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#本文#  告白をする前でよかった。これで、気まずくならなくて済む。
 いや、そもそも私に告白なんてする勇気なかったでしょ?
 何度も自分に呪文のように言い聞かせて、夏油くんの前では、今まで通りの私でいようと心に決めた。







 報告書を提出し、寮に帰ろうとした時だ。陽も傾き始めて、道には自分の長い影ができる。
 微かな話し声が聞こえて何気なく顔を前に向ければ、遠くからやけに身長差のある二人組が歩いてきた。
 ハッとほぼ無意識に吸い込んだ音はそのまま喉に留まる。驚きというより、マズイという気持ちから、意識的に視線を地面に向けた。



 顔をよく見なくても、誰だか分かるのが嫌になる。
 一人は夏油くん。スクールバッグを左肩に背負い、時々その大きな体を相手に合わせて屈めながら歩いてくる。
 もう一人は、例の補助監督さん。話によれば私たちより三つ年上らしい。
 綺麗なミルクティー色の長髪に、大きな瞳とぷっくりしたピンクの唇。まさにお人形みたいだ。
 この前、高専内で初めて見かけた時、あぁ、五条くんが言ってたのは、この人だとすぐに分かった。


 楽しそうに会話をしている二人と、トボトボ一人で歩いている私の距離が縮まっていく。猛烈にどこかに隠れたい気分だった。



「あ、」



 そうこうしてる内に、私に気づいたらしい夏油くんが、短く声を出し、ヒラリとその長い右腕を持ち上げた。反射的に私も胸の前で小さく右手をあげる。
 相手に認識されてしまえば、逃げ出すことは出来ない。


 隣の補助監督さんもようやく私を認識したらしく、口元だけお手本のような笑みを浮かべた。
 そして、メイクで綺麗に整えられた顔はすぐ夏油くんへ向けられ、可愛らしく首を傾げる。




「じゃあ、わたし先に行くね。傑くんばいばい」
「はい。またよろしくお願いします」




 傑くん…頭の中で反芻する。私は未だに”夏油くん” 呼びなのに、彼女はもう下の名前で呼んでるんだ。呼び方一つで、親密度が測れてしまう。
 私と夏油くんが出会ってから今までの期間を、簡単に飛び越えられた気がして、無意識にスカートを握りしめた。


 
 そんな私の真横を、補助監督さんは何事もなく通り過ぎる。我にかえった私は、慌てて小さくお辞儀をしたが、彼女が私を見ていたかは分からない。




「任務終わり? 」




 さっきの補助監督さんに向けたワントーン上がった声色とは別で、同級生向けの少し低めで優しさを含んだ声が上から降ってきた。
 いつの間にか、目の前に来ていた夏油くんへ数回瞬きを送った後、私の喉からようやく言葉が紡がれる。



「そ、そう。さっき、報告書出してきたの。夏油くんは朝からだったよね? お疲れ様」



 私は午後に一件だけ。でも彼は朝から任務だったはず。それを思い出して労いの言葉をかければ、疲れなど微塵も感じさせない笑顔で、「ありがとう。#name#もお疲れ様」と言われた。
 私が無意味にスクールバッグを肩にかけ直すと、夏油くんの視線がそれを追う。




「あれ? 猫のストラップは? 」




 夏油くんの長い指が、私の左肩を指差す。ネコ? と一瞬なんのことか不思議だったがすぐさま、あのストラップだと気づき、



「あーあれ! 携帯につけ直したんだ」



 ほら! 、と慌ててポケットをまさぐって、携帯を取り出す。そこには夏油くんに似たあの黒猫がぶら下がっていた。実はこれは夏油くんが獲ってくれたのだ。
 


 ゲームセンターに行ったあの日。
 店内に戻ると、五条くんが女子高生に逆ナンパされていた。モテる男の子は大変だなぁ、と横目で見る。




“#name#、これ欲しかったの? ”




 そんな五条くんには見向きもせず、真っ先に黒猫の台へ戻り、夏油くんが不思議そうに私に聞いてきた。
 さっきのナンパ師との会話で、私がこれを欲しがっているのが、何となく分かったのだろう。
 普段、挑戦しない私がクレーンゲームをやっていたのが意外だったのか、夏油くんは物珍しそうに景品の黒猫を覗き込んでいる。
 口ごもる私に、隣にいた硝子ちゃんが何かを察したのか、「可愛いじゃん。夏油とってあげてよ」と代わりにお願いしてくれた。
 それに快く承諾してくれた優しい夏油くんによって、この黒猫は私の元へやって来たのである。



 好きな人が取ってくれた、好きな人に似てるストラップ。
 これを手渡された時、私は嬉しさが全面に出てたらしい。「夏油くん、ありがとう…! 」とお礼を告げると、その勢いに夏油くんは一瞬目を丸くしフリーズした。
 しかしすぐに、眉毛をハの字にして、「どういたしまして」と見守るような優しい笑みを浮かべてくれたのは、今でも鮮明に覚えている。




「悟に言われたんだけど、それ私に似てると思う? 」




 夏油くんが急に顎に手を当てて、じーっとストラップを眺める。彼の発言に、ドキリと胸が動いた。
 それは私も前に五条くんに言われたことがあったから。
 制服のポケットからはみ出た、黒猫を五条くんがしみじみと眺めて、”なーんかそれ傑に似てねぇ? ” と訝しげに言ってきたのだ。
 その時は内心慌てたが、答える前に七海くんが、真向かいから歩いて来たので、五条くんの興味は彼に移ったらしく、それ以上突っ込まれることはなかった。七海くんあの時は、ありがとう。


 夏油くんに似てると言ったら、どうなるんだろう。自分に似たストラップを同級生が欲しがったなんて、ちょっとというか、かなり気味悪い…と自分でも思う。
 瞬時にその考えに至った私は、




「そ、そうかな? 」




 似てるかな? と曖昧に笑って答えを出した。夏油くんは私の態度になぜか、”ふーん” と探るような、納得のいかない様子で顔をしかめる。




「君に可愛がられるなんて、羨ましいな」




 嫉妬しちゃうね、なんて冗談混じりに夏油くんが微笑む。



「えっ…その、」



 返答に迷い、携帯をキュッと握りしめれば、夏油くんの無骨な指先が、黒猫に伸びてくる。人差し指で二度、三度揺らせば、黒猫はゆらゆらと揺れる。それを見て彼は満足したらしい。




「じゃあ、私も報告書だしてくるね」




 そう言って夏油くんは私の横を通り過ぎた。ふわりと彼の匂いが鼻をくすぐる。
 大きな背中が遠ざかっていくのを見つめていたが、彼がこちらを振り返ることはない。
 そこにはもっと話していたかったと、名残惜しく立ち止まる自分の長い影しかなかった。



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2025/08/04

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