 」
「えっ」



 クレーンゲームの台に手をついて私を見下ろす二人組の知らない男がいた。
 人の良さそうな笑みを浮かべている。顔つきからして、私よりも年上であることは確か。
 突然のことにパチパチと瞬きを繰り返し、数秒後、言葉の意味をようやく理解した私は、慌てて首を横に振った。



「い、いえ! 大丈夫です」
「なんで〜? これ欲しいんでしょ」



 いたって優しく問いかけてくる。でも、その裏に別の感情が隠れてるのを私は知っていた。


 前に硝子ちゃんと駅を歩いてる時も同じような表情をした人に声をかけられた。
 その時、隣にいた硝子ちゃんはあざ笑うように、「あはは、興味ねェ〜」と一喝してその場を乗り切ったのだった。けど、今彼女はいない。
 私は急いで立ち上がり、身を守るようにスクールバッグを抱きかかえる。



「本当に、大丈夫なので」
「君、どこの高校? 見慣れない制服だよねぇ」
「一人なの? じゃあ俺らと遊ぼうよ」



 全く私の話を聞いてくれない。上から下まで舐めるように動く男の視線に、ゾワッと鳥肌が立つ。反射的に自分の足元へ顔を向けた。
 この場から立ち去りたいのに、背後には黒猫のクレーンゲームの台があり、逃げ出せない。
 一人の男が私の肩に手を置いたその時だった。





「私の連れに何か用ですか? 」





 地を這うような低い声がした。顔を上げれば、無表情の夏油くんが目の前に。
 突然の登場に戸惑う男二人を他所に、黒い制服に包まれた手が伸びてきて、私の腕を掴む。
 まるで水を掬い上げるように、いとも簡単に引き寄せられた。大きな黒い背中に隠されて、私の視界から男たちが消える。


 自分たちより遥かに身長があり、耳には大きな拡張ピアス。大人びた顔つきの青年が現れたことにより、声をかけてきた二人組は、いやぁ〜とか、あはは、とかさっきの威勢はどこへやら。




「…行こう、#name#」




 これ以上、話す価値もないと言いたげに夏油くんは私の手をとり、早足でその場を去る。
 一瞬見えた彼の横顔は、心底不快だという顔をしていた。







 連れられるままに自動ドアを抜けて外に出る。ゲームセンターとはまた違う、騒々しい音が鼓膜を震わせた。
 人々の話し声、車のエンジン音。足音。ビルにつけられたモニターから流れる何かのCM。
 モワッとした中途半端な暖かさが肌につく。私たちは身を隠すように、建物の影へ身を寄せた。



(あ…五条くんと硝子ちゃん)



 歩を進める間、二人の姿が頭をよぎる。でもそんなことをすぐにかき消すくらい、ある箇所に全神経が集中してしていた。
 夏油くんの大きくて無骨な手が、私の右手を包み込んでいる。少しだけ強めに込められた力。まるで離れないでと言うように。



 どうしてだろう。
 さっき五条くんに肩を引き寄せられた時、触れ合った面積は彼の方が多いはずなのに、夏油くんに手を握られている方が緊張して、鼓動が速くなる。
 恥ずかしいから離してほしい気持ちと、ずっと繋いでたいという気持ちが見え隠れ。
 


「すまない。もっと早く戻ればよかったね」



 夏油くんがゆっくりと振り向き、申し訳なさげに琥珀色の瞳が揺らぐ。
 その言葉を否定しようと、つい右手に力がこもってしまった。それに反応した夏油くんが、わずかに握り返す。



「全然、大丈夫だよ。き、気にしないで」



 そう伝えても、私の右手は彼に繋がったまま。どうして離してくれないの?
 夏油くんとっては何気ない行動でも、私にとっては特別な行為。自分ばっかり緊張して、それが手を通って、彼に伝わってしまいそう。


 腕を引けば解放されるかと思い、軽く手を動かす。
 しかし、それを阻むように夏油くんは一層強く力を込めた。
 驚いて顔を上げれば、そこには唇を固く結び、珍しく拗ねてるような夏油くんがいた。
 どうしてそんな顔。



「……悟はいいのに? 」


 
 ……五条くんはいいのに?
 彼のセリフに瞬きを繰り返す。言葉の意味を理解しようと逡巡していれば、見かねた夏油くんがやんわりと手を離す。



「戻ろうか」



と何事もなかったみたいに微笑むので、結局何も聞けなかった。


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2025/08/04

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